懺悔

かずきんぐ

第1話

~悲痛~


プロローグ


僕は小さい頃から、頭が良すぎた。

自分で言うのも嫌な話だが、それが事実なのだから仕方がない。

しかし、頭がいいだけでは結局、何も残せず、後悔の念だけが残るということをぜひ知って欲しいと強く願う。

強く願う理由を僕の少年時代の話と共に話していこうと思う。


1.変貌

話は僕が小学校を過ごしていた時の話から始めるとしよう。

あ、その前に自己紹介を忘れていた。「森優也」

これが僕の名前だ。この名前の由来は、優しく強く育って欲しいという両親の願いらしいが、僕は全く逆の人間に成長してしまった。

だが、決して、自分に非があるとは思わない。

これはこれでよかったと現在は思っている。

僕は小学校低学年までは、とても活発でよく遊ぶ元気な普通の男の子だった。今でも、あの頃の思い出は楽しかったということが自らの記憶に鮮明に残っている。両親が優しかったのもここまでだった。僕が高学年に進級したある日のこと。いつも通り、家に帰ったのだが、そこに優しかったあの母はいなかった。その代わりにとても恐い顔をした母が立っていて、こう言った。

「高学年に進級したお祝いにプレゼントを買ったわよ。優也嬉しいでしょ?」

僕はすぐに視線をしたに移した。その瞬間、僕は震撼した。

そこには山積みに積まれた、沢山の参考書、勉強道具、学習ワークなどがあったのだ。僕は、そいつらに今日から勉強漬けの地獄の日々が始まるんだよと、宣告されているような錯覚に陥った。

「これどうしたの…。全部やれってこと…?」

僕は引き攣った表情で母に問うた。すると、

「そうよ。高学年に上がったんだからこのくらい出来るわよね?」

母のこの言葉には威厳が含まれ、その後薄気味悪く笑った。まるでこれからの日々を物語るように……


あの出来事が起きた日からは、地獄の日々だった。

毎日毎日、勉強漬けの日々に切り替わり、そのせいで今までとても親しく親友だと思っていた友達にも裏切られ、それだけでも充分精神的にはきつかったのだが、さらに追い討ちをかけるように、いじめが始まったのだ。元から、か弱く弱気な僕は、いじめっ子からしたら格好の対象だった。本当に辛く、無惨だった。

そんな日々が長く続いたある日、とうとう僕は我慢の限界に達し、母に相談することにした。

「お母さん。僕、実は今いじめられていて、もう辛いんだ」

覚悟を決めて言ってみたのだが、期待した僕が馬鹿を見た。

「そんなの知らないわよ。辛いならもっと勉強を頑張りなさい。」

返ってきた言葉がこれだった。更に母は続けた。

「あ、そうそう。言い忘れていたけれど、優也には私立中学校に行ってもらうことにしたから。頑張ってね。」

一見、優しさが含まれているような言葉に聞こえるかもしれないが、実際は全く違う。とても無責任で、突き放すような言い方だった。そう言われ、僕はただただ呆然と立ち尽くす他ならなかった。

僕はその拍子に父をちらりと見た。父は僕を見つめ、悲しげな表情をしていた…

そんな日々をなんとかしのぎ、懸命に生きていた僕だったが、一つだけ嬉しい変化があった。著しく学力が向上していたのだ。

まぁ、毎日猛勉強をし、塾、英会話と通わされていたので当然と言えば当然なのだが。

そんな僕にもある夜、一筋のチャンスが訪れた。

父と2人で話す機会が巡ってきたのだ。僕はあまり父と会話をしたことがなく、久しぶりに話してみたいと思っていたため、これは思わぬ幸運だった。

僕の家は玄関から入り、まず右手にトイレがある。反対側には風呂場があり、その中心に位置している通路を真っ直ぐ進んでゆくと、もう一つ扉があり、その先にリビングルームがある。二階もあるのだが、それは次期に話すとして、本題に入るとしよう。

父はリビングにあるソファに座り、珈琲を飲みながら、ニュース番組を見ていた。母は今日飲み会のため、不在だった。

今は、午後6時であるから、きっと12時くらいまで帰ってこないだろうと推測した。

僕は父の隣でソファに座りながら、何気なくテレビを眺めていた。

すると、意外にも父の方から話しかけてきたのだ。

意外というのも、父はいつも母に押し切られていて弱気な所があるからだ。

僕は父のダメなところばかり似てしまったなと内心思い、苦笑した。無論、言葉には出さなかった。

「最近の学校はどうだ。楽しいか?」

僕がいじめられていることを知っていながら、聞いてくるとは僕に似て無神経な男だなと思ったが、これも言葉には出さなかった。

「全然だよ。本当に退屈だ。お父さんだって僕がいじめられているのを知っているはずだけど?」

「あぁ。すまん。実は大事な話があって、そっちに気を取られて無神経なことを言ってしまった。」

父はそう言うと、恐縮したような表情をした。

「大事な話?何かあったの?」

僕はその時無性に時間が気になり、何気なく時計を一瞥した。丁度9時を回った辺りだった。少し嫌な予感がしたが、気のせいだと思い、余り気に止めなかった。今思うと、不吉な予感がしていたのかもしれない。

「実は…母さんと離婚をしようと思う。」

「え…」

僕は言葉を失った。もちろんショックもあったが、それ以前にあの父がこんなにも大胆な決断に出ること自体に吃驚した。

「急でごめんな。だが、これもお前を守るための決断なんだ。わかってくれ。」

父のこの言葉は僕にとって、とても嬉しい一言だった。しかし、そう簡単ではないことは僕も理解していた。

「そんな簡単な話ではないよね。どうするの?」

「今すぐだ。今すぐしか、チャンスはない。必要最低限の物を持って、逃げよう。」

父が、そういった直後、背後に嫌な気配を感じた。

僕が振り向くと、そこには今まで一度も見たことがない程、怖い顔をした母が立っていた。

あまりの驚きに僕は腰を抜かしてしまった。

「何か嫌な予感がしたのよ。やっぱり私の勘は当たっていたのね。」

母が怒っている時は決まって冷静を装おうとするが、僕にはその恐ろしい顔の奥に隠された怒りに気がついていた。

僕は何か言葉を発しようとしたが、まるで金縛りのように体や口の自由が効かなかった。父が僕の代わりにその乾ききっているであろう口を開いた。

「すまなかった…許してくれ。」

父は完全に萎縮し、どっぷりと脂汗をかいていた。意識が朦朧としている僕の目からでも分かる程だ。

「残念だけど、離婚はさせないし、逃げさせることもしない。ここであなたに逃げられたら、優也を私立に行かせられなくなってしまうもの。」

父は深く考え込んだ様子でこう言った。

「じゃあ、わかった。お金だけ渡すから離婚しないか。」

僕は自らの耳を疑った。お金だけということはつまり、僕をこの恐ろしい母の元へ置いて、自分だけ逃げようということだ。

なんて最低な男なんだ。と小学生ながらにこの男を軽蔑し、父と呼ぶことも嫌になった。

「さっさと出ていってよ。私は優也と2人の生活を楽しむから。」

絶対こんなの嘘だった。楽しい?そんな生活を頭に想像させることさえも出来なくなっていた。それ程まで、僕の心は痛み、病み、苦しんでいるように感じた。

その後、男は本当に出て行った。

母との生活は不安や恐怖に支配させることになることを悟った。


2.残虐

あの夜の悲劇からはまるで悪夢を見ている様だった。

勉強の成績が悪いと、母に暴力を振るわれ、クラスメートには毎日学校に登校する度に机に強く罵る言葉が並んでいたりした。

僕も小学6年生に進級していたので、皆が遊んでいる間にも試験勉強をしなければならず、それを理由にいじめは更に険悪化した。

ここまでされたら、普通の人間ならやり返すと思うがそんなことはしなかった。その一つの理由として、母に恐怖を抱いていたのも無論ない訳では無いが、勉強は将来役に立つものと勘違いしていたこともあると思う。だが、この頃の僕がそんな勘違いに気付くはずもなく、勉強ばかりやっていた。

試験1ヶ月と迫ってきたある日、家路をトボトボと歩きながら、色々なことを頭に浮かべ空想を広げていた。自殺してやろうかと本気で思ったことも何度かあったが、僕にそんな勇気があるはずもなく、結局は断念してしまった。その帰路に薄暗く人っ気が全くないブランコとベンチだけという質素な小さい公園があった。

その公園のベンチに座り、今の現状についてもう一度よく思考してみることした。

まず、僕はこの生活から一刻も早く抜け出したいという念があることだ。家出することや、母に反抗的な態度を取ることも何度か考えたが、どれも断念した。どちらにせよ、僕はその勇気がまずない。加えて、やっても無意味なのではないかと感じたからだった。

そのような思考の時間を終え、大人しく家に帰ることにして、無事ついたのだが、玄関に見たこともない男の人の靴と思われる物があった。またかと僕は思った。最近、母は色々な男を家に連れ込むようになっていた。毎日、夜遊びや飲み歩きが絶えず、酷い時には朝方帰ってくる事も少なくなかった。

僕はもう嫌になって、玄関のすぐ横にある階段を使い、二階にある自分の部屋に駆け込んだ。2階には四つ部屋があり、2組とも向かい合うようにして、存在している。

何故、こんなにも無駄に部屋が多くあるのかと疑問に思う人も少なくないだろう。元々、僕の家は一般家庭に比べたら、かなり裕福な方だった。元父は、銀行員で、業績もかなり優秀だったらしく、上司からの人望も厚かったらしい。

以前、母が語っていた。

僕を私立に通わせようと思ったのも、この経済力のお陰だろうなとなんとなく察していた。

僕が眠りにつこうとした時、下の階からは卑猥なやり取りが微かに聞こえていた。


今日の僕の胸は異様な程に高鳴っていた。無論、良い方の高鳴りではない。実はこの時、ある計画を立て、それを実行すると心に決めていた。その計画のためには緊張が伴ってくるのだ。

僕は家に帰りながら、この緊張は今まで経験してきたであろう緊張の中でも随一に入るなと思っていた。

ある計画というのは、母が夜遊びをしている間にある程度の資金を持ち、母の実家である山形に逃げるしかないと考えていたのだ。

母と母の両親が険悪の仲であることは今までの会話で何となくわかったことだ。そのため、僕は1度も山形に訪ねたことはなかった。

僕も母の実家にお世話になることは人生で一度もないのではないかと思っていたのだが、計画を立てている最中に、山形に逃げるというのはどうだと言うふうに考えが浮かんだ。そして、それを僕は実行することにしたのだ。しかし、いくつか問題点があった。まず、始めていくため、無事つけるのかどうかということ、着いたとしても、母の両親が僕を養ってくれるかということ。などだ。まだまだ不安は数え切れないほどあるが、それを今ここで言っていたら、キリがない。奇跡的に家に母はいなかった。

こんなことをしている暇があるなら、準備をしようと思い、僕は準備を始めようとした…



~希望と闇~


3.遁走


森優子は、足をふらつかせ、今にも倒れそうになりながら、とても肌寒い家路を歩いていた。

「今日は少し飲みすぎたなー。優也しっかり勉強してるかな」

酔った口調で優子は独り言を発した。

優子の服装はかなりの薄着だったが、酔っているため、寒くはないのだろう。

家には残り5分くらいで付く道のみだが、この足取りだと10分ほどはかかるだろう。


僕は山形に逃げる準備を着々と進めていた。

そして、最後の確認作業に取り掛かった時、重大な物を忘れていることに気がついた。資金だ。以前、僕の将来のためにお金を貯めていると、元父が言っていたのを思い出した。その記憶と同時に、まだ家族3人、仲良くご飯を食べたり、遊んだりしていた時の記憶も頭の押し入れから出てきた。だが、僕はすぐに頭を左右に振り、その記憶をまた押し入れにしまった。

「こんなこと考えている暇はない。時間が無いんだ」

そう自分に喝を入れ、その資金を詮索し始めた。

まず、リビング、寝室、物置部屋など、その後も探したが一向に見つからなかった。

資金を探し始めてから五分が経過していた。

僕も焦っていたため、正確な時間は把握していないが、そのぐらいだと予想した。

更にあることが僕の焦りを倍増させた。

母が徐々に迫ってきていることが何となく分かるのだ。

だが、僕はまだ諦めてはいけないと自分に強く言い聞かせ、唯一残っていた自分の部屋を詮索することにした。

もしそこになければ諦めようと思っていた。

希望を失いかけながら、自らの部屋を詮索し始めて3分。

タンスを手探りで探していたのだが、薄手の手帳らしきものが手に当たった。

それを引っ張り出してみると、なんと通帳だった。

僕は喜悦の声を上げた。

だが、すぐに現実に戻されることになった。

もうあまり時間はない。

今すぐ家から出なければこの奇跡も水の泡となってしまうかもしれない。

僕はすぐに通帳をバックの小ポケットに大切に入れた。

その際、通帳の残金を一瞥した。

なんと、500万円以上入っていたのだ。

またも喜悦の声を上げそうになりかけたが、寸前で止めた。

今ここで声を上げてしまうと、母が近くにいた場合、バレてしまう危険性があるからだ。

僕はすぐに扉を開けようとした。だが、慎重に開けた。

そして、外に出た時、ハイヒールの音が聞こえた。

すぐに母の足音だ。と確信した。

僕は咄嗟の判断で、庭の物陰に隠れることにした。

徐々に母の足音が迫ってきている。

こんな緊迫した雰囲気の中でも僕は何故か冷静だった。

母が酔っ払っていることが足音から判断できるほどだ。

そして、母が僕の真横を通り過ぎて行った。

僕は安堵した。

だが、その一瞬の油断が命取りとなった。

少し草のカサッという音をたててしまったのだ。

その途端、母は僕の方に目線を移した。

だが、酔っ払っていたからか、すぐに目線を扉に移し、中に入っていった。

僕はもう手汗と脂汗で身体中、ベトベトだった。

それを軽く拭い、すぐに駅に向かい遁走した。


無我夢中で走っていたため、気づいた時にはもう東京駅に着いていた。

手元の時計で時間を確認した。

短針が8時を指し、長針が10分を指していた。

この時計は元父が僕の誕生日に、役に立つからと言ってプレゼントしてくれたものだ。

東京駅は思った以上に大きく、格好良かった。

僕は新幹線に乗るのも、電車に乗るのも初めてだった。

今まで、使う機会がなかったのだ。

正確に言うと、与えられなかったとでも言うべきか。

したがって、緊張も無論していたが、ワクワクする気持ちの方が勝っていたかもしれない。

僕は無事、新幹線乗り場にたどり着くことが出来た。

物覚えだけは昔からよかったため、すぐに覚えることが出来た。

現時刻、8時35分。

新幹線が僕の目の前で止まり、扉が開いた。

まるで希望への道が開くようだった。

これからの生活への希望を抱いて僕は乗り込んだ。

自分の席に座り、まずは自分を素直に褒めた。ここまでよくやったと。

僕は新幹線に乗りながら、祖父母が、初めて会う孫であり、いきなり現れた孫であるこの僕を受け入れてくれるか、とても不安だった。無論、僕も祖父母に初めて会うため、緊張しているのもあった。

そんなことを想像している内に、山形駅に到着し、乗り換えて祖父母が暮らしている庄和町に向かった。

無事に庄和町に到着することが出来た。

僕の目には期待以上の自然、見渡す限りの畑など壮大な美しいパノラマが広がっているはずだった。

しかし、現実は違った。

真っ暗すぎて殆ど何も見えなかったのだ。

それもそのはず、かなりの田舎のため、街灯がとても少なく、いや、ないと言った方が正しいかもしれない。

そのくらい暗かった。

まるで、この暗闇が僕のこれからの生活を暗示しているのかと不安な気持ちになったが、それをすぐに打ち消し、希望への第一歩を踏み出した。


4.恩恵


確か、祖父母の名字、そして母の名字は「神谷」だったなと僕は回想していた。

したがって、僕は神谷の表札が出ている家を捜索することにした。

時刻は11時を既に回っていた。

暗闇の中、探すこと15分。

凍えるほど寒い夜道を歩きながら、神谷の表札を探していたその矢先、神谷の表札を見つけることに成功した。

しかし、まだ祖父母の家なのかは、わかっていない。

僕は意を決して、チャイムを押した。

ピンポン!と僕の胸中、また、この暗がり静けさとは裏腹に甲高い音が鳴り響いた。

中から「はーい」と年配の女の人らしき声が聞こえた。

そして、扉が開いた。

僕は見た瞬間に祖母だと確信した。

とても母に顔つきが似ていたからだ。

祖母も僕が誰だかわかったようだ。

「優ちゃん…?」

「僕のことを知っているの?」

「もちろんよ。何度もあっているもの」

僕は「何度も会っている」という部分に疑問を持ったが、そんなことを考える暇もなく、

「さぁ中に入って。寒いでしょ」

と中に促されてしまった。

「とりあえずお茶準備しますね。喉乾いたでしょ?」

確かに僕は喉がカラカラだった。

僕の家とは比べ物にならないくらい小さく、こじんまりとした佇まいだったが、僕にはこっちの方が柄にあっているような気がした。

居間には祖父もいた。

僕は祖父に挨拶をした。

「こんばんは。いきなり上がり込んですみません」

「固い挨拶だな。」

と少し野太い声で言い、微笑んでくれた。

僕は、こんな僕を受け入れてくれたことに感謝の意を心の中で示した。

だが、未だ、「何度も会っている」という祖母の言動が気になっていた。

「さぁお茶の準備ができたわよ」

祖母が明るい口調で言った。

そして、皆でお茶の間の時間を過ごした。

とても幸せだった。

僕は早速聞きたかったことを単刀直入に聞いてみた。

「僕と何度も会っているの?」

僕がそう言うと祖父母は少し険しい顔をしたが、すぐに笑顔になり、

「会ってるよ。優子の出産の時も立ち会ったし」

と祖母が言った。

すると、今度は祖父が

「最近までは普通に仲が良かったんだ。しかし、あの出来事が起きてからは…」

祖父はそこで言葉をつまらせた。

僕はもうこれ以上聞くと、雰囲気が悪くなるのを察し、違う話題を振ることにした。が、その前に祖母が質問をしてきた。

「優ちゃんはどうしてこっちにいきなり来たの?しかもこんな夜中に」

僕は今までの経緯などを隠すことなく、全て語った。

すると祖母はそうだったの。と言って真剣な顔で聞いてくれた。

そして、

「そういうことなら、これからはここで暮らしましょう。私たちが責任を持って育てるからね」

と、とても優しい声でまた、とても優しい笑顔でそう言ってくれた。祖父もうんうんと頷きながら、笑顔を浮かべていた。

僕は嬉しさと感動のあまり、涙を流した。

祖母はよしよしと優しく頭を撫でてくれた。


それからの日々はとても幸せな日々だった。

祖父母からの愛情を受け、僕はどんどん学力が向上し、身長も伸び、すくすくと育っていった。

東京にいた時とは正反対の生活で、僕の表情は徐々に笑顔であることが増えていった。

そして、中学校に進学した。

無論、私立ではなく、公立だ。

でも、僕は公立でも十分に満足している。

それ以前に、この生活が幸せすぎて、中学校はどこでもよかった。

中学校の入学式の日。

僕は笑顔で祖母に送ってもらい、希望を胸に登校した。

正直なところ、小学校の頃にいじめられていたため、中学校でもいじめられないか、とても不安だった。

だが、その不安は入学式を迎えると同時に消え去った。

なんと、沢山の同級生が僕に話しかけてきたのだ。

山形は、中学校まで心優しいのかと僕は感心してしまった。

その中でも、より交友を深められたのは「新羅誠」という同級生だった。

僕に一番最初に話しかけてきてくれた同級生だった。

一番最初にということも交友を深めるきっかけになったが、何よりも、とても気が合った。ということが一番だろう。

僕が唯一、幼少期、両親から見るのを許されていたアニメである、ワンピースの話で盛り上がったり、勉強でわからないところも見事に合致し、一緒に先生に聞きに行ったりした。

毎日、一緒に登下校をし、放課後は一緒にスポーツをしたりもした。

無論、僕は今までスポーツというものを知らなかったため、誠に教えてもらい、スポーツの楽しさを知った。

ちなみに僕はサッカー部に所属することにした。誠と一緒に。

全くの初心者だったが、部活の仲間が丁寧に教えてくれたおかげですぐにルールやコツを掴むことが出来た。

部活の仲間にはとても感謝している。


実は、入学式の時、誠の次に話しかけてくれた女子がいた。

その時、僕は初めての感情を覚えた。

これが俗に言う恋だろうか。

僕にはわからないが、一目惚れしたのかもしれない。

名前は「森山千夏」

そこまで、ずば抜けて美人という訳では無いが、笑顔がとても美しかった。その笑顔から優しさが醸し出ていた。

実際に話してみても、イメージ通りとても優しかった。

その後も、交友を重ね、誠と帰らない日は都合が合えば、森山と帰ることになった。

そして初めて一緒に帰るチャンスが来た。

誠が勉強の補習を受けるため、居残りをするということだった。

これはチャンスと僕は肝を据えて森山に一緒に帰ろうと言ってみた。すると、

「喜んで!初めて優也くんと帰れて嬉しいよ」

と蔓延の笑みで言ってくれた。

僕は嬉しすぎて、また、森山の笑顔が美しすぎてキスしたい衝動に駆られたが、寸前で我慢した。

僕は帰路を森山と歩くことが出来て、有頂天になっていた。

ここで告白しようか悩んだが、やめることにした。

まだ少し早すぎると思ったからだ。そのくらい恋愛初心者の僕でも理解していた。

この頃から、結局勉強なんて意味は無いな。と感知していた。

そして、勉強ばかりやらせた両親に改めて恨みの念を抱いた。

やはり、人生においての幸せは友達と遊んだり、話したり、恋をしたり、運動をすることなどが本当の幸せなんだなと身に染みてわかった。


そして、あっという間に楽しい時はすぎ、中学校三年になっていた。

部活ではFWを担当するようになり、誠とは更に友情を深め、親友になっていた。少なくとも、僕は誠を親友だと思っている。

勉強では今まで勉強してきたことをすべて生かし、定期テストで今まで1位以外を取った経験はなかった。

偏差値も驚異の70越えだった。

僕は祖父母に迷惑をかけたくはなかったため、勉強も引き続き、頑張り、高校は公立に行く予定だ。

しかし、一つだけ、まだ達成出来ていないことがあった。

それは恋愛だ。やはり、恋愛は苦手だ。

祖父母が必要だからといってスマホを持たせてくれたおかげで、そのスマホで恋愛について知識を深めたりした。

だが、深めれば深めるほど恋愛はわからなくなるというのもつい最近、気づいた。

経験が大事ということなのだろう。

まだ、千夏のことは好きだったのだが告白するタイミングが見つからず、結局は友達止まりだった。

この頃はもう千夏と呼んでいた。

しかし、まだ僕は諦めていなかった。

もちろん誠には千夏のことが好きということは伝えてあった。

そうしたら、誠は勇気を僕に与えてくれた。

「頑張れ!勇気を持って。てか、その前にそのネガティブを直せよ」

と言って、にかっと笑った。いかにも、誠らしい笑顔だな。と思った。僕はこの笑顔が好きだった。

そして、誠にも協力してもらい、二人で帰るチャンスが巡ってきた。

僕は何度も逡巡したが、誠の言葉を反芻し、勇気を出して告白した。

「千夏。俺実は…」

と言いかけたところで千夏に止められた。

えっ!と僕は驚いたが、千夏の言葉を待った。

「私の事好きなんでしょ?知ってたよ。私も優也くんのこと好き」

と恥じらいながら千夏の方から告白をしてくれた。

僕は嬉しさのあまり、喜悦の叫びをあげてしまった。

そして、そのまま衝動的に千夏を抱きしめた。

千夏の良い香りがした。

僕は家に帰っても興奮が冷めやらず、ご飯を食べた後、いつもなら勉強をするのだが、全く頭が回らなかったため、千夏と電話をした。

友達の時とは違う緊張感があり、ところどころ噛んでしまったが、千夏はそんな僕にも笑ってくれた。

千夏のそういうところが僕は大好きだった。


そして、そんな幸せに満ちた日々を過ごし、卒業式はあっという間にやってきた。

僕は悲しさのあまり、誠と共に号泣した。

誠とは奇跡的に、同じ高校に進むことが出来た。

誠も学力はかなり優れていた。

しかし、千夏とは離れ離れになってしまうことになった。

だが、それでも会える日は会おう。と約束を交わし、初めて唇を交わした。

僕は他の同級生と別れの挨拶を済まし、家に向かった。

その時、何故か胸騒ぎを感じた。

今まで感じたこともない胸騒ぎだ。

僕は嫌な予感がし、走って祖父母がいる家に帰った。

学校から走って5分の位置に家はある。

その5分が変に長く感じた。

そして、到着し、扉をすぐさま開けた。

そこには衝撃的光景が広がっていた。

祖父母の遺体が、並んでいた。

いずれも、心臓の当たりを刺されたようだ。

大量出血している。

僕はそのまま膝から崩れ落ち、呆然とした。

人は驚愕しすぎると、涙も言葉も出ないのだとこの時初めて知った。

だが、少しずつ脳が機能を取り戻す中で、祖父母を殺した犯人に怒りを抱き、体が激しく震蕩した。

僕は犯人がもう既に分かっていた。

それはなぜかというと、家の居間に微かにだが足跡があった。

それがあのハイヒールの足跡だった。

母の足跡だ。僕は確信した。

この時、僕の心の奥底でとてつもなく強い闇が蠢き始めた…

それと同時に俺は母への復讐を決意した。



~闇と記憶~


5.人格


俺はあの事件が起きてからというもの、毎日を呆然と過ごしていただけだ。

特に変哲もない。そう思っていたが、一つだけ変化があった。

最近になり、頻繁に誠が夢に現れるようになった。

何故かは謎だが、その誠はあの優しく、温厚な誠ではない。

冷ややかな目をし、心も冷えきっている誠だ。

夢の中の誠はいつも何か叫んでいる。

だが、いつもなんと言っているのか聞き取れず、そこで夢は終了してしまう。

そのことについて、俺はあまり深く考えてはいなかった。


俺はそんなことを考えずにさっさと母親を捜索しろと自分に命令し、鉛が溜まったように重い、身体を動かした。

すでに、高校は無事合格をし、山形県の中で最高峰の学力を誇る高校に入学予定だったため、そのことについては不安は全くなかった。

そんなことより、今は母親への恨みで頭の中は埋め尽くされていた。

まず、東京の実家に向かうことにした。

そこに母はいないだろうとは思ってはいるが、可能性は捨てきれなかった。

小学生の時に来た道のりをそのまま引き返すだけでよかったので、特に迷うことは無かった。

その道のりを歩きながら、祖父母と過ごし幸せに溢れていた日々を思い出し、涙が零れた。

しかし、それと同時にあの幸せな日々を俺から奪った母への恨みは膨らむばかりだった。

思い出に浸りながら、新幹線に揺られ、気づいた時には着いていた。

東京駅を出て、小学生の時は走った道のりを今度はゆっくりと歩き、故郷に向かった。

そして、家につき、チャイムを押そうとしたがその瞬間に動作を止めた。

表札を一瞥したからだ。

そこには森でもなく、神谷でもない、全く違う名字が書いてあった。

俺はあぁこの家は売られたんだなと自分が育った場所でもあるこの家を何の感情もなく眺めた。

「やっぱりいねぇ」

と俺は呟き、そのまま来た道を引き返した。


実は明日が高校の入学式なのだ。

切り替えて通うしかないが、あまり気乗りはしなかった。

一段落したら、捜索を開始しようと思い、心を引き締めた。

その翌日、僕は中学よりも少し遠い距離である高校に向かった。

入学式を迎えたが、中学校の時とは違い、誰も俺に話しかけにこなかった。

俺が醸し出す不穏な空気を感じたのかもしれなかった。

まぁそれも仕方ないなと半分開き直っていた。

そんなつまらない入学式を終え、俺はさっさと家に帰宅していた。


平凡で退屈な高校生活を過ごしていた俺だったが、友人と呼べる人間は誰1人として出来なかった。

部活にも入らず、ただ単に授業を受け、学力だけが無惨にも向上した。

俺は勉強に呪われているのかと思うほど、勉強ばかりしていた。

誠と同じ学校だったはずだが、俺は誠と会うのを避けていた。

なぜかというと、誠のことを考えると頭が割るのではないかと思うほどの痛みが不自然に襲ってくるのだ。

その瞬間も誠が何かを叫んでいるが、依然全く聞き取れない。


6.虚像


高校二年生になった春休み。

俺は母の捜索を開始した。

東京都全体を出来る限り探し回った。

それを3日間くらい続けていたある日。

見覚えのある顔が遠くの方に見えた。

遠くからでははっきりわからないが、綺麗な顔立ちをしている。

その刹那、俺はあっ、と思わず言っていた。

千夏だった。

どこかに出かける様子だ。

俺は走って、声をかけた。

「千夏だろ…?」

千夏はいきなり目の前に現れた優也に驚きを隠せないようだった。

「優也くん…。目の下のクマ凄いけどどうしたの?」

俺は相変わらず千夏は良い奥さんになるような的確なところを突いてくるなと思った。

「ちょっと色々あってな。それより千夏この後なんか予定あるのか?」

正直、ちょっとどころではなかったが、そんなことより千夏に再開できた喜びの方が大きかった。

「本当は友達と出掛けるつもりだったけど、優也くんに会えたし、断っとくよ」

そう明るく、持ち前のとても可愛らしい笑顔で言ったのだった。

俺は思わず笑が零れた。

俺達は、近くの喫茶店に入り、今の状況と学校生活のことを語り合った。

俺は千夏に祖父母が母親に殺されたことや、誠が夢に頻繁に登場し、考えると頭に割れるほどの痛みが襲ってくることなどを隠さず全て話した。

その際、千夏は自分のことのように感情移入して聴いてくれた。

「そうだったんだ…。これからは私が優くんのことフォローする。だから、元気だして!」

と励ましてくれた。また、初めて優くんと俺のことを呼んだ。

だが、千夏も俺の不穏な雰囲気に気づいたようだ。

「優くんなんか変わったね。本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。少し頭痛がするけどな」

俺は笑ったつもりだったが、顔は痛みで引きつっていたのか、千夏が心配し外に連れ出してくれた。

「ごめんな。心配かけて」

「そんなこと大丈夫だよ。それより優くんまるで別人みたい…」

そんなことをぼそっと言った。

実は俺も自分自身の変化に気づきつつあった。

頭痛に襲われる度、どんどん性格が変化しているようなのだ。

そんなことを考え始めた途端、俺はその場に倒れてしまった。

倒れる瞬間、千夏の驚愕と心配の混ざった顔が視界に入った…


どうやらここは病院のようだ。

真っ白な天井が視界に入ったからだ。

その後、千夏の心配した顔が現れた。

千夏は優くん優くんと呼びかけている。

「千夏…」

それだけの声を出すのが精一杯だった。

「あ、優くん!大丈夫?」

千夏はそういった後、俺のベットの横にある呼び出しボタンを押した。

その約1分後、医者がやってきた。

四十代半ばといったところか。男性だった。

「特に身体に問題は見つかりませんでした。ただの疲労でしょう」

医者はそう言った。

俺は一番気になることを問うた。

「脳内に異常はなかったですか」

「ありませんでした。正常な脳でしたよ」

そんな…と思ったが、口には出さず、そうですかと言って会話を終わらせた。

俺がそう言うと医者はお大事にと言ってそそくさと出ていった。

千夏は医者から俺に視線を移し、大丈夫そうで良かった。と心底安堵したような表情をした。

「やっぱり優くんが心配だよ。春休みの間だけ、優くんの家に泊まってもいい?」

俺からしたら予想外の言葉で舞い上がるような提案だったが、あまり千夏に心配はかけたくなかったため、ここは男らしく断っておいた。

だが、時期に電話をする約束をし、この日は別れた。


千夏との再会を果たした俺だったが、依然頭痛は収まるどころか酷くなっていた。

この頃になると、誠が叫んでいる言葉も聞き取れた。

「記憶の誤差だ!目を覚ませ!」

と叫んでいるようなのだが、俺には全然なんのことかわからなかった。

俺はいつしか、高校を卒業し、大学への進路を決める時期に突入していた。

時というのはこんなふうに儚く過ぎていくのだなと俺はこの時初めて実感した。

千夏との電話の回数は徐々に増え、毎日するようになっていた。

そんな時、千夏から提案があった。

「一緒に住まない?」と。

俺はもう大学生だし、千夏の言葉に無論異存は無かったため、素直に賛成した。

千夏も心做しか嬉しそうだった。

あくまでも電話だが、千夏の美しい笑顔が目の前に浮かんだ。というより、妄想した。と言った方が正しいかもしれない。

千夏との住居を整え、場所も決め、準備は完璧だった。

俺はワクワクしていたが、やはり母への恨みは消えたわけではなかった。

千夏がそのことを察してか、あまり気にしない方がいいよと言ってきたが初めて千夏の言葉を無視した。

千夏は一瞬ムッとした顔をしたが、すぐ明るい顔になり

「ねぇねぇデート行こうよぉ。久しぶりにさ」

と若干の甘えた声でねだってきた。

俺としては千夏からこれをされると断ることが出来ない。

あまりに美しいし、千夏を悲しませるのは嫌だからだ。

そして、その日は千夏とのデートを1日中存分に楽しんだ。

その夜、千夏が誰かと電話しているようだ。

俺はもう布団に入っていたが、千夏はまだやることがあるからと言ってリビングにいるのだ。

扉がしまっているため、なんて言っているのか定かではないが、別に気にする必要はないだろうと思い、その日はそのまま就寝した。

だが、次の日もその次の日も、同じ時間に電話をするもんだから俺はとうとう我慢出来なくなり、寝室からリビングに向かい単刀直入に問うた。

「おい。毎晩毎晩誰と何を話してんだよ」

千夏は怯えているようだった。

手と声が微かに震えていたからだ。

「ごめんなさい。ちょっと用があって」

「用ってなんだよ。電話変われ」

と俺は半分命令口調で電話を千夏から取り上げた。

千夏は抵抗しなかった。

「千夏と毎晩電話してるのは、どこのどいつだ」

「私よ」

俺はその瞬間違和感を覚えた。

どこかで聞き覚えがあ…

そこまで考えたところで思考は半分停止し、顔は愕然とし、言葉を失った。

驚きが強すぎたせいか、そのまま気を失いそうになったがなんとか耐え、

「まさか…」

「そうよ。そのまさかよ」

その声は確かに母だった。

俺は千夏の方を一瞥した。

千夏は俯き加減で申し訳ないという顔をしていた。

ここまで落ち込んだ千夏を見るのは初めてだった。

俺は徐々に思考が戻りつつある中で母への恨みを思い出し、

「おい!祖父母を殺ったのはお前だろ」

と乱暴な口調をあえて使った。

だが、母は全くひるまず

「そうよ。口論の末に刺しちゃった」

と高笑いするのではないかと思うような口調だった。

俺は怒りで身体が震蕩した。

「ふざけんなよ…俺の大事な人を!」

俺はそういった所で、怒りに身を任せ、電話を思い切り投げた。

千夏は驚いたせいか、キャッと叫んでいた。

俺は千夏の首筋を掴み、

「なんでだ。なんであいつと話してんだよ」

と強い口調で聞いた。

「やめて…苦しいよ…」

千夏がそう俺とは真逆の弱い口調で言ったので、俺は我に返りすまんと言って離した。

「本当にごめんなさい…あなたのお母さんに優くんを見張っててほしいって言われて…」

千夏はそこまで言ったところで泣き出してしまった。

俺は気まずい雰囲気すぎたため、慰めてやることさえ出来なかった。

俺は千夏に八つ当たりしてしまったことを深く反省した。

「千夏。ごめん。少し腹が立ってたんだ。」

と謝った。

すると、千夏は

「私が全部悪いの。あなたのお母さんに協力したのが」

とまだ半泣きの状態で言った。

「だけど、一つだけお願いがあるんだ。あいつに俺と会うように言ってくれないか」

千夏は俺を弱々しく見つめ、コクっと頷いた。


7.復讐


それから数日後、俺はあいつと会う約束をした場所にむかっていた。

あれだけ今まで復讐を夢に見て、恨みに震えていたのにいざそのような日になると意外にも緊張などはしなかった。

人間とは不思議なものだ。と心底感じた。

約束の場所は千夏と再会し、語り合ったあの喫茶店だ。

後、歩いて5分といったところか。

もう少しだ。と自分に言い聞かせ、1歩ずつ歩を進める。

目的の喫茶店が見えてきた。

その喫茶店にあいつはいた。

神妙な面持ちで前を見つめ、珈琲を飲んでいる。

呑気な野郎だ。今に見てろと心の中で独り言をいい、喫茶店の扉を開けた。

だが、そこで俺の視界がゆらゆらと揺れ始めた。

目眩のようなそう出ないような。

よくわからないものだったが、すぐに俺は視界を元に戻そうとし、そのまま発狂したがら母に向かい突撃した。

母は驚嘆し、言葉を失ったようだ。

俺は母を刺し殺した。

だが、そこで例の頭痛が襲ってきた。

加えて、先程の目眩のようなものも俺を襲い、そのまま気を失いそうになった。

その刹那、誠が俺の視界に現れた。

俺は何故だと思ったが、言葉はでなかった。

そして、誠が言葉を発した。

「俺は本当は存在しないんだ。優也の頭の記憶の中で誤差が起き、そこで俺という架空の人物を作り出したんだよ。思い出してくれ」

そう言って誠は消えた…


エピローグ


俺は最初自分が何処にいるのかわからなかった。

だが、その後視界が徐々にぼやけているものから、はっきりとしたものに変わる中で病室だと理解した。

まず自らの身体を確認した。

確か、母を刺し殺したはずだったが。

俺は自分の体を確認した途端、目を見開き、口は震蕩し、言葉を失った。

小学生の頃の身体に戻っていたからだ。

俺は思わず、叫んでいた。

「あぁぁー!!なんでだ…」

そこ声に驚いたのか、医者がやってきた。

「どうしたんです?!」

「なんで俺が小学生なんだ…」

「なんでって、運ばれてきた時から小学生ですよ。一体何が起こったんですか」

医者は何が何だかわからないという表情をしていたが、一番驚いているのはこの俺だ。

「とりあえず脳内を見てみましょう。何か、記憶に誤差が起きたのかも知れません」

俺は検査を終え、医者の言葉を待った。

「特に問題は無いですが、ノンレム睡眠中に沢山の夢を見ています。通常なら、夢というのはレム睡眠時に見るものなのですが。奇妙です。」

医者はそう語った。

俺はこの状況を整理しようとしたが、頭がうまく働かなかった。長い時間寝ていたせいかもしれない。

「何故俺がここに運ばれたんですか?」

医者は驚いていた。

「それさえ、わからないのですか?あなたは、お母さんに刺され、何箇所も刺されていたため、ある脳死の患者さんの体を移植しました」

俺は言葉を失った。そんなことがあったなんて。

だがしかし、なぜ自分は母に殺られたことを覚えていないのか不思議だった。

また、変な夢を見たのか。

俺は医者に問うことにした。

「名前はなんという方の身体ですか?」

「新羅誠さんという方です。高校3年生の時に母を喫茶店で殺し、そのまま脳死してしまった悲惨な方です」

医者はそう言うととても悲しそうな顔をした。

だが、俺はそれとは逆で驚きを隠せなかった。

新羅誠…誠…誠!!

俺は夢らしきものに出てきた人だと思ったが、何故だと思った。

その時俺は一つの考えが浮かんだ。

もしかして…まさか。

「もしかして脳もその方のものを移植しましたか?」

「はい。無事上手くいったはずです。」

俺はその言葉を聞き、納得した。なるほどと。

つまりこういうことだ。

俺自身が小学生の頃、東京の自宅から、逃げようとしたところを母に目撃されたのだ。

夢の中では成功だったが、その時にはもう俺は母に殺されていて、そこからの記憶は全て、誠さんの記憶なのだ。

つまり、誠さんは山形県出身で、学力もとても良かったはずだ。

あと温厚な祖父母も誠さんの祖父母だったのだ。

きっと、誠さんは母に恨みを持っていて、最後喫茶店で母を殺した。しかし、そこで病に襲われ、脳死してしまったのだ。

誠さんの記憶に誠さん自身が現れたのも、頭痛の原因も、俺の性格が変化したのもすべて脳を移植した影響だと俺は推測した。

千夏も誠さんのガールフレンドだったんだな。

俺はあの温厚な誠さんの分まで生き延びようと決意した…


THE END。

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懺悔 かずきんぐ @kazukinzu0812

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