⑤ ルナバスケ始める!!



 第1クォーターの流れそのままに、試合はノースカルパティア・ソニックスの圧勝となるかと思われたが、ことはそう簡単には運ばなかった。

 第2Q開始直後から、パイレーツの選手が徹底的にブライアンをマークし、2人、もしくは3人がかりのチームによって、ディフェンスをしかけて来たのである。


 その上、他の選手がブライアンにボールをパスできないよう、徹底的にパスコースを封じる動きもされてしまい、ソニックスの序盤の勢いは一気に停滞してしまった。


 つい先程まで、あんなにも圧倒的にゲームを支配していたブライアンが、一転何もできなくなっている現状を見て、神凪かんなぎヤマトはたまらないもどかしさを感じていた。


「うがー! 敵チームの選手、またブライアンのことあんなに大勢で取り囲んで! あれじゃあパスもシュートも、何にもできないじゃないか!」


 コート上ではブライアンが、ボールを持っていないにもかかわらず、2人の相手選手に取り囲まれ、ディナイ(マーク相手にパスを通させない様に、手を出してパスコースを消すディフェンス)されていた。


 ソニックスの選手がブライアンにボールを回して点を取りたくても、これではどうにもならない。

 

 仕方なくソニックスの別の選手がゴールを狙うのだが、ボールを運んだ先のゴール下には――最大の怪物ビッゲスト・リヴァイアサン・デレク・シャーザーが待ち構え、その圧倒的なパワーと高さによるブロックで、簡単にシュートを止めてしまう。


 そしてボールがパイレーツ側に渡った途端、すぐさま速攻を仕掛けられ、ソニックスは失点。という流れが出来つつあった。

 現在のスコアは【パイレーツ 20‐29 ソニックス】

 点差は一気に縮まってしまった。


「ねぇミコト! あんなの有りなの? よってたかってブライアンを抑え込んでさ!」


 先程までのブライアンの活躍に感動し、完全にソニックス贔屓に試合を見始めていたせいか、ヤマトはパイレーツのとった作戦に、心底不服そうな態度を見せた。


「……ああ。気持ちのいい話じゃないが、あれは有りだよ。

 バスケではあんな風に、1人の選手を集中的にマークするのも立派な作戦の一つだ。むしろ、さっきまでのブライアンの神がかったプレーを考えると、これは当然の策かもしれないな」


 そう言ったミコトとしても、ブライアンに活躍してほしいという気持ちはもちろん十分にあった。しかし同時に『この日の序盤のブライアンは、あまりにも活躍しすぎたのかもしれない』とも思っていた。


「ソニックスのように1人の強力なエースがいるチームってのは確かに強い。

 でも、バスケットボールはチームスポーツだ。

 一般的には《突出した1人のエースがいるチーム》よりも、《選手全体の能力のバランスが良いチーム》の方が強いと言われているんだ」


 そう言ったあと、ミコトはコート上のブライアンを見つめた。

 疲労によってか苦悶の表情を浮かべる〝キング〟は、自分より20cmは身体が大きい選手2人からプレッシャーをかけられ、実に窮屈そうにプレーしていた。


 この状況は、ソニックスにとってあまり良いものとは言えない。

 なぜなら、《常に2人以上の選手をブライアンのマークにつかせる》という相手のこの策は、逆に言えば『ブライアンさえ封じ込めれば、ソニックスは恐れるに足りない』と判断されてしまっているからだ。


 バスケとは5対5で行われるチームスポーツである。

 ゆえに、今のように2人以上の選手がブライアンのマークにつくと、ソニックス側に必ず1人はノーマークの選手が出ることになる。


 しかし、その大きなハンデを背負ってでも、パイレーツの首脳陣はブライアンの仕事を阻害し、動きを封殺する作戦をとることを選択した。

 その理由は間違いなく、ソニックスが《ブライアンのワンマンチーム》だからだ。


 そもそも、ブライアンが加入する以前、昨シーズンまでのソニックスは、10年連続で最下位という低迷を続けていた弱小チームだったのだ。


 そこに今期、地球のバスケで頂点を極めたブライアンが加入したことで、チームの得点力が劇的に向上。一気にLBAトップクラスのチームにまで上り詰めたのである。


 対して、パイレーツというチームは長年にわたる常勝軍団だった。

 選手個々の能力で考えれば、ブライアンを除いたソニックスの選手たちよりも、パイレーツの選手たちの方が明らかに上なのだ。


 つまり、ブライアンさえ封殺してしまえれば、そこに残るのは万年弱小チームの選手が4人。LBAトップクラスの守備力を持つ大型センター、デレク・シャーザーさえゴール下にいれば、失点を防ぐことは容易なはず。

 そう考えてのパイレーツのこの策は、まさに的中したと言えるだろう。


 チームの弱点を見抜かれてしまったこんな悪い流れで、ソニックスは残り数試合のLBAファイナルを戦い抜けるだろうか。

 ミコトが、『序盤のブライアンはあまりにも活躍しすぎたのかもしれない』と思った理由はそこにあった。


 そんな中。

 ビーッ! というブザー音が再び鳴り響いた。

 またもやパイレーツが得点をしたのだ。


 ホームチームの快進撃に、パイレーツファンの大歓声が巻き起こる。

 【パイレーツ 20‐29 ソニックス】

 点差は縮まり、ついにソニックスの背中が見え始めてしまった。


「あ、ああっ、もう7点差! どうしようどうしよう、追いつかれちゃうじゃないかぁぁぁ!」


 弟ヤマトは、漫画みたいにあわあわと頭を抱えて焦った。

 対して兄ミコトは、冷静な表情を保ちつつも額に冷たいものを感じていた。


「まずいな。第2Q残り2分、流れは完全にパイレーツに傾きつつある。このままでは……」


『一気に持って行かれる』

 ミコトがそう言おうとした、瞬間だった――。


 エンドラインからコート内に向かって約1メートルの地点。

 味方のスローインを、自陣のゴールからすぐ近くで受けたブライアンが、なんとあろうことか、そのまま静かにジャンプシュートのモーションに入ったのだ!

 自陣エンドライン付近から相手ゴールまで、つまりは《コートの端から端まで》のその距離は、実に25メートル以上!

 

 それは、チームの得点に沸き立ったパイレーツの選手たちが、わずかに気を緩めた一瞬の隙をついた、完璧なシュートだった。


 無駄な動きの一切ない、教科書のお手本のような予備動作。

 ボールを頭上にかかげながら膝を曲げ、《余計な高さなど必要ない》と言わんばかりに、ほんの少しだけジャンプする。


 そして、その跳躍の最高到達点に至る直前、静かにボールをリリース。

 美しい回転で打ち放たれたボールは、最短距離でゴールネットに向かって飛んで行った!


 まさに、信じられない距離・・・・・・・・から鮮やかにジャンプシュート放ったブライアン。

 その姿を見て、ミコトはただただ心中で驚愕していた。


(ば、馬鹿な! いくら6分の1Gによってボールが軽くなり、リリースに必要な力が少なくなっているとはいえ、あそこから一体何メートルあると思っている!! あ、ありえない……)


「入るわけが……」


 ぱさっ。

 小気味のいい音を立てて、ゴールネットが揺れた。

 ミコトが言葉を言い終わるその前に、ボールはリングに触れることすらなく、見事にバスケットゴールを上から通過したのだ。


 ビーーーーーっ!

 と大きくブザー音が鳴り響き、コートに落下したボールが静かに弾む。

 沈黙、静寂、無音、凍結。

 その場にいるすべての人間が、あまりの出来事に言葉を失っていた。


 しかし、2階客席にいた1人の男性が『うぉっ』と声を漏らした途端、なだれ込むようにして――。


 ワァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!


 と、一気に会場中のソニックスファンが沸き立った。


「うぉぉぉぉぉ! 信じられねぇーー! なんだありゃあーーーー!」

「すげぇぇぇぇ! コートの端からゴールまで一発で入れやがったぁぁ!」

「これで再び10点差ぁ! 値千金の、超ロングスリーポイントシュートだぁぁぁ!!」


 点差は再び開き、

【パイレーツ 22‐32 ソニックス】

 これで流れは、再びどう転ぶか分からなくなった。


「うぉーー! ねぇ見た? 今の見たミコト!? あんなところからぼぉーーん、って! 

 すっげぇ。ブライアンすげぇーーー!!」


 ヤマトは大興奮しながら言った。

 そして同じく、普段は冷静なミコトも、あまりの出来事に熱くならざるを得ない様子だった。


 元々LBAファンであったミコトには、今のブライアンのプレーがいかに難しい物であったかが想像できただけに、その感動もひとしおだった。


 確かに、6分の1重力下であれば、ボールの重さは6分の1、投げた時の飛距離も6倍になるので、物理的には不可能でないとは言える。

 むしろ必要な力が少ない分、地球上で同じことをするより難易度は下がるだろう。 


 しかし、25メートルも先にある直径45cmのゴールリングに、正確にボールを投げ入れることなど、並大抵のコントロールで出来ることではない。

 恐らくブライアン自身、あの距離からシュートを入れられる確信があったわけではないだろう。


 しかも、もし外せばその分だけ相手に流れを渡しかねないのだ。

 だが、それを踏まえた上で実行できるその度胸、実際にゴールを実現させる洗練されたその技術――ミコトは心の底から驚嘆していた。


「は、ははっ……信じられない。改めてなんて男だ、ブライアン・ワイズ!!

 相手チームに傾きかけていた流れを、たった一発で!」


 ブライアンが決めたこの日のミラクルシュートは、神凪ミコトの心の奥に深く深く刻み込まれた。



 そうして試合は続き、前半の残り時間はあと2分弱。


 奇跡の超ロング3Pシュートに、半ば心を折られてしまったパイレーツの選手たち。

 対して、この隙を見逃さないとでも言わんばかりに、ここまで動きを封じられていたブライアンが勢い良く走り出した!


 ブライアンは、パイレーツの選手から一瞬の隙をつきボールを奪い取ると、ドリブルしながら凄まじいスピードで相手ゴールに向かって切り込んでいった。


 1人抜き、2人抜き、センターラインを越えたらゴールに向かって跳躍。

 そのままボールを掴んだ右手を挙げて、ダンクシュートする体勢に入る。

 と同時に、ゴール下を守っていたデレク・シャーザーも、それをブロックするために地面を蹴った。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 空中で気合の雄叫びをあげ、向かい合う2人。


 そのままデレクが、ブライアンの持つボールをはたき落としてブロックするために手を振り下ろす。

 しかしその瞬間、ブライアンはブロックを躱すため、ボールを掴んだまま右手を下げ、そのままフェイントを入れた!


 ブライアンがやったのは、空中で前後に開いた股の間を通し、ボールを右手と左手の間で何度も移動させる高度なフェイント技〝空中レッグスルー〟!

 その素早い動きに翻弄され、デレクのブロックは空振り、体勢を崩して落下し始めてしまった。

 

 最後に立ちふさがったデレクを、空中フェイント技で抜き去ったブライアンは、ワンハンドで勢いよくダンクシュートを叩き込んだ。ブザー音。

【パイレーツ 22‐32 ソニックス】

 点差は更に開き、ソニックスファンの歓声が再び場内を包んだ。


 こうなってくると、もうブライアンは止まらなかった。

 その後も、パイレーツにボールが渡るたび、それを簡単に奪い返し、ドリブルでゴール前まで行き着くと、凄まじい高さにまで跳躍――。


 第1Q終了直前に見せたのと同じ、ゴールにダイブするかようにダンクを決める〝スーパーマンダンク〟をド派手に決めたのを皮切りに、


 ゴールに背を向けたままジャンプして、相手にブロックさせずにダンクを決める〝背面跳びワンハンドダンク〟や、


 ゴール下で横に3回転してからシュートを決める〝1080°(テンエイティー)ダンク〟など、続けざまに空中スーパーダンク技を炸裂させた。


 そして第2Qの残り時間はあと15秒。

 恐らくこれが、前半最後のワンプレーになるだろう。


 とその時、ボールを保持していたソニックスの選手が、ブライアンと一瞬アイコンタクトを交わすと、スリーポイントラインぎりぎりの位置からシュートを放った。

 通常よりも明らかに高弾道で放たれたそのシュートは、半ば一直線に天井に向かって上がったあと、ゴールに向かってゆっくりと落ちて来た。


 例によって6分の1重力下では、ボールの落下速度も6分の1だ。

 このシュートは、得点を狙うためのものであるのはもちろんだが、それ以外にも、長い滞空時間で残り時間を減らすための《時間稼ぎ》の意味合いもあるシュートだった。


 残り時間、13、12、11、10秒――。

 ゆっくりと落下して来たボールは、ゴールリングに到達。

 しかし惜しくもネットを通過することは無く、リングに弾かれたボールは高い位置へと再び跳ね上がった。


 そして、残り時間、9秒、8秒、7秒となった、その瞬間――。

 ブライアンが、再びゴールに向かって走り出した!


『このままいけば、落下して来たボールをリバウンドし合うことになり、もうワンプレー相手に与えてしまうかもしれない』

 そう考えたブライアンは、ゴールに向かって強く跳躍をした。


 それは、この試合中に見せたどのジャンプよりも高い、まさにスーパージャンプ・・・・・・・・だった。

 ブライアンの身体は地面から6メートル、6メートル半、いやもっと高く、ゴールリングを越えてなおも上昇している――。

 

 そして、残り時間が5秒、4秒、3秒を下回ったその時、ブライアンはボールをキャッチすると、そのまま前回りに空中で体を一回転・・・・・・・・させた!!


 そのまま残り時間は2秒、1秒を下回り、やがて残り時間がピッタリ0秒になったその刹那、回転を終えたブライアンは――第2Q終了のブザーとまったく同じタイミングで、ダンクシュートをリングに叩き込んだ!!


 ビーーーーーーーーーーーっ!


 という大きなブザー音と共に、ものすごい音を立ててゴールリングが揺れた。

 同時に、会場中のソニックスファンが大盛り上がりで歓声を上げる。

 空中からゆっくりと落下し着地を終えたブライアンは、爽やかな笑みを浮かべながら手を挙げて、その声援に応えた。


 そしてそのまま、前半戦は終了となった。



 ――数分後。

 観客席では、休憩時間ハーフタイムに入ったにもかかわらず、ヤマトとミコトはほとんど声も出せず、ただ呆然とコート内を見つめ続けていた。


 〝キング〟ブライアン・ワイズによる、見るものすべてを魅了する圧倒的な美技の数々に、小学生の兄弟は完全に心を奪われていたのだ。

 後半開始まではまだ10分以上の時間があるようだが、2人ともその場を立つ気には到底なれなかった。


 無言のままコートを見つめ続ける兄弟。

 そんな中、兄ミコトは少し切なそうな表情を見せながら、心にある想いを抱いていた。


(ああ……ブライアン・ワイズは本当に凄い。

 もし、もしオレも、あんなふうに宙を縦横無尽に跳び回り、シュートを決めることが出来たなら、どれほど気持ちがいいだろう――)


 と、ミコトがそう考えていると、唐突に弟ヤマトが口を開き、沈黙を破った。


「……なぁ、ミコト」


 そう呟いたヤマトは、今まで見たこともないくらいに真剣で、思い詰めていて、そして熱い表情をしていた。


「なんだ、ヤマト」


「おれさ、おれ……おれ決めた……!」


 そう言った後、ヤマトは《すぅぅぅぅ》っと大きく一つ息を吸い込んで、表情を目いっぱいの希望に満ちた笑顔に変えてから、元気な声でこう言った。


「おれ、ルナバスケ始める!!」



 ――この日、ブライアン・ワイズが見せた素晴らしいパフォーマンスの数々。

 地上ではものすごい速度と敏捷性で次々と選手を抜き放ち、空中ではアクロバットを駆使してド派手なシュートを決めてしまう。

 しかも、極めつけはダンクシュートによるブザービーター。


 この試合によって、もはやブライアン・ワイズはLBAの頂点を極めたと言っても過言ではないだろう。

 そして、ここから先は〝キング〟のプレーに魅了された双子の兄弟が、ルナバスケを始めることによって物語は進んでいくこととなる。


 余談になるが、ブライアンが前半戦最後に放った、あの《ブザービーターダンク》には、後日、ファンたちの間で一つの名前が付けられていた。


 地球の6分の1しか重力がない《月》という特殊な環境でのみ実現される、7メートル近い高さまでジャンプしてからボールをキャッチし、前方宙返りと共にボールをゴールに叩き込むド派手なダンクシュート。

 そのシュートにつけられた名前は、通称――〝ムーンサルトダンク!〟


 こうして、ヤマトとミコト――〝神凪兄弟〟の、ルナバスケで1番を目指す戦いが始まった!

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