第12話 勝敗

骸犬スカルドッグ召還!骸犬スカルドッグ召還!骸犬スカルドッグ召還!」


 骸犬スカルドッグの召還を試みるイサベラの必死の声だけが、空虚にこだました。


 通常、魔力の自然回復は睡眠によってなされる。他には魔力回復のポーションやアイテムなどもあるが、そんな高価な物を、今日が初実践のイサベラたちが持っているはずもなかった。


「なあ、いつまで続けるつもりだい?」


 既に女戦士は状況を把握し、ニヤニヤとイサベラたちのほうを見ていたが、とうとう意地悪く急かすことに決めたようだ。


「約束はこうだ。骸犬スカルドッグを壊したらあたいの勝ち。そうだろ?あんたらが骸犬スカルドッグを召還できないなら、あたいの不戦勝だ。弱いクズは約束も守れないのかい?」


 イサベラは情けなさに顔をまともに上げることもできなかった。


 一番最初のスライムに、無駄に使った鬼火二発。あれさえなければ、この最後の土壇場で骸犬スカルドッグが召還できたはずだ。


「うぇぇ、エミリア・・・、本当に、うぇぇ・・・、ごめんなさい。」


 とうとうイサベラは泣き出してしまった。申し訳なさで、エミリアの顔を見て話すこともできなかった。


 パン!


「!?」


 突然、エミリアは両手のひらでイサベラの頬を挟むと、ぐいっと持ち上げて眼を合わせた。


「イサベラ、ないちゃだめ。強引に勝負を決めたのは私のせいでもあるし、あなたが悪いんじゃない。そもそもこうなったのは全部あいつのせいだし、あいつがおかしいのよ。全部あいつが悪いの!そうでしょ?」


「ぐすん、でもどうしよう。」


 どうしようもなかった。骸犬スカルドッグが召還できないのなら、鬼火灯も難しいだろう。骸犬スカルドッグにつかまっていた先ほどとは違い、まったくの暗闇の中では走って逃げることは困難だ。また仮に明かりがあっても、さっきのようにすぐに追いつかれるだろう。


「おらぁ!こそこそと話してんじゃないよ!負けたんだから、さっさとよこしな!」


 エミリアは覚悟を決めた。


 絶対に渡したくなかった。例え最後は分捕られても、最後まであがきたい。イサベラの顔から手を離すと、その手をぎゅっと握った。


「渡さない。そうでしょ?」


 イサベラもエミリアと同感だった。


「うん、渡したくない。」


 イサベラとエミリアは、女戦士に意地でも蟹スライムの核は渡さないと宣言しようと、前を向いた時だった。


「なんだ、おまえは?」


 女戦士はイサベラたちのほうを見ていなかった。イサベラたちの後ろのほうに強い警戒心と敵意を向けていた。


 イサベラたちは振り向くと、驚きで息を呑んだ。


 鬼火灯の召還された杖、すらっとした四肢に、漆黒のドレス、青みを帯びた長い銀髪は、ひと目であの人だとわかる存在感だ。だがその顔は銀色の仮面で覆われ、素顔は隠されていた。


「カ、カローナ先生!」


「どうして・・・」


 イサベラ達に名前を呼ばれた仮面のその人物は、あわてた様子で否定するように手を振った。


「わわ、私はカローナと言うものではない!」


「ずるいわよ!カローナ!」


 今度は女戦士の後ろのほうから聞き覚えのある声がしたかと思うと、柱の影から萌えるような緑色のローブを纏った女性が現れた。こちらは桃色の仮面を付けていて、やはり素顔は見えないが、誰だかはばればれだった。おまけに傍らには召還されたと思われる、オーガのようにごつい木偶人形ウッドゴーレムまで立っている。これで女戦士の後ろから何をしようとしていたのだろうか?


「ディ、ディアード!あなたこそ、なんでここに!」


「な、何ですか?人違いです!ディアードという方は存じません。」


 お互いに過保護を責めて、手助けしないと見得を切ったため、こっそりと来たつもりのようだったが、さすがの茶番に、イサベラたちも嬉しさより混乱が勝り、喜ぶべきか迷っている。


 女戦士にいたっては、混乱よりもイラつきが勝っていた。


「なんだぁ!おまえらは!」


 抜け目なく巨体を移動させながら、イラつきと警戒をぶつけるように怒鳴った。仲間が来たのは完全に誤算だった。


「わ、わたし?えーと・・・、そう!私の名は『月仮面』!」


「あら、なにそれ!じゃあ私は『フラワー仮面』よ!」


 とって付けたような決めポーズと共に名乗った二人だったが、「え?月?フラワー?」と、イサベラたちを余計に混乱させるだけだった。


「話は聞かせてもらったわ。その勝負、私が代わりに引き受けましょう!」


 ぐでぐでな登場を強引にまとめるかのように、月仮面さんは女戦士に高らかに宣言した。


「え?先生が代わりに?」


「きゃあ!♡」(←エミリア)


「あ、くやしい~先を越されたぁ。」


 フラワー仮面さんの「悔しさ」と木偶人形は連動しているらしく、丸太のような腕の拳をがんがんと叩き合わせている。「これが勝負に参加したら、多分誰かが死ぬ。」そんな凶悪さを感じさせる動きだ。


「ふ、ふざけるんじゃないよ。約束と違うね!これはあたいとこいつらの勝負だ!」


 完全な誤算に、女戦士はあせり始めていた。


「白昼の悪事は太陽が、闇の悪事は月が照らす・・・。理不尽に戦利品をよこせと横取りしようとしたことはばれている!恥を知りなさい。あなたの悪事は、すべてこの月仮面に照らされている!」


「やだ、何それかっこいい♡あたしだって!花仮面だって照らしている!」


 もう、かなり台無しだ。


「年端もいかない女の子達を脅し、強欲な理不尽を押し付けたあなたに、私との勝負は拒否させない。だけど安心しなさい。ルールは変えないでやってあげるわ。私が使うのは骸犬スカルドッグの召還だけ。」


 すでに女戦士の勘が、全力で逃げるべきだと言っていた。伊達にここまで冒険者をやってきたわけではない。相手との実力差はなんとなく感じていたが、「同じルール」と言う言葉に迷いが生じた。少なくともやばそうな木偶人形との戦いが避けられるならば・・・。


「・・・」


「それとも、この子が言ったように、自分より弱そうな相手としか勝負できないせこい弱虫なのかしら?」


「(ピキピキ)・・・ぶふん!いいだろう。やってやろうじゃないか。見くびるんじゃないよ。」


 相手が骸犬しか使わないと言うなら、臆することはなさそうに見えた。女戦士はメイスを握る手に力をこめる。


「そう・・・、それじゃあいくわよ。骸犬スカルドッグ召還。」


 月仮面が、床に落とされた召還用の骨にしなやかに手をかざすと、骨はメキメキと音を立てて変化をはじめ、獣の形に姿を変えていく・・・。


「あ、あふ、ふごっ・・・・」


 女戦士の顔がみるみると絶望に歪んでいく。「それ」は天井を削りかねない、見上げるほどの骨の巨獣。


「どうかしら?私の骸犬スカルドッグちゃん。確かこうだったわね?『弱いやつは、おとなしく喰い物にされるのが、自然の掟』って。」


「ひっ!やめ!ぶっひぃぃぃ!!」


 月仮面がぽんと骸犬に合図すると、骸犬は口を大きく開けて、女戦士を飲み込んでしまった。手足をあごにがっちりと挟まれ、女戦士はじたばたしたが、頭蓋に閉じ込められるような形で、身動きが取れなくなった。ご丁寧に腰のランタンは噛み砕かれている。


 ルールどおりの完全勝利だった。


「はい、おしまいっと。」


 月仮面は軽く服のほこりを払うと、イサベラたちのほうを向いた。


「お嬢さんたち。悪者はやっつけたし、よかったら入り口まで運んであげるよ。さあ、こいつの肋骨に乗って乗って!」


 イサベラたちは骸犬の大きさに圧倒されながらも、促されるままに肋骨の内側にしがみ付きながら腰掛けた。ちゃっかりフラワー仮面さんも、多少不機嫌そうに膨れながら既に乗っていた。


「いくわよ~!骸犬スカルドッグ!」


 掛け声と共に、巨大な骸犬は、多少天井を削りながらも、柱の間を縫って風のようにかけてゆき、イサベラたちの探索時間がうそのような速さで、廊下まで突き抜け、入り口へたどり着いた。


 太陽の光が眼に痛い。


 突然の骨の巨獣の出現に、門番たちはあわてて身構えたが、王都の兵士に顔のきく公女であるフラワー仮面さんがそっと仮面をはずして説明をすると、すぐに納得させることができた。


 また仮面を付け直したのは、この期に及んで、まだしらを切りとおすつもりなのだろう。


「あのっ、カローナ先生!ディアード先生!」


「「ありがとうございました!」」


 やっと外に出たと言う開放感と、助けてもらったと言う実感がようやくわいてきたイサベラとエミリアが、肘で小突きあっている仮面のお二人に感謝の言葉を述べた。


「これこれお嬢さんたち、人違いだと言ったでしょう。私は月仮面です。」


フラワー仮面です。」


「はい、月仮面様♡、フラワー仮面様♡。」


「さっきの人、まさか死んじゃったんですか?」


 イサベラは心配そうに巨大骸犬の顎に挟まれた女戦士を見た。はみ出た手足はぐったりとしている。


「いやいや、ちゃんと生きてるはずよ。骸犬スカルドッグ!ぺっ!」


 月仮面の命令と共に、骸犬は女戦士を入り口の柱の前にごろんと吐き出した。


「・・・ちくしょう。」


 さすがに実力の差を見せられたうえ、門番の前とあっては、観念したのか、女戦士はうなだれて柱の前に据わりこむだけだった。


 その膝の上に、花仮面がそっと革の子袋を置いた。


 ちゃりんと言う音から、お金の袋であることがわかる。驚いて女戦士は顔を上げた。


「見たところ流れの冒険者ね。お金ないんでしょ?多少の銀貨と銅貨が入っているから、次の稼ぎのつなぎぐらいにはなるわ♡。」


 女戦士は、皮袋を握り締めると、またうなだれてしまった。こんな敗北感は初めてだった。


「さて、一件落着したみたいだし、さらばだお嬢さんたち!立派な魔術師になるんだよ!」


「もう、次は私にやらせてよね。カローナ!『花吹雪フラワーストーム』!」


「だから!人違いだって、ディアード!『幽鬼変化ファントムフォーム』!」


 それぞれ幻惑や幽鬼化によって、自身の姿をかき消す高度な魔法で、仮面のお二人は姿を消していった。


 後には花びらだけが舞っていた。


 いさべらとエミリアは二人の先生の過保護に圧倒されながら、しばらくボーとしていたが、イサベラは我に返るとエミリアを見た。


 太陽の下、二人ともよく見ると埃とすすだらけだった。エミリアのくるっとした金髪は、地下宮でのミッションでいつの間にか所々誇りまみれになりながらもなおも美しく輝いていた。


 イサベラは、その横顔を見ながら、急に嬉しさがこみ上げてきた。地下宮での二人でしたやり取り、達成したミッション。もうきっと、手ぐらいつないで帰ってもいいはずだ!


 そう思って、イサベラがエミリアに話し掛けようとしたときだった。


「カローナ先生・・・。いえ、月仮面様♡。」


 イサベラは嫌な予感がした。


「一生ついていきます♡」


 エミリアは瞳にハートマークを浮かべて、カローナたちの消え去った空間を見つめていた。


「ふぇ(泣)」


 最後は全部カローナに持っていかれたイサベラ。負けるなイサベラ!頑張れイサベラ!

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