彼女が白和えを作ってくれた話

宗谷 圭

彼女が白和えを作ってくれた話

 茹でた人参とほうれん草。水気を絞って、白出汁を加える。野菜と出汁をよく絡めたら、あらかじめ水切りしておいた木綿豆腐をさっきの野菜に加えて……。

『……加えたよ。それで、次はどうすれば良いの?』

 キッチンカウンターの上に置いたタブレット端末をタップして、彼女はそう問うた。画面に表示されているのは、料理サイトのメッセージ画面。

 このサイトでは、料理に興味を持つ者同士がアドレスを交換し合い、個人的な会話を楽しむ事ができるのだ。時には料理初心者と料理上手が繋がって、こうして端末を間に挟んだ料理教室が開催される事もある。

 しばらくは彼女が打ち込んだピンクの文字が最新になっていたが、三分も待つと青い色の文字が最新コメント欄に表示される。

『あとは、よーく混ぜるだけ。味が全体に行き渡るようにね』

『わかった。今日も色々と教えてくれて、ありがとう。自分で言うのもなんだけど、美味しそうにできたよ!』

『彼氏、喜んでくれると良いね!』

『うん。最近、作った物を美味しい美味しいって喜んで食べてくれるようになって、本当に嬉しい! あなたのお陰だね!』

『あなたが頑張ったからだよ。じゃあ、また何か作りたくなったら、いつでも訊いてね!』

『うん、ありがとう!』

 その言葉で彼女と、画面の向こうの〝先生〟は会話を終了した。彼女はタブレットから目を離し、蛇口をひねって手を洗い直した。タブレット画面は、見た目に反して雑菌が多いと言う。料理中に触ったら、その都度手を洗うように……というのも、画面の向こうの〝先生〟に教えられた事だ。

 綺麗に手を洗い、乾いたタオルで拭ってから、再び菜箸を持つ。嬉しそうな笑みを顔に浮かべながら、彼女はできたばかりの白和えを器に盛り付け始めた。



  ◆



「……で、帰ったら和歌が白和えとか、焼き魚とか、見た目にも気を付けた感じの和定食を作ってくれてて! あまりに美味いんで、また作って、って言ったらこれがもう……すっごく嬉しそうな顔で頷くんですよ! もう可愛いったら!」

「和久井ー。お前その話、今日何回目だ? というか、昼飯食べ始めてから何回目だ? よくもまぁ同じ話を短期間に何回もできるよな」

 同僚ののろけ話を聞きながら、男は呆れた顔でため息を吐いた。彼のコンビニ弁当は、とっくの昔に空になっている。それに引き替え、同棲している彼女が作ってくれたという和久井の弁当箱は、まだ半分も減っていない。

「けど、和久井さんの彼女……和歌さん。本当に料理上手くなりましたよね。お弁当を作り始めた頃は、この世の闇を全て詰め込んだようなシロモノだったのに」

「そうそう。蓋を開ける度に和久井、世界の終末みたいな顔してたよなぁ」

「それだけ、和歌が頑張ってくれたんですよ!」

 鼻息を荒くしながら、和久井は出汁巻き卵を摘み上げ、口に放り込む。

「んんっ!」

 幸せそうな顔をして頬を抑えている様子が、また憎たらしいような、和むような。同僚達は、苦笑しながら彼の顔を眺めた。

「けどさ、頑張ったのは和歌さんだけじゃないだろ? あのダークマター状態から諦めずに付き合い続けて、全て完食し続けてきた和久井がいたからこそ、和歌さんも料理を頑張ろうって気になったんだろうし」

「そうそう! それに、和久井さんが頑張ったのってそれだけじゃないんですよ! 時々アフターファイブの時間や有休を使って料理教室に通って、和久井さん自身も料理上手になって。それで、和歌さんに料理を教えてあげるようになったんでしょう?」

 そう言われて、和久井は少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。

「えぇ、まぁ。教える時はタブレット越しで、僕は女性って事になってますけどね。……最初は苦戦しましたよ。和歌に料理サイトを参考にするように促してみたり、僕が扮する〝女性利用者〟とメッセージを交わしてみるように仕向けたり……」

「まどろっこしいなぁ。横で直接教えてやれば良いじゃないか」

 理解し難いという顔で男が言うと、すかさず女が助け船を出した。

「それ、下手にやったら和歌さんのプライドを傷付けるだけですよ? 最近は料理男子とか珍しくありませんけど、やっぱり、女としては彼氏よりも料理上手でありたい、って女の子は少なくないんですから」

「へぇ。……んじゃまぁ、和久井は和歌さんにそれがバレないように、これからも頑張るんだな」

「勿論ですよ! 和歌の料理はどんどん上達するし、嬉しそうに笑ってくれるし。こんな幸せ、手放してたまるもんですか」

「はいはい、ごちそうさん。あと、お前も弁当をそろそろごちそうさんってしろよ? 昼休憩、終わるぞ?」

 指摘されて、和久井は慌てて弁当を食べる事に集中し始めた。同僚達はそんな和久井を、冷やかしながら笑っている。

 そんな部下達の様子を眺めながら、課長は穏やかな顔で茶を口に運んだ。一口飲んで、それからふと、茶柱が立っている事に気付く。

 ほう、と嬉しそうなため息を吐き、茶をもう一口飲んで、課長は呟いた。

「平和だねぇ……」



(了)

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彼女が白和えを作ってくれた話 宗谷 圭 @shao_souya

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