第2話 鉛筆とタイムスリップ

「うーん…」

目が覚めたら、僕は玄関で倒れこんでいた。

右側には鳩時計の屋根がふっとんだ状態で倒れていた。


「いたっ!」頭を触ると血が出ている。

ーそうだ、この時計に当たって気絶したんだ。それにしてもすごい地震だった…

窓ガラスは無事だったとはいえ、当たりは割れた食器やグラスで歩けるような状態ではない。


「とりあえず、片付けないと」僕は靴をいったん下に向けて振った。

バラバラといろいろな欠片が落ちてきた。

いったい外はどうなっているのだろう。


心配になってドアを開けると、目の前に女性が仰向けで倒れていた。

黒髪のボブカットに、真っ赤なチャイナドレスを着ている。

目をつぶっているから年齢はわかりにくいが、おそらく20歳前後の女の子だ。

左手は血で真っ赤に染まっている。


「おい! どうしたんだ、おい!」

彼女からは応答がなかった。

ーとにかく、傷の手当をしなければ。


中に入ろうにも、ガラスや食器の破片が飛び散っているし、あちこち、戸棚や飾り棚、テーブルや椅子が倒れていて、救急箱を取りにいけるような状態ではない。


何か代わりのものはないかと、僕は畑を見た。小松菜がたくさん出来ている。

僕は、畑で1束小松菜を持ってきた。大きな葉の部分をちぎり、彼女の左手の患部に当てた。

親指の付け根部分の3センチほどが食いちぎられたかのように深く傷ついている。

それを、雑草でキュッと縛った。


「ああ、僕も頭をなんとかしないと」

小松菜を傷口にピトッとつけた。ひんやりしてしっとりして変な気持ちだ。

そして、雑草で頭全体をしばった。


「これ、人に見られたら職務質問級の姿だな」と少し悲しくなった。

その時、彼女の目が突然パッと開いた。


「キャッ!」と彼女は叫んだ。

「あ、怪しいものではありません! ごめんなさい!」と思わず僕は言ってしまった。

いや、怪しい。小松菜を巻きつけた男なんて、まともじゃない。


彼女は次の瞬間、左手を見た。そして僕の頭をジーっと見た。


「あ、あなた…もしかして私を助けてくれたんじゃ」

「ん、その声…! 昨日助けてって言ってたのは、君か」

「そうよ、昨日何度も助けてって言ったのに。出てこないから誰もいないのかと思ったわ」

「誰もいないって…僕も何度も確認したんだけどな。まあ、とりあえず、靴のままうちに上がって」


僕はカフェのほうに彼女を案内した。

「足元気をつけてね」そう言いながら、二階の寝室へと案内した。

寝室に机とベッドぐらいしか置いていないことが幸いした。足元に鉛筆や消しゴム、ボールペンなどの筆記用具が散乱している程度だ。


「これ何?」彼女は、右手で床から拾い上げた。それは、1本の鉛筆だった。

「え、何言ってるの?」僕は笑った。なかなかこの子は面白い。


「本当にこれなんだかわからないんだけれど」

彼女は、鉛筆を持ったまま首をかしげた。


「ねえ、これペンにカタチが似ているよね。書けるの?」

「おいー、書けるに決まってるじゃねえかよ」


僕は半開きになっていた引き出しからメモ帳を取り出した。

そして、「へのへのもへじ」を書いた。


「すごーい! こんなの見たことない。で『へのへのもへじ』って何?」

ー本気で言ってるのか。喧嘩を売ってるのか?


「もう少し見せて」そう言って彼女は鉛筆を僕の手から取り上げた。

ジーっと見ている。


「あのさ、この『鉛筆』ってやつさ…」

「なんだよ」

「監視機能ついていないんじゃないの?」

「はあ?」


ーもう、彼女の思考回路に全くついていけない。


「ついてるわけないだろ、ただの鉛筆だぞっ!」

「すごい、鉛筆…22世紀にもまだこんなものが存在していたなんて」

「え、ちょっと待って。もう冗談やめて」


僕はもう限界に達していた。



「何よ、さっきから。私は何も冗談なんて言っていないわよ」

「じゃあ、22世紀ってなんだよ」

「そのまんまじゃないのよ。今は2117年でしょ。22世紀じゃなかったらなんなのよ」

「ちょっと待てよ。2017年だろ。何言ってんだ?」

「あなたこそ、何言ってるの?」


そう言って、彼女はポケットからスマホを取り出した。

「2117年2月17日!」

確かに、画面にそう書いてある。何か設定をいじったのだろう。


僕も胸ポケットからスマホを取り出した。

「ほら、2017年って…」と画面を確認したら、「ERROR」になっていた。


「あ、これ100年前に流行ったiPhoneっていうやつじゃない?

 なんでこんなの持ってるの?」

「う、嘘だろ・・・」僕はクラクラとめまいがした。


彼女はずっと真剣に話をしている。僕を騙している様子はない。

これは、本当に100年後に僕はタイムスリップしてしまったのかもしれない。


「あのさ、これからお互いのこと話しない?」

僕は、そう彼女に持ちかけた。


「もちろん、いいわよ。私もあなたにお願いしたいことがあるし、色々話をしないといけない気がする」

彼女はそう言って微笑んだ。

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