第37話 二度目の実践

 二日後、城郭に隣接した、街外れにある、聖なる壁ホーリーウォール共同墓地。時刻は夜。満月の月明かりに、墓地の白い外壁がくっきりと月光を反射している。


 その威容を醸し出す壁際の道を、イサベラたちは三人で歩いていた。


 結局、カローナは、今回の実践の提案を受けるかどうかを、イサベラ自身にゆだねた。


 イサベラは、エミリアとゴニアと、三人一緒でもいいならばという条件で、行ってみることにした。


 相手が何を考えているのか考えてもしょうがないし、ただの様子見だったとしても、イサベラの死霊術を見てもらういい機会だ。駄目でもともと、多少は誤解も解けるかもしれない。


 それに、三人一緒なら、いつものイサベラ達を見てもらえる気がした。そして今、三人で集合場所である『共同墓地』へとやってきたのだった。


 しかし、先頭はエミリア。一行パーティーリーダーはエミリアだから。ついでに一行は3人になったので、色々あって、多数決を取り、二対一で副リーダーはゴニアに決まった。


 既に墓地の入り口には、陽魔法の一団が待っていた。イサベラたちがやってきたことに気が付くと、リーダー格と思われる二人が進み出てきた。イサベラでもその顔に見覚えのある者たちだ。


「や!はじめまして。陽魔法校舎、学生長のサニールだ。」


「同じく、副学生長のセティカですわ。よろしく。」


 サニールたちは、イサベラもよく学校で見かける二人であり、いつも集団とりまきを引き連れて、学校内を歩いている人達だ。


 二人の後ろでは、他に何人かの陽魔法の学生たちが来ており、二人に続いて、次々と軽く頭を下げて挨拶をした。こちらはイサベラたちと同じぐらいの、駆け出しに見える。


「こんばんは、樹魔法のエミリアです。」


「こ、こんにちは。あわわ、じゃなくて、こんばんは。イサベラです。始めまして。」


「・・・ゴニアです。」


 ゴニアも二人の後ろに隠れ気味にぺこりと頭を下げる。男性は少し苦手のようだ。


 やけに明るく、サニールと名乗った青年は、長身に加えて、がっしりとした体躯に、盾や小手などの、装備を付け、手には武器と思われるこんまで持っていた。


 そのいで立ちは、魔術師というよりはむしろ戦士。陽魔法の生徒の中でも、典型的な王都の守り手シャインズガーディアン予備軍である。にこやかに笑う顔には、様々なものに裏付けされたであろう自信が満ち溢れていた。


 対して、にこやかなサニールとは対照的に、セティカは挨拶でもピクリとも笑わず、背筋をしゃんと伸ばしたまま、育ちがよさそうに、手を前にそろえ、無表情にイサベラたちを見下ろしていた。


 エミリアと似た、プライドの高そうな整った顔立ちだったが、その眼光は、エミリアにはない冷徹さがある。男性の多い陽魔法校舎の中で、副学生長をしているのだ。プライドに見合った実力も当然あると思われた。


 二人とも、後ろにいる他の陽魔法の生徒たちとは違って、イサベラたちより一回りは年齢が高く、大人びていたのはもちろん、そのたたずまいは風格さえ感じられた。


 しかし、彼らみな、共通して目を引くのが、陽魔法の術者である証、右肩にある、金色の肩当スポールダーだ。


 陽魔法の生徒たちは、イサベラたちのような他の属性とは違い、決まった色のローブがない。


 各自、思い思いの服を着ているが、彼らの陽魔法属性たる証しは、服の色ではなく、金色の肩当てスポールダーにある。


『太陽の肩当て』。


 この太陽の紋章の入った、金色の肩当てスポールダーこそが、彼らの自負心である。


 王都の守り手シャインズガーディアンも同じようなものを付けているが、学生たちのつけているものはただの飾りであるのに対して、王都の守り手シャインズガーディアン達の着ける物は、れっきとした魔法品であり、『祝福ブレッシング』による、尽きない魔力を装備者に与える。


 つまり、彼らにとって、最重要ともいえる装備品だ。


 そんな彼らの肩当てスポールダーは、月夜に照らされて、夜の暗がりでも、気高い輝きを放っていた。


 ちなみにサニールは、陽魔法の学生長として、特別に王都の守り手シャインズガーディアンと同じものを付けることが許されている。城壁の中にいる限り、今の彼の魔力もまた無尽蔵だ。


「よし!さっそく始めようか!君たちは、カローナ先生から実践クエストの内容は聞いているよね?」


 相変わらず、やけに明るく話しかけてくるサニールに、エミリアたちはこくりとうなずいた。


 カローナの話では、墓地の墓守をやるとのことだった。


 聖なる壁ホーリーウォール共同墓地は、城壁外にある、他の荒れた墓地とは違い、貴族なども入る、高級墓地だ。


 普段は専属の墓守が管理し、清掃も行き届き、墓地をがっちりと囲んだ壁は、野生動物や墓荒らしを寄せ付けない。


 そんな高貴な墓所に、困ったことが起きたらしい。


 ここ最近、夜な夜な鬼火ウィルオウィプスが、墓地に出現するようになったというのだ。


 墓地に下位のアンデットが出現することは、これと言って珍しいことではないが、荒れた墓地ならともかく、よく管理された聖なる壁ホーリーウォール共同墓地では墓守の知る限り初めてのことだった。


 由緒正しい墓地に、「死霊アンデットのうろつく墓地」などと言う評判が付いてしまっては、先祖代々にわたって使っている貴族などもいる中、大問題になりかねない。


 そこで死霊アンデットの事なら、とにかく死霊必滅ターンアンデットにお任せ!ということで、王都の守り手シャインズガーディアンに相談すればいいのだが、あまりことを大きくしたくない墓守は、迷った末、陽魔法の校舎にやってきた。死霊アンデットにめっぽう強いのは、同じことだ。


 依頼は、墓地の死霊アンデット供養。平たく言えば『駆除』だ。


 これがカローナから聞いている、事の顛末である。


「始める前に確認するけど、今日の実践では、僕が仕切らせてもらうよ。つまり僕の指示に従ってほしい。こちらから誘っておいて申し訳ないけど、このぐらいの人数では、指示系統をはっきりさせることはとても大事な事なんだ。」


 至極ごもっともであり、元よりそのつもりだったイサベラたちは、「はい」と素直に返事した。


「これから全員で一旦、墓地の中央に向かう!着いたら四方に散開して捜索!では出発!」


 サニールがよく通る声で号令をかけると、雰囲気が一変した。いよいよ実践が始まった実感がわいてくる。


 サニールとセティカを先頭に、共同墓地の門をくぐると、一行は中央に向かって歩き始めた。


 共同墓地は、正方形に囲まれた壁の四隅に門があり、対角線上に、それぞれが中央に向かって道が伸びている。


「各自、太陽光サンライト!」


 歩きながら、サニールが魔法の指令を出すと、陽魔法の生徒たちは、それぞれで呪文を唱え始めた。


 陽魔法『太陽光サンライト』。


 その名の通り、ワンドに光をまとわせ、周囲を照らす、最も初歩的な陽魔法の一つだ。


 呪文の掛け声と共に、次々と灯されていく光は、さすが陽魔法というだけあって、鬼火灯ウィルオウィプスライトとは比にならないぐらい明るい。


 しかし、今日のイサベラたちには秘策がある。イサベラがエミリアやゴニアに目配せすると、二人も大きくうなずいた。


鬼火灯ウィルオウィプスライト!」


 イサベラが呪文を唱えると、イサベラのワンドに、いつもの数倍の明るさの鬼火がともる。その意外な明るさに、「おお」と言う驚嘆の声が陽魔法の学生たちからあがった。


 そう、今日は満月。月魔法の一属性でもある、イサベラの魔力が、最も調子のよくなる日だ。


 魔法発動の切れがよく、いつもより魔力の消費が少なくて済むうえ、魔力の総量自体も上がっているのが分かる。今のイサベラは「キレッキレの絶好調」だ。


 とっておきはもう一つある。ゴニアだ。


 ゴニアは基本的に、『生き物』しか石化できないため、死霊アンデット相手では全く役に立たないが、ゴニアも実践に行くと聞いて、メデュキュラスが渡してくれた。|魔法品がある。


魔力付与の輪エンチャントリング』。


 複数の魔術師が輪を握ることによって、魔力の授受ができるものだ。そして、ゴニアの魔力の総量は、無尽蔵のサニールを除けば、恐らく一行の誰よりも多い。


「私ったら、魔力だけは有り余ってますから!」と言うのは、今日の実践前に、ゴニアの語った覚悟の言葉だ。イサベラのためなら、捨て石上等。魔力を全て捧げかねない勢いだ。全ては大好きな恩人、イサベラの華々しい『集団実践デビュー』のために!


 これによって、今日のイサベラは、魔力の使い過ぎをあまり心配しなくて済むので、そこそこ活躍できるはずだ。ちなみにエミリアの樹魔法も、野生の鬼火ウィルオウィプスには役に立たないので、雰囲気の盛り上げ役だ!イサベラにとっては、これこそが成否のカギだった。


 実践に出かける前に、エミリアが、始めが肝心と言うことで、飛び切りの鬼火灯ウィルオウィプスライトを点けようと提案したのだ。ワンドに燈っているのは、実に鬼火ウィルオウィプス4体分!かなり明るい。


「いやあ、驚いたね。僕らの太陽光サンライトと遜色ないじゃないか。」


 本心から驚いた様子のサニールの言葉に、思わずイサベラたちは安堵のため息をついた。


 思ったより雰囲気は悪くない。


 これだけの集団の中で、何もイサベラとエミリアの最初の実践の時のように、一気に親しくならなくてもいい。取りあえずは、そんな危険人物でないことを知ってもらうのが、イサベラたちの今回の目的だ。


「はははっ!こりゃあ、うかうかしていると、イサベラさんたちに手柄を持っていかれるぞ?気合入れろ!」


「はい!」


 サニールの喝に、せっかく和んだ雰囲気だったのが、陽魔法の生徒たちの対抗心に火をつけてしまったようだ。彼らのイサベラを見る目つきが変わる。


 そんな荒っぽいノリに、若干気圧されながらも、イサベラはどうしても彼らに聞きたいことがあった。こんな時のためのエミリアだ。


「ね、ねぇ、エミリア・・・。(ぼそぼそ)」


「なによ!私は嫌よ!それは自分で聞きなさいよ!」


「だ、だってぇ・・・。」


 まさかの『盛り上げ役』の伝言拒否!


「ん?どうしたのかな?」


 何やらもめているイサベラたちに、サニールが不思議そうな顔で問い掛けてきた。


 イサベラは、覚悟を決めた。自分で聞くしかないらしい。


「あ、あの・・・、ふぅ。あの・・・、どうして今回の実践に、私たちを誘ってくれたんですか?」


 直球しか投げれない子。それがイサベラ。

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