第3話 ジャーナリスト暗殺事件

「あ、その前に」

彼女は、ポケットから名刺を取り出した。僕はそれを両手で受け取る。

ピンクの光沢紙に「秋本美由紀」と書かれていた。肩書が、ジャーナリストになっている。


「え、ジャーナリストなの、君? 20歳そこそこにしか見えないんだけれど」

「よく言われるんだけど、私は25歳なんだよね」

「あ、秋本さん、僕と同い年だ。絶対年下だと思っていたのに…。

 しかも、ジャーナリストか。すごいな。僕は…名刺はないな。ちょっと待って」


引き出しからメモ帳を取り出し、鉛筆で書いた。

「へー、青山純一郎っていうのね。じゅんちゃんって呼んでもいい」

「えー、まあいいけど」

「私のことは美由紀って呼んで」

「うーん、美由紀さん、でいいかな。女性を呼び捨てするのは苦手なんだ」

「いいわよ」

こうして、僕たちは握手をした。


「でさ、美由紀さん…なんで逃げてきたの?」

本当はもっと聞きたいことはいっぱいある。

そもそも100年後にタイムスリップしてしまった以上、今の時代の現状も知りたい。

でも、美由紀さんは助けを求めてやってきた。ということはいま危険な状態にあるに違いない。

まず、彼女の安全を確保しなければいけない。


その理由は、僕の想像のはるか上にあった。

「父が、昨日目の前で火炎放射器で焼かれてしまったの」

「は!?」

「私は、父を置いて必死で逃げたの」

不思議な事に、彼女は涙一つ見せない。その冷静さが少し怖い。


24時間前、彼女の身に起こった事件は次のようなものだった。


2117年2月16日。美由紀さん父娘は、地元の高級中華料理店にいた。

「結婚おめでとう」「ありがとう」

父と娘は、紹興酒で乾杯をした。


「お母さんにも花嫁姿を見せたかったな」

「天国で喜んでくれているわよ」


美由紀さんが5歳の頃に病気で母はすでに亡くなっていた。

父は再婚もせず、男で一つで娘を育て上げたという。

ああ、本当は何もなければ今日は美由紀さんは結婚式だったんだ…。


「美由紀、一つ言っておきたいことがある」

「…なあに?」

美由紀さんは、中華テーブルをぐるりと回し、お目当ての餃子を箸でつまんだ。


「もう、この仕事はやめなさい」

「また、その話。もういいって。剛志つよしさんだっていいって言ってくれているんだから」

「駄目だ。剛志くんは国会議員秘書じゃないか。ジャーナリストの仕事を続ければ、おまえだけじゃない、彼も危険な目にあわせることになるかもしれない」

「いやよ、私もお父さんみたいに立派なジャーナリストになるの!」


22世紀に入ってから、ジャーナリストの暗殺事件が続いていた。しかし、それを国民の大部分は知らない。なぜなら、ニュースに取り上げられることがないからだ。




「え、ちょっとちょっと」僕はかなり慌てた。

「なになに?」

「ニュースに取り上げられることはないって、どういうことなの? ジャーナリストが殺されまくっていたら、それは国として大変なことじゃないか! 21世紀だったら大騒ぎだよ」

ーようやく、僕も22世紀にいることを受け入れつつある。


「21世紀っていい時代だったのね」

美由紀さんはどこか遠い目で窓の外をジーっと見ている。

「それはね、国にとってジャーナリストが最も邪魔な存在だからよ。殺しているのは国家なの」

「は? え!!!!」


僕は大きな声をあげた。

確かに、政治家が記者からインタビューを受けたり、ジャーナリストに突っ込まれまくっている時って、相当嫌な顔をしているよな。鋭い質問を浴びせられたら、逆ギレするようなやからもいるし。

でも、殺すってないよね、だからって。


「国家主導で暗殺しているからニュースにならないのよ」

「でも、ジャーナリストが殺されるってことは、他のマスコミやジャーナリスト仲間にもそれこそ知れ渡るじゃないか。こぞってニュースに取り上げるに決まってるじゃないか」

「あなた、どんだけ甘いの? ああ、21世紀の人間がこんだけ平和ボケしていたら、そりゃ私たちの時代は過酷になるわ」


美由紀さんは、両手でこめかみをおさえて、ため息をついた。


「今の時代はね、全てのニュースは国家によってコントロールされているのよ」


一体どういうことなのか。彼女の話は続いた。



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