第49話 終わる戦い、始まる戦い

街中で起こる、死霊アンデットとの戦いの最中さなか、夜空の異様な変化に気が付いたものは、何人もいなかった。


魔法学校の方角、その上空に、黒い霧のようなものが立ち込め、とどろきが空気を震わせ始めた。


一瞬。


上空を見上げていた者は皆、黒い稲妻のようなものが学校の上に落ちるのを見た。


禁術。


その使用には、莫大な魔力とは別に、さらなる何かの犠牲が要求されるため、使用者自信が壊れてしまうことが多い。ゆえに王都では、使用することはもちろん、教えることさえ禁じられているが、そう簡単に魔法探究者たちの知的好奇心を封じこめることはできず、ひそかに研究する者が後を絶たない。


その禁術の使用者、アイリスは震えていた。


喜びと、湧き上がる達成感に、体の震えが止まらない。


ついに手に入れた。


『黄泉の指輪』という魔法品マジックアイテムによるまがい物ではない。手に入れた今、はっきりと感じることが出来る。


正真正銘の、体の底から湧き上がる『死霊術』の魔力だ。


禁術『命の堕落ライフオブディプラビティー』。


膨大な魔力と、自らの命を代償に、死霊アンデット、『吸生鬼ライフサッカー』へと変貌させる魔法だ。


永遠の命と引き換えに、人の生命力を糧としなければならず、もう二度と、決して、人間に戻ることはなく、太陽の光を見ることもできない。


しかし今やアイリスは、死霊術の魔力という欠けていたものを手に入れ、『満月』となったのだ・・・。


「(ああ、お母様・・・。)」


掛けたものを手に入れ、『満月』となった今のアイリスなら、母親であるルナーも、きっと『真の月の後継者』として認めてくれることだろう。


そう思うと、なお震えが止まらなかった。


「どう?カローナ・・・。」


ゆっくりとアイリスが振り向いた先には、息を切らしたカローナが呆然と立っていた。


一瞬遅かった。


イサベラを探すことに気を取られるあまり、近くにいたにもかかわらず、禁術発動への反応が遅れてしまったのが悔やまれる。


「あれ、私がもらってもいいかしら?」


アイリスの視線の先には、倒れているセティカ・・・、そして壁には裏鏡セミータが掛けられていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


一閃。


ついに木石漢ゴリアテの石の拳が、竜骨戦士ドラガランの胸部を砕き、竜骨戦士ドラガランは、その場に崩れ落ちるように膝をつき、動かなくなった。


だが、全体の戦いの趨勢はまだ拮抗していた。


木石漢ゴリアテも、1体を木屑にされており、スケルトンは、あとからあとから湧いてくる。


街に散らばっていた他の王都の守り手シャインズガーディアンたちも何人か駆けつけることが出来たため、墓地内からスケルトンを出すことはなかった。だが、ディアードとメディキュラスは、すでに多くの魔力を消費し、王都の守り手シャインズガーディアンたちも、魔力は枯渇せずとも、これでは切りがない。


もどかしいが、決着をつけるためには、やはり死霊アンデットを生み出しているおおもとを叩かなければならない。


「あ!あそこ見てください!」


混迷する戦いのさなか、ディアードたちのそばにいた陽魔法の生徒の一人が、声を上げた。


ディアードが生徒の指さす方を見ると・・・、カローナがいた。


そして追われていた。


カローナの後ろから、まるで箒でも掃くかのように、剣の一振りでスケルトンたちを吹き飛ばしながら、戦乙女ヴァルキリアヒルドが迫っていた。


二人はこちらに向かってくる!


カローナは、ディアードたちに気が付くと、走りながら必死の形相で叫んだ。


「ディアード!助けて!」


その後ろでは、ヒルドも走りながら、何かを叫んだが、より離れているせいか、戦いの喧騒でよく聞き取れない。そのままヒルドは『溜め』の構えに入っていた。彼女の剣に魔力が収束していく。


ヒルド版、太陽殴りフルスイングフレア


武器の性能差で、サニールの神棍シェングンほどの威力はないが、ヒルドの剣でも、対人戦を一撃で決めるほどの威力はある。カローナとて、まともに喰らえばただでは済まないだろう。


ディアードは、走ってくるカローナを見極めんと、目を細めた。


本物か、偽物か。


荊の戒めバインドウィップ!」


ディアードに躊躇いはなかった。


相手の動きと、着地のタイミングを読んだ絶妙なタイミングで、それは発動し、しかとカローナの足をとらえた。


そう、とらえたのはカローナの足だ。


それまで必死の表情だった『カローナ』は、途端に無表情になり、とらえられた足をじっと見つめた。


「さすがね。」


ディアードを睨みつけながら、偽カローナは、尚もめきめきと体をせりあがってくる荊の戒めの中、不敵にわらった。


次の瞬間、ヒルドの太陽殴りフルスイングフレアが、横殴りにさく裂し、『カローナ』であった何かは、墓地の闇に霧散していった。


同時に、偽カローナによって量産されていたであろうスケルトンたちも、支配する魔力を失い、次々と土埃に戻っていく。


「に、偽物・・・。どうやって分かったのですか。」


陽魔法の生徒の当惑も無理はない。ディアードもヒルドも、一切の迷いがなかった。もし本物のカローナであったならば、大怪我では済まない。


「習っているはずよ。月魔法の影人シャドウには、影がない・・・。太陽光サンライトのおかげでよく見えたわ。ありがとね。」


陽魔法の生徒は、はっとした。知識として知っていたはずなのに、完全に戦いの雰囲気にのまれて、気が付くことが出来なかった。そして、『月魔法』・・・。ということは、この騒動は・・・。


「見事な足止めだ。戦いの勘は衰えていないようだな。」


「嬉しくないわ。一児の母なのよ、もう。」


褒めるヒルドに、激しい魔力の消耗で、少し息を切らしながらも、ディアードは軽口をたたいた。


「素顔のメディキュラスを見るのも久しぶりだな。」


ヒルドがそう言い終わるか終わらないうちに、いつの間に拾って来たのか、メディキュラスは再び仮面をつけなおしていた。


「これを外して戦うことは、もうないと思っていたのですが・・・。」


仮面をつけ終わると、メデュキュラスは残念そうに俯いた。


「お疲れさんと言いたいところだが。」


偽カローナの正体が、月魔法の影人シャドウだと分かった時、既にこの騒ぎを起こしたのがだれなのか、ほぼはっきりした。もう隠すつもりもないのだろう。


月魔法師、月の申し子ムーンリトルアイリス。


「学生たちは詰め所で待機していろ。学校には近づくな。」


ヒルドは陽魔法の生徒たちにそう告げ、ディアードやメディキュラスと頷きあうと、魔法学校の方を睨んだ。

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