伴連大殷ーバレンタインー

並兵凡太

因縁の武者

 時はの月、拾肆じゅうしの日。

 北風の吹き荒れる山奥――その開けた場所で、二人の男が睨みあっていた。

 片やぼさぼさの頭髪でまげを結い、無精ひげをさする袴の男。熊のような筋骨隆々の大男だが、左腕がなく、背中にはその身の丈ほどもある化け物じみた大太刀を背負っていた。

「よォ、守輝ステロ……弐の月拾肆の今日。あァ、今日がその時だ」

 大太刀の熊男が睨みながらその名を呼ぶ。

 彼に対峙する『守輝ステロ』――そう呼ばれたのは褐色の短髪を風になびかせる青い洋装の男。中性的な美貌と引き締まった体、そして腰には金細工をあしらった剣をいていた。

「あぁ。今日こそ決着にしよう。有馬アリバ

 かしゃり、と腰の剣に手を掛けながら守輝もまた、相対する男の名を呼んだ。

「へへッ……懐かしいなァおい……」

 肌が切れそうなほど張りつめた空気の中で、有馬が唐々からからと笑う。

「俺たちの全ての始まりも……この伴連大殷バレンタインだったなァ」

 愉し気な有馬を、守輝は冷ややかな眼差しで見据える。

「……あぁ。片時も忘れたことはない」


 遥か昔、極西より伝来した催事『伴連大殷バレンタイン』。

 それは脈々と受け継がれる内に、この国独自の変化を遂げていった。

 それは絆の儀であり、血の儀である。

 武者は自らが最も愛し、最も信頼する刀鍛冶に『刀』を依頼する。

 刀鍛冶はそれを承諾すると、長い歳月をかけ己の心血と魂を文字通り注いだ『刀』を一振、完成させる。

 武者はその『刀』を携え、己の生涯の宿敵と見定めた相手に死合を挑む――それが伴連大殷バレンタインであった。

 一人の武者が生涯において、誰かに伴連大殷バレンタインを挑むことは一度しか許されない。

 それ故にこれは武者にとっても刀鍛冶にとっても、生き様を表す誇り高き催事であり、数々の思惑や因縁、志が生まれては消えていった。


「あの日有馬、お前は師であった私の父に伴連大殷バレンタインを挑んだ。……僅か齢をはちにして、な」

「あァ……」

 窟々くつくつと笑い、昔を懐かしむ有馬。

しかもあの時の俺は刀鍛冶なかまが居なかったからなァ、『刀』も無かった。左腕も取られた……だが、った」

 鬼の様に凄絶に顔を歪ませる有馬を、守輝は強く睨む。

「あぁ。……あの仇を今、討たせてもらうぞ」

「かははははは……望むところだァ、守輝」

 その挑戦を受け入れるように、待っていたと言わんばかりに右腕を広げてみせる有馬。

 するとその背中に、声がかかる。

「有馬さん!」

 有馬がちらり、と見やる。そこには息を切らし、こちらを見つめる少女の姿があった。

 少女は悲し気な声で鳴く。

「まさか、まさか死ぬつもりなんかじゃないですよね……?」

「……」

 有馬はそれを少しの間じっと見つめると、荒々しく咆えた。

「黙っていろくりおろ!」

 『くりおろ』、そう呼ばれた少女の肩がびくんと震える。目には涙さえ浮かんでいた。

「で、でも……」

「これは伴連大殷バレンタインだ。これは死合だ。どちらかは必ず死ぬ。お前もそれを知らぬわけではないだろう」

 有馬は己が背負った大太刀を指し示す。

「お前は託した! 俺は受け取った! ならばそこで見ていろ!」

 ぷるぷると震えるくりおろ。彼女はそれでも何かを言いたげに口を開いたが、ぶんぶんと迷いを振り払って、

「はいっ!」

 とだけ答えた。

 それを見た守輝が訊く。

「有馬……アレが」

「あァ。俺の刀鍛冶よめだ」

 よめ。

 そう答えられ守輝がくりおろを見ると、くりおろはぺこりと深いお辞儀をするのだった。

「そうか」

 守輝が音もなく笑う。

「有馬、私はお前を修羅か鬼かと思っていたが、人だったのだな」

「あァ。人にったよ、生憎なァ」

 お道化る有馬に、守輝が「では」と語る。

「人に為ったお前に、ひとつ知恵をつけてやろう」

「冥途の土産ってかァ?」

「そんなものだ」

 守輝が一つ、咳払いをする。

「大したことでもないのだがな……この伴連大殷バレンタイン、元は――というより今でも極西では、『愛や友好を伝える』ものなのだそうだ」

 すらすらと語る守輝に、有馬は成程、と応える。

「そいつァ……洒落た皮肉だな」

「あぁ、上手い皮肉だな」

 目を伏せて、しかし力強く守輝は続ける。

「かつては共に励み、しかし仇となった私たちがその伴連大殷バレンタインう……全く、因果だな」

「あァ……だが、知ったことじゃねェな」

 有馬は髪を掻き上げた。

「お前は俺を殺したい。俺はお前と戦いたい。だから『刀』ァいてここに居る。それ以上でも以下でもねェ」

「……違いない」

 目を伏せたままフッと笑う守輝。有馬はそれを見ると、大きく叫んだ。

「さァ、お喋りはここまでだ守輝ステロォ! 見せてみろよ、お前の『超己霊刀チョコレイト』をよ」


 超己霊刀チョコレイト

 それは、伴連大殷バレンタインに挑む武者あいぼうへ刀鍛冶が送る刀。

 刀鍛冶なら誰もが知る、しかし決して口外することのない秘術によってのみ打ち得る刀のことである。

 文字通り心血を注ぎ、魂を込めるが故に一人の刀鍛冶が生涯に一振しか打つことが出来ず、また打った超己霊刀チョコレイトが折れれば刀鍛冶自身も死ぬという。

 しかし、超己霊刀チョコレイトは文字通り武者の力を超えた力を授け、勝利への道を切り開く。

 伴連大殷バレンタインという大舞台にこそ相応しい、究極の刃なのだ。


「良いだろう」

 有馬に促され、守輝が腰に佩いた剣をすらりと抜き放った。

 それは言うなれば細剣レイピア。青白く光る柄に、金色の細工が施された鍔。そして闇のように黒く輝く刀身。

「そ、それはまさか……」

 刀身に刻まれた呪詛の如き文様――それを見たくりおろが声を上げる。

「我が超己霊刀チョコレイト――名を、〈護禰刄ゴディバ〉」

 禍々しく光る刀身に、守輝の鋭い瞳が映る。

「〈護禰刄ゴディバ〉……見ない刀だなァ……舶来か?」

 訝し気に眺める有馬の後ろから、くりおろが守輝へ叫んだ。

「だ、ダメですそれは!」

「あァん?」

「ほう……」

 その声に二人の武者が反応する。

「くりおろ、とか言ったか……知っているのか。さすがは有馬の刀鍛冶だな」

 ゆらり、と笑う守輝。

 それはまるで、超己霊刀チョコレイトを抜く前と人が変わったようだった。

「これは伴連大殷バレンタインの聖地である極西で作られた、これまでにない最強の超己霊刀チョコレイト……はッ!」

 そう語ったかと思いきや、守輝は〈護禰刄ゴディバ〉の切っ先で

「ッ!?」

 有馬が唖然とする中。

「くくくく……くはハはハハ……」

 壊れたように、守輝が嗤う。

 胸を貫いた〈護禰刄ゴディバ〉が主の血に濡れた――その瞬間。

 刀身の呪詛が金色に閃いたかと思うと、守輝の体を侵食していった。

 体中の至るところに呪詛が描かれていく。それはまるで、無数の刀傷のようだった。

「――――アぁ」

 呪詛が全身を覆った頃、己の胸から〈護禰刄ゴディバ〉を守輝が抜く。

 その顔は鋼のように冷たく笑っていた。

「コレでオ前を超エることガ出来る……最高ノ気分だよ有馬」

「守輝……」

 宿敵の名を呟く有馬。

 その表情は悲壮とも、憐憫とも、怒りとも、無感動ともとれるものだった。

「有馬さん……」

 背中だけでもそれが伝わったのだろうか、くりおろがその名を呼ぶ。しかしその時には有馬の顔は切り替わっていた。

「あァ……最高だなァ守輝」

「あン……?」

 首を傾げる宿敵に、有馬は凄絶に笑う。

「お前は俺を倒すためだけにそう為った……それがお前の覚悟ってんならよォ、俺は最高のお前と戦える訳だァ……いやァ、最高だなァ」

 あくまで唐々と笑う有馬へ、くりおろが叫ぶ。

「有馬さん、その超己霊刀チョコレイトは複数人の鍛冶の魂が込められていて、斬れば斬るほど――」

「知ったことじゃねェなァ!!」

 背中の大太刀に手を掛けながら、有馬が咆える。

「あれがどんな刀でも上等だァ……くりおろ、いいか。お前は自分が打って俺が背負うこいつと、お前の魂と、俺の魂を信じろ」

 有馬の言葉に、くりおろの口がきゅっと結ばれる。しばらくそのまま有馬を見つめたかと思うと、くりおろは一言だけ付け加えた。

「……私の刀で、勝ってください。……見てますから、ちゃんと」

「任せろ」

 その掛け合いを見て、守輝の顔が悪魔のように歪む。

「そノ刀にこの〈護禰刄ゴディバ〉ヲ凌ぐ程ノ強さがあるっテ言うのか? 見セてくれよ」

「あァ、良いぜ」

 有馬はにたりと笑うと、背中の大太刀を回しながらぐるりと抜き放った。

 それは、ただただ大きい刃。

 一般的な刀をでたらめに大きくしただけのような、武骨なものだった。

 くりおろが息を飲み、手を握り締める。

「……そんなただノ野太刀がお前ノ超己霊刀チョコレイト? ……がっかりダ、有馬」

 口ぶりとは裏腹に、見下すように嗤う守輝へ、有馬は応える。

「見た目程甘くないぜこいつは……何せなァ、俺の愛した刀鍛冶おんなが俺のために魂込めて打った刀だ。お前の〈護禰刄ゴディバ〉とは想いも、愛も、魂も違う」

 有馬の目がぎらりと光る。

 それは修羅の目であり、武者の目であり――愛に応える男の目であった。

「我が超己霊刀チョコレイト、名を〈ビタア〉。いざ尋常に――参る」

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伴連大殷ーバレンタインー 並兵凡太 @namiheibonta0307

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