第10話 欲深い探索者

 イサベラたちはウキウキしながら、荷物をまとめると、壁伝いに来た道を戻ることにした。


 第一の間は、柱が無秩序に建てられているため、部屋の中を突っ切ると迷うかもしれないし、もと来た道なら、新たなスライムにはあう可能性は低いし、もうさすがに蟹スライムには遭遇することはないだろうと考えたからだ。


 特にイサベラは鬼火を使いすぎたため、魔力の残りに不安があった。骸犬と森の心があるとはいえ、出来ればこのまま一目散に地下宮から出てしまいたかった。


「あ、あれ?」


「どうしたの?」


「なんだか、急に頭がくらくらして・・・。」


 一気に魔力を使いすぎたせいだろうか、それとも初めての実戦で、緊張の連続に張り詰めていたものが切れたのか、イサベラはその場で座り込んでしまった。


「ちょっと、だいじょうぶ?」


「ごめん、えっと・・・、少し休んでも良い?」


 イサベラは申し訳なさそうに、エミリアの顔をうかがう。


「しょうがないわね。イサベラのほうが鬼火を連発しているし。」


 エミリアはイサベラの隣に座ると、水筒とお菓子を取り出して差し出した。


「はい、食べなよ。昨日ちゃんと寝た?なんか朝会ったときから調子悪そうだったけど。」


 図星だった。


 イサベラは友達大作戦のことを考えて、嬉しいのと、不安なのとがぐちゃぐちゃになり、正直いってよく眠れなかったのだ。


「えへへ、実は昨日あまり眠れなくて・・・。あ、どうもありがとう」


 差し出されたパーティーと同じ名前のクッキーを水と一緒にしみじみと口に入れる。錯覚だろうが、まるで一口ごとに魔力も体力も回復していくように、甘い流動物がお腹に染みていく。


「その・・・こんなところでなんだけど、今日は本当にありがとう。」


「な、なによ、いきなりあらたまって。」


「ほんの数日前までは、一緒にパーティー組んで、ダンジョンに行ってくれる人が出来るなんて、考えたことなかったから・・・。」


「・・・ふふ(カローナ先生目当てだとか、邪魔だとか、利用してやろうとか思ってたことは黙ってよ。)」


「だからお礼がいいたくて・・・」


「しっ!!何この音?」


 イサベラが言い終わらないうちに、どこからか金属音のような規則正しい音が聞こえてくる。もう一度耳を澄ますと、どうやら音は第一の間の中央よりからやってくるようだった。音が近づくにつれ、イサベラたちにもそれがはっきりとわかるようになった。


 足音。


 コシャンコシャンと鉄靴の特有の足音が近づいてくると、不意に柱の影から、松明らしき明かりが漏れ始め、人影が現れた。探索に来た、別の冒険者だろうか?


 ガン!ガン!ガン!


 その人影は柱の横を通りながら、、「ちっ!」「くそが!」などと悪態をつきながら、持っていた得物で叩いている。どうやら柱に八つ当たりをしているらしい。


「ああん?誰かいるのかい?」


 イサベラたちの灯りを見つけると、その人影は近寄ってきた。


 女性?


 野太い声だがそれは女性の声のようだった。近づくにつれて、薄暗さの中でもその巨体がはっきりとわかる。樽のような胴当てと、金属製の具足。手には松明。もう片方の手には柱を叩いていた小ぶりのメイス。


 パーティーも組まず、一人で地下宮に挑んでいるのは、どこまで奥に行くかにもよるが、その風貌からは、実力と自信をうかがわせた。


「なんだぁ?あーあ、入り口の記帳にあったのはお嬢ちゃんたちか、こんなところで何をしてんだい?ぶふん!」


 喋る度、動く度に波打つ巨大な体躯、でっぷりとした特徴的な唇。イサベラの苦手なマッチョ冒険者のイメージを、軽々と悪いほうに突き抜けたその容貌は、一瞬にしてイサベラは愚か、エミリアまで固まらせる。


 さすがに敵意はなさそうだったが、イラついているのが語気や雰囲気からよくわかった。


 実際、その巨漢女戦士は虫の居所が悪かった。街から街へ流れながら、王都の裏庭シャインズヤードにたどり着き、地下宮の話を聞いてみれば、探索しつくされているダンジョンと軽く考えて、楽なレア素材集めを目当てに、一人でここ数日の間に何度か挑んだが、予想に反してろくな素材が手に入らない。


 このままでは骨折り損のくたびれもうけ、柱に八つ当たりをしていたところへ、イサベラたちを見つけたのだった。


「おんやぁ?」


 女戦士は、がしゃがしゃと無遠慮にイサベラたちのそばへ来ると、床でつぶれている蟹スライムに目ざとく視線を送る。


「へえ、これはあんた達が倒したのかい?」


「・・・はい。」


 エミリアはこの無粋な女戦士に気を赦すことはできなかった。イサベラに至っては、猫のようにうなりながら、完全な警戒態勢だ。


 そんなイサベラたちにまったくかまうことなく、女戦士は蟹スライムの砕けた甲羅をメイスで探ると、にやぁとこずるそうな笑いを浮かべて、イサベラたちの荷物を見た。


「あんた達、赤いコアを持ってるね?」


「っ!!!!!!」


 なぜばれたのか?困惑と焦りが一気に緊張を呼び、さらにあまりにもわかりやすい、欲深そうな問いかけに、思わずイサベラ達は後ずさりを始めた。


「ぶひひっ!ちがうちがう。そんなに怖がるもんじゃないよ。横取りしようってんじゃないさ。ぐぷぷ、もし持ってるなら、見てみたいと思ってねぇ。」


 おびえるイサベラたちを見透かしたかのように、女戦士は豚なで声で、じりじりと近づいてくる。


 女戦士は寄生スライムの赤いコアが、好事家などにそこそこの値で売れることを知っていた。もちろん見せてもらうだけのつもりはない。拠点を持たない流れの冒険者にとって、横取りや持ち逃げは日常茶飯事。次の冒険かせぎまでのつなぎ位にはなるだろう。


「わ、私たち、もう急いで帰るところだったんです!」


「そうそう!行こう!イサベラ!」


 ガコォォォン!


「ひっ!」


 女戦士が柱をメイスで殴りつけると、鈍い音が第一の間にこだました。


「いいからぁ!見るだけだっていってるだろぉ?」


 もう明らかに脅しが入っている。


「い、嫌です、やめてください。大声を出しますよ?」


 知らない大人から脅されたことなどないエミリアは、萎縮で声を小さくしながらも、精一杯の抵抗の目つきで、女戦士をにらみながら、鞄を手繰り寄せてしっかりと脇に挟む、「はい、核は私が持ってます。」と言っているようなものだ。うかつではある。


「ぶふん(笑)!構わないよ?あたしゃ『見せて』と言っただけだぇ。」


 女戦士は、地下宮の入り口で記帳する時に、まだ他の探索者がいないことは見て知っていた。仮に入り口の衛兵が来ても、分捕るところを直接見られず、怪我さえさせなければ、何とでも言い逃れできる自信があった。追っ手がかかるほどの悪事は働かず、相手があきらめて泣き寝入りをするギリギリのせこい横取りが一番おいしいと味を占めていたし、今までもその様にやってきた。


「逃げるよ!」


 エミリアの声と共に、弾け飛ぶとように、二人は駆け出した。が、運の悪いことに、疲労の抜けていないイサベラの足はまだもつれ気味だった。すぐによろけて足をつっかえてしまう。


「イサベラ!!あっ!きゃあ!」


「エミリア!」


 イサベラたちが駆け出してからの女戦士の動きも素早かった。巨体からは想像も出来ない瞬発力で間合いをつめると、イサベラに気をとられてもたついているエミリアの荷物をむんずと掴むと、そのままエミリアごと引っ張り上げた。害意の攻撃には反応する森の心フォレストハートも、持ち物を取られることには反応しないらしい。


 エミリアはなすすべもなく、足をバタバタさせながらも、荷物はしっかりと掴んで話さない。


「はなして!はなしてったら!」


 鞄の中を探ろうとする女戦士ともみ合いになる。


「やめて!魔法で攻撃しますよ!?」


 ついにイサベラは杖を構えながら、女戦士に向けて、威嚇の言葉を投げた。


「ぶっひぃぃぃ!(笑)やってみな。言っておくけど、人間を魔法で攻撃する意味がわかってんだろうね?スライムとはわけが違うよ?」


 イサベラの虚勢は見透かされていた。


 人間を、いくら豚のような人間でも、魔法で攻撃するだけの覚悟はなかった。その一線を越えるような修羅場は当然ながら経験したことなどない。仮に本当に豚だったとしても血の出る哺乳類への攻撃にはためらいがある。それだけ素人の駆け出しなのだ。


「ぶひひ、震えているねぇ。ほらほらどうした!ああん?!下手に撃てば、お友達にも当たっちゃうかもねぇ!」


 もうイサベラは涙腺決壊一歩手前だった。しかし泣いてパニックになってしまえば、本当に魔法も使えないし、なすすべがなくなる。


 涙ぐみながらエミリアをみると、必死の形相で、もがきながらイサベラを見ていた。何かを訴えかけるように、鞄に手を入れ、目線で何かを合図している。


 理解した。


 イサベラは理解した。


骸犬スカルドッグ!召還!行って!お願い!」


「な、なんだぁ?」


 イサベラに召還された骸犬は、女戦士には目もくれずに走り去っていく。その先には女戦士の放り投げていた松明が燃えている。エミリアの目線の先にあったものだ。


「ぶふ?あ!しまっ!!」


 骸犬が松明を踏み消すのと、イサベラが鬼火灯を解除するのはほぼ同時だった。一瞬にしてその場は暗闇となり、女戦士の目には、唯一、何も照らさない骸犬の青白い不気味な目が、真っ直ぐに近づいてくるのが見えた。


 反射的に振り回したメイスは、狙いが定まらす暗闇の中を空を切り、次の瞬間、そのまま骸犬に体当たりされ、女戦士はがむしゃらな反撃を試みる。しかし暗闇の関係ない骸犬の素早さに、攻撃を掠らせる事さえ出来なかった。


 骸犬はしばらく回りで女戦士を牽制した後、どこかに走り去って行った。


 気が付くと、掴んでいたはずの鞄がやけに軽い。


 鞄と共に吊り上げていたはずの少女はいつの間にかいなくなり、鞄の中身も空っぽだった。


「やってくれるねぇ」


 女戦士はぎりりと悔しそうに歯を噛むと、骸犬の走り去ったほうをにらみつけた。

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