第31話 死霊術士であること

 結局その夜は、例の死霊術士の本の話をする前に、なぜイサベラの七属性概論の筆記張が所々真っ白なのかを、聞くも涙、語るも涙の言い訳をしなければならなかった。まあ、べそをかいていたのは主に語っているほうだけだったが・・・。


「ぐすっ、ぐすっ(泣)。」


「はい、イサベラにも言い分はあることはわかりました。でも今の今まで放っておくってどうなの?怒らないから、これからはこういうことは、ちゃんと言いなさい。わかった?」


「ぐすん・・・、はい。」


 結局、一冊だけ見つかった、何とか使えそうな筆記張と、それでも足りないところは、カローナがみっちりと教えることになった。しかしその代償は、イサベラにとってあまりに酷なものになった。


「試験終わるまで、授業が終わったあと、エミリアたちと遊ぶのは禁止。いいわね?」


「せ、先生、それだけは・・・、イヤ・・・。」


「最近は、エミリアやゴニアのところに入り浸りっぱなしじゃない。この試験の一回目は、落ちる子は多いし、甘くないわよ?これだけ皆にお世話になって、落ちたら目も当てられなくなるけどいいの?」


「うぐぅ・・・、それも嫌です。」


「でしょう?一生会えなくなるわけじゃないんだから、我慢しなさい。試験が終わるまでよ。」


 確かに、エミリアたちにも助けてもらった上、これからカローナにもみっちりと教えてもらうのだ。落ちたら洒落にならない。ゴニアはまた泣いてしまうかもしれない。


 イサベラはしぶしぶ納得するしかなかった。


「さて、試験の話はこれでいいとして・・・、次はこの筆記張に関してね。」


 イサベラが何とか納得したところで、カローナは、例のイサベラたちが持ってきた死霊術士の筆記張を手に取った。


 だが、話し方を決めかねているようで、少しの間沈黙があった。


「そろそろ話した方がいい時期なのかしらね。」


 意を決めたように、カローナはこの死霊術士の筆記張について説明を始めた。


 カローナが一通り目を通したところ、持ち主の名前はわからないが、恐らく女性。相当に昔の人間で、恐らくもうこの世にはいないこと、本来は魔法学校で月魔法を学んでいた人間で、途中で死霊術の才能に気が付いたこと、そして、それを隠しながら独学で死霊術を習得していったこと。


「さっきもディアードのところで言ったように、イサベラにはまだ早い魔法が多く書かれているわ。彼女がどういうつもりだったかはわからないけど、死霊文字ネクロレターで書かれていたのは幸いだったわね。」


 イサベラは、魔法をほいほい習得していく才能があるにもかかわらず、ある程度の年齢になるまでは、死霊術を教えてもらえなかった。今でも新しいものをどんどん教えてもらっているわけではない。


 昔からカローナいわく、魔法が習得できても、相応の心の成長がなければ、逆に死霊術に振り回されて行く。イサベラが、初めて死霊術を教えてもらった時から、幾度となく言われてきたことだ。昔話や伝説などで、嫌というほど実例も聞かされてきた。


「でもイサベラ、死霊文字は、読む人間の魔力もそうだけど、使える魔法や、文字を書いた者の思いに共感しているとか、いろんなものが複雑に絡み合って、読めたり読めなかったりするの。私でも読めない箇所がまだあるわ。」


 イサベラは思った。やっぱりあのことは話さないといけないようだ。


「イサベラが読めたものを、話してほしいの。あなたに死霊術を教えるものとして、知っておかなくてはいけないわ。」


 イサベラは禁忌魔法のことを正直に話しはじめた。使ったことのない魔法で、読めたのはそれだけだ。


 カローナはイサベラの話を聞き終わると、ふうっとため息をついた。


「少しほっとしたわ。まず今のあなたがすぐに使える魔法じゃないわね・・・。でもね、イサベラ。あなたがその鬼火の軍勢レギオンの部分だけ読めたのはなぜだと思う?」


 イサベラは少し迷ったが、すでになんとなく分かっていた。


「私に、鬼火の軍勢レギオンを使う才能があるからですか?」


 筆記張に書かれていたのは、「鍛錬によっては出来ない、死霊術士の中でもできるものは少ない」ということ・・・。つまりそういうことだ。


「そのとおりよ。もともとあなたは、鬼火ウィルオウィプスを同時召喚できる才能があるし、これを読んで、具体的に思い描くこともできるようになってしまった・・・。困ったことに、あなた魔法の習得もほいほいやるのよね・・・。今は無理でも、使用のための魔力さえ成長すれば、あなたにも使えてしまうわ。」


「ごめんなさい・・・。」


 イサベラが謝るようなことではないが、カローナを心配させてしまったことに、やはり心が痛んだ。


「いいのよ。鬼火の同時撃ちができる時点で、遅かれ早かれ、この魔法にはたどり着いたと思うけど、やっぱり早すぎたわね。できれば最後に教えたい魔法だったわ。まさかこんな筆記張が図書館にあったなんて、私にもわからなかった・・・。でも、約束してほしいの。この魔法は禁忌魔法。絶対に使ってはだめ。いいわね?」


「はい、約束します。」


 イサベラは真剣な表情で、力強く頷いた。


 イサベラには、もし使えるようになったとしても、本当に使う気はさらさらない。もちろん発狂するのはまっぴら御免だし、そもそもこんな強力な魔法を使わなければいけないような場面も想像できない。


「それともう一つ、この筆記張の持ち主に関して、話しておきたいことがあるの。」


 カローナがイサベラに話すのを悩んだこと、それは、名も分からぬ彼女は、師匠なく、独学で死霊術を学んだために、心構えを教えるものがだれもおらず、その死霊術の『力』に飲み込まれかけていたこと・・・。


「残念なことだけど、彼女は、自分を恒久的に死霊化する魔法に、ほとんどたどり着いているわ・・・。彼女がどうなったのかは分からないけれど、死霊化している可能性もある。今後、たとえイサベラが読めるようになったとしても、あまり読んでほしい内容じゃないわね。死霊術を自己顕示欲の道具にすると、最後には自らを死霊アンデット化する衝動を抑えられなくなる、やってはいけない死霊術士の典型的な思考回路よ。」


 さすがにアレである。童話の悪役として登場する職業、ぶっちぎりでナンバーワンの事だけはある。やっと魔法学校での大先輩を見つけたと思ったら、これだ。


「この筆記張には、月魔法では周囲より劣っていた、彼女の口惜しさが所々に書かれているわ。それが、死霊術の才能を他人には隠しながらも、のめり込んでいった彼女を、突き動かす元になったみたいね。」


 やっぱり危ない筆記張であり、そして何となく悲しい筆記張だとイサベラは思った。カローナが危惧するように、イサベラにとっても他人事でもない。改めて、死霊術が嫌いになりそうになる。


 イサベラの口から、思わず言葉がこぼれた。


「どうして死霊術の属性なんかが、この世にあるんですか?」


 聞いてしまった後に、激しく後悔した。イサベラは、この時一瞬だけ見えた、カローナの悲しそうな顔を、忘れることが出来ない。


 いつだって、死霊術を教えるときのカローナは明るかった。イサベラは何度も聞かされたその信念を知っている。


 太古の神話によれば、七つすべての魔法属性は、神から人間に与えられたものであり、愛を行うため、義を行うため、より良く生きるために与えられた神からの祝福であったが、人間は欲望に負け、争い、傷つけあうために、その力を使うようになってしまった。


 死霊術や石化能力など、他の属性にも散見される呪いのような属性は、太古本来からあったものではなく、そのような人間の歪みが生み出したものだと、そう主張する魔法学者もいる。そしてそれは、多くの死霊術士の悪行によって、説得力を持ってしまっているのが現状だ。


 しかしカローナは、決してそうではないことを、証明しようとしている。


 国の危機には、戦争にも自ら参加し、王立魔法学校に正式な属性として受け入れられるところまで頑張ってきた。しかし、その直弟子に疑問を持たれては、やはり悲しくもなる。


 カローナは微笑んで、イサベラの手を握った。


「イサベラが納得できない気持ちはよくわかるわ。私もこの自分の属性を恨んだことは何度もある・・・。」


 カローナはイサベラの目をまっすぐ見つめた。


「でも今は、確信があるの。死霊術は間違いなく神から与えられた祝福よ。多くの死霊術と、死霊アンデットたちに触れてきて、それが私の結論。イサベラもいつかきっとその実感にたどり着けると信じているわ。」


 イサベラには、何度も聞かされてきたことだし、それがカローナの信念であることは分かっていた。それでもまだ、心のどこかで、納得ができないのだ。


 悲しい質問をしてしまった後ろめたさと、納得出来ないもどかしさで俯くイサベラを、カローナはそっと抱きしめた。


「怖かったのね、大丈夫、あなたは私がついている。彼女のようにはさせないわ。」


「ふわぁぁぁん!」


 言い当てられて、堪えていたイサベラの涙腺は決壊してしまった。


 カローナの言うとおり、禁忌魔法は13歳のイサベラが知るには早すぎたし、重すぎた。しかも使えてしまう可能性さえある。


 神の祝福ならば、なぜ使用者自身を滅ぼすような魔法があるのか。まだ納得はできないが、やっぱりカローナ先生も信じてみたい。それも偽りない気持ちだった。


 ひとしきり泣いた後、イサベラは改めて死霊術を頑張ってみようと思った。


「ずびっ、ずびっ。」


「泣き虫はいつまでも治らないわねぇ。ほらほら、ほら鼻水拭いて。・・・きたなっ!袖はやめなさいっていつもいっているでしょ!」


「えへへ。(抱きしめてもらちゃった)」


 何となく余韻に浸るイサベラに、新たな衝撃的な言葉が、カローナから発せられた。


「さ!すっきり話が終わったところで、早速『七属性概論』の勉強を始めるわよ!」


「へぶ!先生・・・、い、今からですか?」


「当たり前でしょ!遅いぐらいだわ。みっちりやるわよ、みっちり!」


 カローナは、準備体操でもするかのように、わけのわからない手の素振りをしている。一体何をするつもりなのか、その気合が恐ろしい。


「(な、納得できないぇ・・・。)」


 頑張れイサベラ!負けるなイサベラ!


 やっとイサベラの試験合格への道が見えた瞬間だった。

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