第7話 偉大な鉛筆

「大五郎、これ、私にも分けてほしいの」

美由紀改め、しずくは机の上に転がっている鉛筆を手にとった。


「うう、大五郎…」

 抵抗感あふれるこの名前に慣れる日が来るのだろうか。


「ああ、どうぞどうぞ、いくらでも」僕は、下の大きな引き出しをあけた。

下の引き出しにはHBから6B までのダース箱が何十個も敷き詰められている。


「わー、いっぱい入ってる。すごい!」

「うん、いくらでも使っていいよ。もう僕は要らないから」

そう、もう要らない。僕には必要ない。


彼女はいそいそと箱を開けた。そして、変な顔をした。

「あれ、これ…ただの棒じゃないのよ。これじゃ、書けないわ」

「それは、削らなきゃだめだよ」


ーそうか、彼女は人生で初めて鉛筆と出会ったんだったな。

僕は、机の上に置いてある携帯用の鉛筆削りを取り出した。

「ここに、鉛筆の先を入れて、グルグル鉛筆を回してみて」

「わわわわ、なんか出てきた。あ、すごい削れているっぽい」

「もし、鉛筆削りがないときは、ナイフで削るといいよ」

「あ、ナイフなら私持ってる」


彼女は、ナイフを取り出した。少し赤い血がついている。

ーこれで、ICチップを取り出すのはどれだけ痛かっただろうか。


「貸して」僕は、ナイフを受け取り、削ってみせた。

「大五郎、すごい!」

「これから、このナイフは平和のために使うんだ」

「そうね」しずくさんはニッコリ笑った。


「私、この鉛筆を仲間たちに配りたいの」

「仲間?」

「私とお父さんが命がけでテロから守った仲間たちよ。彼らもまた政府の陰謀をどうにかして暴きたいという思いは同じなの。鉛筆があれば、政府に情報を盗まれないで記録ができる。こんな素晴らしい道具はないわ」


た、たしかに…。監視ペンとは違って、鉛筆で書く情報は秘密を守れる。


「配るって、どうするんだよ」

「郵送するの」

「でも、中身がバレることはないの?」

「こんなの何か、政府の人すらわからないと思う。送ってもただの木の棒ぐらいにしか思われないわよ」


な、なるほど。それにしても鉛筆がなんでこんなに使われなくなっているのか。

もともと21世紀でも鉛筆が使われなくなってきていたけれど、22世紀でなくなるなんて想像もしなかった。


「鉛筆を削る方法を書いた紙を入れて送ればいいわ」

「ちょっと待ってくれよ」

「何よ」

「手紙で書いた内容って、検閲されたりするんじゃないの?」

「もちろん、検閲されるわよ」

「じゃあ、ヤバイじゃん」


僕は、めちゃくちゃ焦った。しずくさんは気丈に振舞っているけれど、頭があんまり働いていないのかもしれない。


「あ、検閲は中身を開けたりしないわよ。だって監視ペンで書いた段階で国に情報が抜き取られるのだから。中身を開ける必要ないでしょう。まさか鉛筆で書いているなんて、誰も思わないわ。私だって鉛筆の存在をさっき知ったのよ」

「なるほど!」

「だから、すごいのよ、鉛筆は!」


しずくさんはすっかりハイテンションになっていた。

「それにしても、21世紀の人間って、こんなに鉛筆を持っているものなのね」

「そうだね」

僕は、嘘をついた。そして、うつむいた。僕は、もう鉛筆を二度と触らないと決めていた。

でも、捨てられなかった。その鉛筆がいまなぜか未来の人たちの役に立とうとしている。

捨てる神あれば拾う神あり、とはうまくいったものだ。


ぐうううううう…


突然大きな音がした。

「なんか、おなかすいちゃった」しずくさんが恥ずかしさそうにしている。

「そうだね、これから朝ごはんにしよう!」


二人で一階に降りた。そして、思い出した。

一階がめちゃくちゃになっていたことを。

あー、これじゃ、何も作れない。


「少し寒いけど、外で食べるのでも大丈夫?」

「もちろん!」


僕は、ぐじゃぐじゃになった足元をたどって、冷蔵庫に到着した。

そして、卵とハム、そして食パンをなんとか取り出した。


「かまどを作って焼こう」

「かまど?」

そうか、22世紀の人はかまども知らないのか。

僕はしずくさんから見たら、おじいちゃんになっちゃうもんな。


使っていない畑のうねに、石を組み合わせ、フライパンを乗せた。

そこに、紙や枯れた雑草をほり込んで、火を起こした。

ガスレンジのようにはいかないが、ゆっくりとハムエッグは完成した。


それを、ペットボトルのフタ部分を切り、さらに半分に切ったものを

皿がわりにしてのせた。


「わあ、すごい!」

「でしょ。僕は時々こうやって外でご飯を食べるんだ」

「素敵な趣味ね! しかも、おいしー!」


本当に美味しい。

こうやって、だれかと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだ。

ひとりじゃないから、よけいに美味しいのかもしれない。


「ごちそうさまでした!」そして彼女はふと何かを見つけたようだった。

「ねぇ、あの小屋」

「あ、ああ」

「あれも、大五郎のものなの」

「そうだよ」

「行ってみたい」


彼女はすっかりはしゃいでいた。

「なんにもないよ」僕は、なんとなく気が進まなかった。

「なんにもないって、本当になんにもないの?」

「うーん、本があるぐらいかな」

「え、本って? どういうこと?」

「本って、本だよ」


彼女は急に笑い出した。

「本ってそんなのあんな大きな小屋必要ないじゃない」

「たくさんあるから、さ」

「たくさんあっても、そんなのタブレットかスマホの中にあるんだし」

「え」


も、もしかして…。

「ねえ、もしかして、紙でできた本を見たことがない」

「紙で? え、なになに」

「もう、いいや。説明するより見せたほうが早い」


僕は、仕方なく、小屋に彼女を連れて行く事にした。

でも、あれだけは見られたくない。僕はこぶしをキュッと強くにぎって、彼女を小屋へと案内した。

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