発覚

 イレスダートの青年を連れ帰ったシオンに、スオウは苦笑で返すだけだった。

 想定内だが、しかし他の者はそうもいかなかったようだ。イスカに新たな獅子王が誕生して間もない。宰相だったケイトウ、またその周辺の人間も排除したものの、おかげで獅子王の傍らを固めるのは新参者ばかりである。

 皆がそれぞれ苦心してやりくりしているところを、外部の人間が入れば軋轢は生まれる。それも、彼は東の大国イレスダートの人間だ。

 セルジュはそれを実力で黙らせた。

 どうやら魔術師というのは本業ではなかったらしい。彼はとにかく優秀で、よく働いた。村人たちに囚われていたときのあの死んだ目が嘘みたいだった。

 彼はたびたび近臣たちと口論になった。歯に衣着せぬ物言いがそうさせるようだが、彼自身に自覚はなかった。シオンはじっと堪える。ただでさえ人材不足の現状だ。

 皆にももうすこし耐えてもらうしかない。近臣たちも馬鹿ではないからちゃんとわかっている。ただ、くだらない矜持きょうじを捨てるには時間がかかるのだろう。

 とはいえ、念には念を入れてシオンはセルジュに護衛を付けた。

 ところがすげなく断られた。多少の剣術の心得があると、彼は言ったのだ。

 そうは見えない。あくまで身を守るための護身程度だろう。そんなことでは死ぬ。イスカの王城は外からの敵には強くとも、内部から攻められたら弱い。

 経験済みのシオンが言うにもかかわらず、彼は頑なに首を縦には振らなかった。

「イスカの戦士たちは、丸腰の人間を襲うような卑怯者でしょうか? ご心配なく。私には魔術がありますので、多少の時間稼ぎくらいはできます」

 そう返されて、シオンは失笑する。なかなかの堅物だ。

「で? お前はその力、どこで身に付けた?」

 彼の肩がちいさく震えたのを、シオンは見逃さない。故郷には触れられたくないようだ。人には言えない事情があるからこそ、セルジュはイレスダートから遠く離れたイスカの地にいるのだ。

 彼の挙措きょそや物言いは貴人のそれで、しかし彼には仕えるべき主が存在する。問い詰めたところで彼は過去に関わる一切を話すようには思えず、以降この話題は口にしなかった。

「へえ。なかなかいい買い物をしたじゃないか」

 拾いものではなく買い物と言う辺りがシュロらしい。シオンは肩をすくめた。自分はシオンの申し出を断ったくせに、獅子王の周辺が気になるようだ。

「さっさと宰相の座をくれてやったらどうだ? スオウもその方が楽になるだろう?」

「いや、セルジュに前もって釘を刺された」

「ほう……? 野心のない奴だな。面白味がない」

「そんなものがあったなら、わざわざイスカなどに来ないだろうよ」

 シュロはにやっとする。彼を過大評価しすぎだと、シオンにもそういう自覚はある。

「悪口は本人のいないところでしていただきたいですがね」

 シオンとシュロは同時に振り向いた。不機嫌そうな表情のセルジュがそこにいた。

「なんだ。きいていたなら、ちょうどいいじゃないか」

「お断りします」

「つまらん奴だな」

 シュロの応酬にもこの顔だ。いや、これは生まれつきなのかもしれない。

「めずらしいじゃないか。お前がさぼってこっちにくるとは」

「シオン殿を探していましたので」

「スオウでなく私をか?」

 首肯するセルジュを見て、シオンは場所を変えた。回廊では人の目がありすぎる。ただでさえ、このイレスダート人の青年は敵を作りやすい。

 シオンは臥所ふしどに二人を招いた。座学の時間がはじまったばかりだ。シオンの息子も側女もしばらくは戻って来ないはずだ。

「いったい、ここの財政管理はどうなっているのです?」

 開口一番がこれだ。だが、セルジュに任せたのはシオンだから不平不満はきいてやらなくてはならない。

「言ったろう? 前任者が半年前に病で死んだ。それからあとは後任となる者がいなかった」

「それにしては酷すぎます。獅子王も奥方殿もこれを把握していなかったので?」

 手痛い反撃だ。幼い時分に勉学の時間を逃げ出していたシオンは、数字にとんと疎く、スオウにはそれほどの時間がない。

「ちょっと待て。イスカの財政のすべてをこいつに見せたのか?」

 シオンはシュロをちらっと見て、またセルジュへと視線を戻した。

「おいおい、大胆だな。そいつはイレスダート人だぞ?」

「わかっている。横やりをいれるな」

 他に適任者がいなかった、言い訳になるかもしれないが事実だ。財務の一切を担っていた管理者は、高熱で三日三晩苦しんで死んだ。

 熱病はイスカで流行する疫病のひとつで、病原が細菌によるものなのか家畜や昆虫などの媒体からくるものなのか、あるいは食物からか原因は不明である。

 人から人へとうつる病でないものの、罹患すれば助かる見込みは皆無、イスカでは特効薬となる薬がないのだ。

「この夏だけで十八人が死んだ。お前も知っているだろう」

 八つ当たりだと認めていても口調がきつくなってしまう。シュロが統べる西までは病は届いていない。

「ともかく、いきなり任せて悪かった。手が足りないなら補佐を付けよう」

「必要ありません」

 なら、なんで不平を鳴らした。シオンは舌打ちする。

「私が申しあげたいのはそう言った意味ではありません」

「なら、何だと言うんだ。はっきり言え」

杜撰ずさんな管理に辟易したのは事実です。しかし、問題はそこではない」

 シオンは目をすがめる。説教ならうんざりだ。

「この帳簿は虚偽です」

「は……?」

「備蓄も廃品もまるで数が異なります」

 セルジュに帳簿を突きつけられて、シオンはざっと目を通す。シュロも横からのぞき込む。

「待てまて。お前、貯蔵庫のすべてを見てきたのか?」

「当たり前です」

 さもありなん。そう、セルジュは言う。

「左が私が実際に数えたもの、右が管理者による数字です」

 たしかに数が異なっている。特にひどいのは糧食りょうしょくと武具だ。

「大胆な偸盗ちゅうとうだな」

「前任者の帳簿も目を通しましたが、多少の誤差は認められました。まあ、人間ですから間違いはあるでしょう」

 シュロの揶揄やゆもセルジュの皮肉もシオンの耳を通過していく。セルジュが怒るのも当然だ。なぜ、見逃していたのだろう。余裕がなかったなど言い訳にすぎない。

「叛乱でも起こすつもりでなければ、こうはならない」

「横領された備蓄品は横流しされていました。すでに組織も存在しています」

 シオンのつぶやきに、セルジュが被せるように言う。

「わかった。もっと綿密に調べよう」

「いえ。出処も突き止めました」

 シュロが口笛を吹く。手回しが良すぎる。シオンははじめて、このイレスダート人がおそろしいと思った。

「手筈も整っております。……が、あとはシオン殿。あなたの意思を確認するだけでして」

「私の?」

 まじろいだシオンから目を逸らさずに、セルジュは言った。

「この一件の首魁となっているのは、あなたの弟君です」

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