第36話 特別な提案者

「この頃よく考えるんですけど、私はカローナ先生や、イサベラと会って、死霊術に対する考え方も変わりましたし、ゴニアとも一緒にならなかったら、『相剋』に関しても、意外と大丈夫なのに、よく知らないで苦手意識だけ持っていたと思うんですよ。魔法学校の学生として、こういう誤解があるのはよくないです。それで・・・、イサベラとゴニアが、もっと学校になじむには、やっぱり、また実践に行くのがいいと思います。今度はもっと集団で・・・。」


「エ、エミリア・・・。」


「エミリアさん!」


 イサベラは正気に戻り、ゴニアに至っては、感激のあまり目を潤ませている。


「イサベラたちは本当に幸せ者ねぇ。こんなに思ってくれる友達がいるなんて・・・。」


「ち、ち、ち、違います!この間みたいに、学校になじめないのが勉強にまで響いて、こっちまでハラハラさせられるのが嫌なだけです!」


 尊敬し、憧れる先生に褒められて、エミリアは顔を赤くしながら否定した。だが、勉強のできるゴニアのことまで心配してくれているのだ。照れ隠しにつんつんしているのは、すぐにわかる。


「えへへ、またまたぁ。」


 そんな、分かりやすいエミリアを、イサベラは上目遣いににやにやしながら見ている。うむ、とてもイライラする笑顔だ。


「(く、ひっぱたきたい・・・。誰のせいでこんなに心配していると思ってんのよ!)」


 顔を赤くしながらイサベラをにらみ返すエミリアを見て、焦ったゴニアが、イサベラの袖をちょいちょいと引っ張っている。


「こーら、イサベラ。誰のせいでエミリアがこんなに心配していると思ってるの?もっと感謝しなさい。」


 そういってカローナは、イサベラの肩にぺシンッと突っ込みを入れた。


 イサベラに言いたいイライラのすべてを、かなり正確に代弁してくれたカローナに、今度はエミリアがうるっとなる。


「(カローナ先生、必ずイサベラを、あなたの弟子にふさわしい子にして見せます!)」


 どちらかと言えば、それはカローナ本人の仕事だが、とにかくエミリアのカローナに対する思いは健在だ。


「・・・でも、実践って言ったって、今度もまた地下宮に行くんですか?」


 少しふくれっ面をしながら、イサベラがカローナに質問する。


「カローナ先生!先生さえよければ、私が樹魔法の他の子たちも誘いましょうか?」


 カローナは少し困ったように、腕を組んだ。


「う~ん、実はね、こんな話になったから言うけど、話があることはあるのよね。」


「え?!」


 イサベラは驚いて目を見開いた。


「実践を一緒にどうかって・・・、話は来てはいるのよ。」


「ほ、本当ですか?」


 朗報には違いないのだが、突然降ってわいたような話に、イサベラは、嬉しさ半分、不安半分で、そわそわし始める。


「どんな話なんですか?」


 エミリアが身を乗り出して、カローナに聞く。ゴニアもすごく聞きたそうだ。


「それがね・・・、陽魔法の人達からなのよ。だからちょっと悩んでいるのよねぇ・・・。」


「え?あー・・・、陽魔法の人たちですか・・・。」


 エミリアはすぐに、カローナの悩むのが合点がいった。陽魔法は、変わり者ぞろいの王立魔法学校の中でも特に特殊な集団である。


「???、どうして悩むんですか?向こうから誘ってくれるなんて、大事件じゃないですか。私の日ごろの行いの賜物たまものだったりして!」


「イサベラ・・・、もしかして、陽魔法の人たちのこと、あんまり知らない?」


「し、失礼な!あの、あれでしょ!『死霊必滅ターンアンデット』が使えて、いつもみんなでお祈りしている・・・、いや!やめて!そんな不憫な子を見るような目で見ないで!」


 実は図星で、イサベラは陽魔法の生徒たちのことをよく知らなかった。


 とりあえず、『七属性概論』はみっちりやったので、その魔力は神への信仰をもとにしており、別名『神聖魔法』と呼ばれていることぐらいは知っている。防御・回復魔法を得意とし、その中でも死霊術を使う者の端くれとして、嫌でも意識してしまうのは、何といっても『死霊必滅ターンアンデット』だ。下位の死霊アンデットを、ほぼ百発百中、問答無用で消滅させる|死霊術の対極にあるような魔法である。


「まあそういえば、イサベラにはちゃんと話したことはなかったかしら・・・。でもね、エミリア。この子ったら、ゴニアのことも知らなかったのよ。」


 いま明かされる衝撃の事実に、ゴニアはビクッとして、硬直している。


「はいはい、申し訳ございませんねぇ。どうせ学校の諸々に疎いイサベラですよーだ。それで、その陽魔法の人たちは何か問題でもあるんですか?」


 完全に開き直ったイサベラは、ふくれっ面で口を尖らせながら、カローナに問い詰めた。


「そうねぇ・・・、明け透けに言ってしまえば、単純にこの提案が、親睦を深めたい為なのかどうか、分からないのよね。」


「ああ、すごい分かります。」


 エミリアが言うと、ゴニアもしんみりと頷いている。一体何なのだろうか。


「こんなことは、あえてイサベラに言うものでもないと思っていたけど、私とイサベラがこの学校に来るって話が出たとき、最後まで反対したのが、陽魔法の先生なの。」


 知っていたのか、エミリアがぎりっと歯ぎしりをしている。カローナの受け入れを、一番に押していたのが師匠のディアードだっただけに、当然よくは思っていないだろう。


「別に嫌な人という訳ではないのよね。むしろ堂々と目の前で言われたわ。『私はあなたが来ることに反対だ』って・・・。『死霊術士は、危ない』の一点張りで、王都の守り手シャインズガーディアンともつながりが強いから、気持ちは分からないでもないけど、とにかく危なっかしいのが街にいるのが嫌みたい。」


 さすがに、先輩死霊術士たちのやらかしてきたことの自覚はあり、反対ぐらいはあるだろうとイサベラは思っていたので、反対があったこと自体は、それほど驚くことではなかったが、言われてみれば、確かに陽魔法の人たちは、イサベラへの態度が、他の生徒たちとは違った。


 それは死霊術への恐れではなかった。しいて言うならば、『監視』。


 恐怖どころか、正義感すら感じられた。


「陽魔法の人たちとか、王都の守り手シャインズガーディアンって、そんなに特別な人たちなんですか?」


 イサベラの疑問に、カローナと、そして時々、物知りのエミリアとゴニアが、その背景を教えてくれた。


 王都シャインの守り手シャインズガーディアン


 王都の治安を維持するために組織されている、軍属部隊の一つだ。特筆すべきは、その構成員が、すべて陽魔法の使い手であること。


 陽魔法は、他の7属性の魔法と同じ、一つの属性にすぎないが、他の属性にはない大きな特徴がある。


 それは、「信仰を持つ者のみに発現すること」である。


 王都シャインは、創造神シャイニアを唯一神とする信仰を、国教としている。それは、深くこの地方に住む人々の価値観に根付いてはいるが、全員が熱心に信仰しているわけではなく、信仰を強制するような教理もない。


 一般国民は、きわめて緩い信仰をしているが、国教であるゆえ、一部の王族をはじめ、上流層の中には、日々祈り、熱心に信仰生活を営み、その創造神の御心に忠実であろうとする集団も存在する。


 その集団の名を『太陽聖会』という。


 王侯貴族も多数所属する会であり、その中枢は、国家権力と同義である。


 そして、その信仰集団、『太陽聖会』の中から、常に、陽魔法の属性を持つものが生まれており、このような背景から、陽魔法の使い手たちは、他の属性にはない結束力を持っている。


 その陽魔法の属性を持つ者の中から、さらに選ばれた者たちが、王都を守る治安部隊、王都の守りシャインズガーディアンとなる。彼らは、あまりひけらかすことはないが、その選民意識と誇りは、鉄壁の集団力を生む源となっている。


 実力も本物だ。


 個々人も、よく鍛錬を積んだ戦士だが。特に王都シャインズの城壁内では、特別な神の加護が与えられる。


祝福ブレッシング』と言われるこの加護は、王城の中心部に設置された『太陽の結晶サン・クリスタル』という巨大な結晶から、無尽蔵に注がれる魔力のことを言う。


 王城の城壁内で、守り手ガーディアンの紋章を付けたものは、魔力が尽きることがなくなり、ほぼ無限の陽魔法の回復力を手に入れる。


 城を守ることに特化した高い能力と、それに伴う支持と人気。それが王都の守り手シャインズガーディアンであり、陽魔法の使い手たちは、そこと深い関係にある。


「はぇ~、わ、私みたいな何かの間違いで、ひょっこり出てきた死霊術属性とは違って、由緒正しい人たちなんですね。でも、そんな特別な人たちが、なんでまた。実践に誘って来たんですかね。」


「それが変な噂が流れていてね、もう魔法学校では、イサベラがエミリアやゴニアと仲良くなったのは、みんな知っているし、陽魔法の人たちが、いつまでも距離を置いているのは、『もしかして怖がっているんじゃないか』って、学生たちの間で言われているらしいのよ。そう思われるのは、何より嫌がると思うけど、本当のところは分からないわね。」


「あ、その噂、私も聞きました。」


 エミリアの言葉に、ゴニアも神妙にうなずいている。どうも知らなかったのは、恐れられていると言われている本人だけだったらしい。


「向こうが提案してきた実践の場所がまた、やけに強気なのよ。ほとんど挑戦状ね。」


「え?どこなんですか?」


 カローナはイサベラの反応を確かめるように、その眼をじっと見つめて言った。


「墓地よ。『聖なる壁ホーリーウォール共同墓地』。墓守の仕事クエストだそうよ。」

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