40 光でも、泥でも

「円藤さん、開発の石島さんから、データ投入完了のメール来ました!」

「うし、じゃあちゃんと入ってるかチェックしましょう」

「近山さん、私日付新しい順から確認します」

「オッケー、じゃあ私は古い方から」


 3月29日、土曜日。結局帰ることのないまま、リクルートドックの稼働日を迎えた。

 相変わらず誰もいない14階で、疲労と睡魔を吹き飛ばすように3人で声を出し合う。



「次、2人でユーザー登録全員分できてるか確認してください。問題なければ、ユーザーのグループ40個作って」

「わかりました。今のところオンスケですね」



 今日の作業スケジュール表を見ながら、円藤さんが指示を出す。


 ああ、眠い。陽光が目に痛い。でも幸い、そんなこと悩んでる余裕もなさそうだ。



「終わったら、自動応答メールのテンプレート設定でーす。これは私やろうかな」

「唐木さん、人事部長への経過報告メール送っておきます」

「お願いします。こっちは項目の確認進めておきます」



 文化祭の準備みたいなてんやわんや。

 あのときみたいな感動や興奮はないけど、熱量は衰えていない。

 冷静に、それでもアドレナリンを撒き散らして、最後の直線を走りきる。

 このプロジェクトをサバイブして、先の知れない未来に向かう。




 あーあ。もっとスマートで華やかなもんだと思ってたんだよ、この業界は。

 内定もらって浮かれてた俺をこのPCの角で殴りたいわ。



 まあ、今となってはどっちでもいい。



 光が当たったって泥にまみれたって、仕事は仕事だ。

 愚痴言って、沈んで、脳内で誰か呪って。多かれ少なかれ、みんなそうやって進んでいくんだろう。






「…………よし、チェック終わり」


 17時過ぎ。採用チームの担当として浜田さんが確認に加わったフロアで、予定していた全ての作業が終了。

 

「終わりましたねー」

「お疲れ様でしたー」

「お疲れさまですー」


 予想通り、涙も出ない。感慨もなければ、元気に叫ぶ気力も出ない。

 搾り出すように挨拶して、とてもハイとは呼べない位置でハイタッチ。



「ありがとうございました。本当に助かりました」

 浜田さんが深々と頭を下げる。


 ちょっと憎かったとき、というか呪おうとしたときもあったけど、まあ今となっては終わったこと。


「浜田さんも、お疲れ様でした」

 うん、これでこそ社会人。




「あ、もう帰りますか?」

 鞄をまとめている円藤さんに尋ねると、ガックリと肩を落とす。


「いや、ちょっとストレイブルーの本社寄らないとなんで。うちの部門の採用についてもやらなきゃいけないことあって」

「お疲れ様です……」


 マジかよまだ仕事するの。どんだけハードなのよ。


「月曜からも、問い合わせ対応とか追加の課題検討とかありますけど、一緒にバタバタやってきましょう。とりあえずお疲れ様でした」


 上からじゃない。一緒に走って、俺達に近い距離で言葉をくれる。それが分かるから、ついていこうと思える。

 新卒で上がっていっただけのことはある。ホントに良い上司だ。


「円藤さんもゆっくり寝て下さい」

「週明けにぜひ慰労会しましょう」

 近山さんの提案に笑いながら、円藤さんはフロアを出て行った。




「この年になると、キャリア悩みますよね」

 帰り支度をしていると、近山さんが口を開いた。


「コンサル続けるか、普通の会社に行くか……唐木さん考えてます?」

 その問いに少し迷った後、軽く頷く。自分の答えに納得したかのよう。


「まあすぐに考え変わるかもですけど、もう少し続けようと思ってます」

「へえ」

「つまらなくないから、ですね」



 前に円藤さんが話してくれたのと同じ答え。


 でも、今はそう思ってるから、それでいい。学ぶことがまだあって、なんとか体と心が動いて、つまらなくない。そう思えるうちは、続けてても良いだろう。



「まあ、私もなんだかんだもう少し続けるんだろうなあ」

「そうそう。それでお互い『もう誰かが不幸にならないと満たされない』とか言ってるんですよ」

「最低な未来だ」

 2人で苦笑い。チャットできる仲間も増えたし、これからも這いつくばりながらやっていこうかね。



「ちょっと帰る前に一本電話してきます」

「あーい」


 フロアを出て行った近山さんを見送り、自分のスマホをチェックする。

 朱乃から通知が来ていた。



『無事終わった?』

「うっす。終わりました」


 既読になってすぐ、大量のうさぎスタンプが紙吹雪で祝福してくれる。

 いや、そんなに連打しなくても大丈夫ですよ。もううさぎで埋め尽くされてますよ。


『お疲れさま! 頑張ったねー!』

「疲れた。今日は帰って爆睡する」


 ああ、布団が恋しい。包まって寝るぞ。眠いなあ、布団気持ちいいだろうなあ。




 ベッドに想いを馳せていると、返信が。




『すごいすごい。カッコいいですな。コンサルってカッコいい!』



 …………バカ言えよ。



「どうもっす」

 それだけ送って、スマホをポケットにしまった。







「……そんな仕事じゃないんだっての」

 呟いて、紙コップに残った0円コーヒーをすする。



 相変わらず笑っちゃうくらい苦くて不味くて、思わず顔がほころんだ。

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コンサルってなんかカッコ良くないですか 六畳のえる @rokujo_noel

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