第二章 獣の宣告④



 リディは表情を引き締める。

 心を落ち着けて厳かに、凜とした声で言った。


「お父様、お兄様。私に一つ案がございます」


 部屋に響き渡ったリディの声に、二人が顔を上げる。

 リディは父の――国王の顔を正面から見据えた。


「表向きは臥せっていることにして、私が彼の……アルヴァンの元に身分を隠して移り住んではどうでしょうか」


 ヴィロン人を宮殿に置けば、混乱の元になる。

 自分の命のためとはいえ、王女としてそんな危険を冒すわけにはいかない。

 どうせ魔法が使えないからと軽んじられ、研究ばかりしている身だ。

 長期間姿を見せなかったところで、興味を持つ者もいないだろう。


 ――それにこれなら、もし私と彼の関係が発覚しても、お父様とお兄様は私を切り捨てるだけでいい。


「……本気か? リディ」


 レオンが同意しかねるというように、張り詰めた声を出す。

 ゼアが、静かな面持ちで目を開いた。

 リディは二人に向けて、力強く頷いてみせる。


「勿論、黙って犯人が捕まるのを待つつもりはありません」


 アルヴァンは、犯人がこの紋様を解除するか、リディが死ぬか、その二つしか魔法を止める方法はないと言った。

 けれど、もう一つだけ方法がある。


 ――〝飴色の賢者〟と揶揄されようとも、私が培ってきた〈魔法理論も の〉があれば。


「魔法は、正しい解除の魔法を重ねればかけた本人でなくても、解くことができます。ですから、私がこの魔法の紋様を解読して――解除するための新しい紋様を作り出します」

「はっ! 馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てるような無粋な声に目を向ける。アルヴァンが、嘲笑を浮かべていた。


「ライオール人の、しかも魔法も使えない賢者様に、そんなもん作れるわけがねえだろ。これはヴィロンの魔法で、しかも俺ですらどうやって作ったのかも判らない代物だぞ」

「魔法が使えないから、何だというの? この国で、ライオールの魔法理論のことなら私の右に出る者はいない。それに私にとって、使えないという点ではどちらの魔法も同じことよ」


 ――私はこの知識を努力で積み重ねてきたわ。貴方みたいに、才能にかまけているわけじゃない。


 アルヴァンの不遜な言葉を、視線と言葉で鋭く遮る。

 そうしてリディは、再び父である国王ゼアを強い思いを込めて見つめた。


「どんなに不可思議に見えても、これは魔法です。解けないはずがありません。賢者の名に懸けて、私はこの魔法を解除してみせます。だから」


 ――お願い、お父様。これが、私にできる最善なの。


「……いいだろう。リーデリア、お前の好きにしなさい」


 やがて重々しく頷いてくれた父に、リディは最上級の敬意を込めて深々と頭を垂れる。

 顔を上げると同時に、揺るぎない決意を見せつけるよう威圧的な表情を作って、アルヴァンに向き直った。


 その紺青色の瞳を見据えながら、傲然と言い放つ。


「アルヴァン・ベルモンド。貴方に私の延命と保護を命じます。この胸の魔法が解けるまで、私の命を守りなさい」

「ライオールの箱入り王女様が、ヴィロン人の闇魔法士と一緒になんか住めねえだろ」


 アルヴァンが、小馬鹿にしたように笑う。リディは、その言葉をぴしゃりと抑えつけた。


「できるかできないかは、関係ないわ」


 こんな屈辱を受けた上に、命まで利用されるわけにはいかない。


「私は死ぬわけにはいかないの。絶対に」


 何故なら私は、王女なのだから。


「――上等だ」


 大きく左右に尾を揺らしたかと思うと、アルヴァンは胸に掛かったリディの髪を一房手に取る。

 意地悪い笑みを浮かべながら、唇をそっと寄せた。


「その依頼、確かに請け負った。楽しませてくれよ、王女様」


 ――……やっぱり、選択を間違えたかもしれない。


リディは髪を掴んでいるアルヴァンの手を、荒々しく振り払った。

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