第30話 筆記張

「ちがうちがう、こっちよ!」


 月魔法の校舎に向かおうとした、イサベラとゴニアをエミリアが呼び止めた。


「カローナ先生は、この時間ならディアード先生のところに居るはずよ。」


「(何で知ってる・・・。)」


「(知っているんですね・・・。)」


 やたらと上機嫌るんるんなエミリアに、納得いかないものを感じながらも、イサベラたちは、西日の差し込む廊下を歩きながら、樹魔法の校舎へと向かった。


「ゴニア・・・、気になってたんだけど、髪の毛ほったらかしよね・・・、歩きながらでいいから三つ編みにしてもいい?可愛いんだから、もっと可愛くしないと。」


「は、はい。ありがとうございます。この間、エミリアさんにやってもらってから、自分でも時々やってみるんですけど、うまくいかなくて・・・。」


 ゴニアは顔を赤くして少しうつむききながらも、体が揺れないように気を付けて歩き始めた。


 エミリアは、ゴニアとの相剋のことをもっと心配していたが、なかなかどうして、逆にイサベラがその近さにそわそわしてしまうほど、問題ないようだ。


 もともと、メデュキュラスほど相手に圧迫感を与える濃い魔力差でなければ、何となく居心地が悪い程度であり、近づいてみてわかったが、どうやらその居心地の悪さも慣れるものらしい。


 以前のエミリアもそうだったし、魔法学校での、他の生徒たちの相剋に対する態度を見れば、相剋とは、もっと乗り越えがたいほど、酷いものにみえた。イサベラとゴニアいなかったら、こんな些細な思い込みにも気が付けなかっただろう。


 今なら、思い込みが属性同士の壁を作っていることがよくわかる。


「(イサベラも、皆に慣れてもらえる日が来るかなぁ。)」


 エミリアはゴニアの髪を歩きながら手早く三つ編みにしながら、イサベラの方をちらりと見た。


 じっとりとした目でエミリアたちを見ているかと思いきや、イサベラは歩きながらまた死霊術士の筆記張を開いていた。イサベラらしからぬ、真剣な怖い顔をしている。


「イサベラどうしたの?大丈夫?」


「い、いや、もしかして、他に読めるところがあるかなーっと思って、開いてみたんだけど、やっぱり駄目みたい。カローナ先生に見せてからだね。先生びっくりするだろうな。」


「そうね!イサベラが少しわかるんだもの、カローナ先生ならチョチョイのチョイよね!」


 エミリアはまた上機嫌で、歩きながらゴニアの髪を編み始めた。


 イサベラは筆記張を閉じるとぎゅっと握った。


 思わず嘘をついてしまった。


 歩きながら何となく、ほかに読めるものがないかと筆記張をめくったのは本当だが、やっぱり駄目だったと言ったのは嘘だった。


 歩きながら読んでいた時、やっぱり読めないなと諦めかけながら、めくったページの文字が、意味として思考に飛び込んできたとき、びっくりしすぎて危うく筆記張を落とすとことだった。


 イサベラは、その内容に引き付けられた。


 <~???にもあるように、やはり試してみたところ、初級の魔法も、魔力が上がるにつれて、強力なものになりうる。その最もたるものが、鬼火ウィルオウィプスだ。鬼火を複数召喚することは、鍛錬によっては成しえず、死霊術士の中でも、出来るものはわずかであるとの記述を、他の文献で見つけた。どうやら私にはその才能があるようだ。また文献には、才ある者が鍛錬によって魔力を増せば、その数は、時に千や万を超え、その亡者の激流に耐えるは、竜の最強種とて、容易ではないとあった。これが使えれば、月魔法では落ちこぼれだった私も認められるだろうか。>


 <しかしよくよく覚悟すべきは、亡者の激流に耐えがたいのは、この魔法の使用者自身も同じであること。幾度か試してみたが、鬼火の数が増えるほど、その思念は術者本人にも影響を与え、激しい思念に頭の中を棒で掻きまわされるようだ。ある時は、半刻ほども放心状態になってしまい、危ないことろだった。文献にもその危険さが指摘されている。すなわち、この数がもし、千を超え、万を超える時、使用者は発狂するという。これが禁忌魔法とされる理由だろう。>


 <心して刻もう。この魔法の名は鬼火の軍勢レギオン。心強き者の魔法。>


 先ほどエミリアに話しかけられた時、イサベラは危うく震える手から筆記張を落とすところだった。


 今一度、わきに抱えた筆記張に目を落とすと、そこにちゃんとあるかを確かめるように、もう一度ぎゅっと抱えた。力を入れた腕がまた少し震えた。


 使用者が発狂するような禁忌魔法を、エミリアたちにさえペラペラと喋るのは良くない気がして、思わず誤魔化してしまったのだ。


 イサベラが悶々としているうちに、三人はディアードの部屋についた。


「失礼しまーっす!」


 ノックの後、元気よくエミリアがドアを開けると、事務机にディアード、客用の長いすにはカローナが座りながら、紅茶器ティーカップをもってくつろいでいた。


「あらあら、みんなおそろいでどうしたのかしら?」


「すみません、図書館で変わった本を見つけたのですけど、先生たちにお見せした方がいいかと思って・・・。」


 紅茶を飲んでくつろいでいたカローナが、エミリアの言葉を聞いて、イサベラの抱えていた本を見るなり、ガタッと慌てて立ち上がった。微笑んでいたディアードの目つきも鋭くなる。


「その本ね。どこで見つけたの?」


「あ、えっと、あの、図書館の学生たちが私物を置いていく部屋で見つけたんですが・・・。」


 カローナの語気は真剣だ。


 ここに来るまで少しはしゃぎ気味だったエミリアは、当惑してかたまり、ゴニアも何か悪いことをしてしまったかのようにし視線を下に向けてきょろきょろし始めた。イサベラに至っては、そんな緊張した雰囲気に気圧けおされて、二人の後ろに隠れようとしている。


「イサベラ、ちょっと貸してみなさい。」


 イサベラはエミリアとゴニアの後ろから、おずおずと筆記張をカローナに差し出した。禁忌の魔法が書かれていることを知った今、何となく見てはいけない本だったのだと、カローナの態度で分かる。


 カローナは筆記張を受け取ると、ぱらぱらと頁をめくり始めた。その様子をイサベラたちは、固唾をのんで見守った。


 一通りめくり終えると、カローナはふうっとため息をついた。


「死霊術士の雑記帳ね。死霊文字ネクロレターで書かれているわ。これを読む死霊術士の魔力の程度によって、読めたり読めなかったりする文字よ。イサベラも少しは読めたんじゃない?」


 やはり死霊術士だけが読める文字だったようだが、イサベラはどう答えるべきか迷った。最後の方の禁忌魔法まで読めてしまったことも正直に言っても怒られないだろうか?


「えっと・・・、前の方は読めましたけど・・・。」


 やっとそれだけ言って、イサベラがもじもじしていると、カローナは何かを察したようだった。


「そう、読めたのね・・・、部屋に戻ったら、この本について、もっとよく話しましょう・・・。ああ、ごめんなさい、大丈夫よ!ちょっと皆を驚かせてしまったわね。」


「大丈夫?その本、呪われたりしてないかしら?」


「ちょっと!ディアードも物騒なこと言わないで。全然平気よ。でもこの本にはまだイサベラには早いことが書いてあるから、私が預かった方がいいわね。」


 カローナは緊張した場の雰囲気に気が付いたように、努めて明るく弁解した。


 カローナの言葉に、イサベラたちの張りつめたものも解けていき、ほっとしたら、逆に聞きたいことがいっぱい出てきた。


「カローナ先生は、この本の持ち主に心当たりはあるんですか?」


 エミリアの質問にイサベラとゴニアもうんうんとうなずく。この死霊術士は誰なのか?一番気になるところだ。


「残念ながら、私にもわからないわ。筆記張には名前もない・・・。そして内容からすると、この人物は、正確には月魔法の生徒だった人よ。何かの拍子に死霊術の素質が分かったのだけれど、周りには隠していたみたいね。」


「あら~、そんな方もいたのね。私もぜひ内容を知りたいものだわ。」


「ええ、とっても興味深いわ。私の部屋でよく調べてから、明日にでも話すわね。でもこんなの良く見つけたわね。」


「はい、図書館の私物置き場になっている部屋で、筆記張を探していたら、イサベラさんが偶然見つけたんです。」


 ゴニアが答えると、カローナは怪訝そうな顔をした。


「筆記張?どうして筆記張なんか探していたの?」


「はい、イサベラさんの七属性概論の試験のために使えるものがあるかと思って・・・。」


「あら、イサベラの筆記張は?」


「それが、落書きばっかりで・・・、ふぁっ!」


 そこまで行って、ゴニアはしまったというように、手で口を押えた。普段の察しの良さが、今回は少し遅かったようだ。


 エミリアは「あちゃー」といった顔で、横目でイサベラを見ている。


 イサベラは既にうるうるで、がくがくしている。


「そう、落書き・・・。イサベラ、どういうことなのか、今夜はこの本のこと以外にも、たくさんお話しすることがありそうね。」


 厳しくも優しい、そして、そして、厳しいカローナの言葉であった。

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