第23話 待ち合わせ

 ゴニアと友達になって数日後、イサベラは珍しく気合を入れて、髪をとかしていた。


 女性しかいない月魔法校舎でほとんど一日を過ごすことが多いので、いつもはカローナがあきれるぐらいおめかしとは無縁だが、今日は違う。


 念入りに髪をとかしてから、後ろでまとめると、エミリアからもらった、花細工のついた髪留めで前髪を留め、いつもはだぶだぶで、とがった毒キノコのように着ている漆黒のローブを、薄い帯を腰に巻いてきゅっと締める。さらにカローナから買ってもらった、お気に入りの革袋を肩からかけて、完成だ。最後は全身鏡で、糸くずがなどが付いていないかをチェックする。純白ほどではないが、漆黒のローブは、意外と汚れが目立つのだ。


 鏡の奥に映ったカローナが、じとっとした目でイサベラを見ている。


「かぁ~、浮ついている・・・、そして弛み切っているわね。午後の教室ではうつらうつらしていたのに、急に元気になるものねぇ。」


「しー、先生・・・、静かにしてください。・・・聞こえませんか?私の女子力が、りんりんと上がって行く音が!」


 なかなかイラっと来る調子の乗り方だ。


 しかし、それも無理はない。今日はこれからエミリアとゴニアの三人で、街に買い物に出かけるのだ。


 イサベラが夢にまで見た、「キャッキャ、ウフフ」が目の前まで来ている。そのせいで昨晩は眠れなかったため、授業は眠くてしょうがなかったが、今はとても冴えている。鼻血が出てきそうなくらいだ。


 あの日、メデュキュラスとゴニアたちが帰っていった後、何とエミリアの方から、三人で買い物にでも行こうと提案してきたのだ。もちろんゴニアに、メデュキュラス先生のことをあれこれ聞こうという下心ありありだ。


 いや、確かに風呂上がりのゴニアも可愛かった。


 しかしそれ以上に「美人」「実力者」「先生」という、エミリアの萌えどころを押さえた、メデュキュラスの弟子という事実は、躊躇していたエミリアの心を見事に鷲摑みした!


「(そんなエミリアの気分屋なところも、今の私の女子力ならすべてを包めそう!)」


 13歳にありがちな思い上がりに浸りながら、いそいそと革袋をわきに抱えて、用意していた決め台詞を言ってみる。


「きゃあ大変、もうこんな時間!待ち合わせの時間に遅れちゃう!」


 いや、まったくそんなことはない。時間はまだ十分にある。ただ言ってみたかっただけである。今はとにかく浸りたいのだ。


「それじゃあ行ってきまーす♡」


「はい、はい、夕方には帰ってくるのよ。」


「あ、先生。」


「なによ、『遅れちゃうぅ~』じゃないの?」


 イサベラは上目づかいで、手を後ろに組んで、体を揺らす。


「てへへ、お小遣いください。」


「まあ、恐ろしい子!そんな恐ろしい言葉をどこで覚えてきたのかしら!」


 言いながらも、準備していたカローナは、銅貨五枚をイサベラに渡す。


 ご機嫌な小走りで部屋からかけていくイサベラを見送り、ため息をつきながらもカローナは「ふふっ」と笑った。


 育ての親としては、やっぱり嬉しいものだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 待ち合わせ場所は、王立魔法学校の裏門だ。


 正門と違って人通りはほとんどなく、噂の二人が一緒にいても、注目されることもない。それに目的の雑貨屋には、ここから出て通りをまっすぐに行ったところにある。


 早めに来たイサベラは、抜かりなく一人でぶつぶつと最初の会話の練習を始める。


「(エミリア風に)ごめ~ん、待った?・・・いや全然。私も今来たところだよ。あ、ゴニアも来たみたい♪」


 教室で一人、寂しく痛いポエムを書いていたころが、もう遠い昔の話のようだ。


「あの・・・、イサベラさん?」


 ビクゥ!!


 独り言の最中に、突然後ろから話しかけられて、イサベラは硬直した。


 ぎこちなく振り向くと、誰もいないと思っていた裏門の扉の陰から、ゴニアが顔を出していた。


 本物だ。


 一人芝居や妄想ではなく、『本物の待ち合わせ場所にいる友達』が立っている。イサベラは驚きよりもにやにやが止まらなかった。あろうことか、今日はさらにもう一人これが増えるのだ。


「ゴニア!でへへ・・・、来てたんだ。」


「はい・・・、フフ、今日はずっとなんだか落ち着かなくて・・・、お店楽しみですね。」


「お店楽しみだね!」


 エミリアと初対面のころ、テンパって「フヒッ」と言っていたイサベラとは一味違う。ウキウキのおしゃべりだ。


 ゴニアもいつものぼさぼさ頭ではなく、髪はとかしてきたようだったが、ところどころにはねっ毛があり、かえって微笑ましい。


『瞳力封じの眼鏡』は、もう必要ないはずだが、何故だか掛けていた。


「ゴニアの眼鏡はこれからも掛けるの?」


「はい、気を付けていれば、魔力が目から漏れてしまうことはないのですが、やっぱりかけてた方が安心感があって、気が楽というか・・・。周りの人たちにも不安を与えるといけないので、メデュキュラス先生の仮面みたいに、ずっと掛けることにしたんです。」


 確かに、学校内で石化の瞳力の知られているゴニアが、『瞳力封じ』無しでうろうろしていたら、余計な騒ぎを起こしてしまうかもしれない。死霊術士であるイサベラが、髑髏を片手に歩いているようなものだろうか。


 そんな二人の日陰者人生に、少しでも光を当てるべく、今日は二人ともエミリアに可愛い髪飾りを選んでもらうつもりだった。


 しかし悲しいかな、普段の習性というか、何となく人目につくのは嫌だったので、門の陰でじっと息をひそめながらエミリアを待つ二人。


 突然思いついたように、イサベラが口を開いた。


「そういえば、ゴニアはメデュキュラス先生の仮面を取ったところは、見たことあったの?」


「はい、こっちに預けられてからは、いつも一緒にいますから・・・。寝るときはいつも外してらっしゃいますし、部屋でも時々外して過ごされていますね。」


 どおりでゴニアからも、仄かに『エーテル魔法水』の匂いがするわけだった。


「私は初めてだったから、びっくりしちゃった。実はメデュキュラス先生のことを知ったのも、最近なんだよね。魔法学校では全然見たことなかったから・・・。」


「・・・はい。担当の授業の時と、私を教えるとき以外は、本当に朝から晩まで実験です。朝起きると、実験台で突っ伏して寝てらっしゃる時もあるんですよ。あっ・・・。」


 ゴニアが声を上げた先を見ると、エミリアが歩いてくるのが見えた。


 イサベラは頬っぺたをつねる。


 いつもの悪夢じゃない。

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