25 正解はどっち

「で、そこでスタジオさんと撮影ディレクターと相談して、撮影するカット数とか撮影日を決めちゃうんですよね。そのタイミングで、スタジオさんにスタイリストやヘアメイクの手配も任せちゃいます」


 一条さんが、時折自分の手帳を見ながら説明してくれる。前髪を左手中指でサッと左に流す仕草がフェミニンで素敵。


「なるほど。で、撮影するカットのイメージというか、構図案みたいなものって、その後決めるんですか?」

「そうですね、撮影ディレクターと相談してラフ作って、そこで編集長確認です」

「あっ、そこで1回目の編集長確認なんですね」


 雑誌の作り方が少しずつ分かってくる。知らない世界を覗けるの、やっぱり面白いなあ。



 11月も下旬に入り、木枯らしも出番を待ち望んでいたのか、大分張り切って吹き荒れている。

 女性の多いこの職場では暖房が必須になり、乾燥を防ぐための加湿器が、あちこちで蒸気を吐いていた。


 別添付録の業務フローは林さんとの文通のようなやりとりを重ねて少しずつ形になってきている。会って話せないことが不安にもなるけど、お互い細かく質問や赤入れをしているので、成果物にも自信が持ててきた。



 で、今やっているのは、雑誌の見せ場、表紙と電車中吊り広告の制作フロー。林さんと違って担当の方が常時オフィスにいるので、ヒアリングして業務の流れをまとめている。


 一条さんは、その表紙担当の1人。茶髪ショートボブで前髪を左に流して、右耳だけ出てるのが可愛らしい。アシンメトリーって不思議な魅力があるなあ。


 それにしても、なんかスタジオとかディレクターとか、ちょっと俺業界人っぽくない? さらっと「カットイメージは」とか言えてるし。オシャレ感満載じゃないですか? 昨日の夕飯はコンビニのメンチと冷凍えびピラフでした。



「でですね、撮影っていうとモデルの方いると思うんですけど、あれはオーディションとかやるんですか?」

「そうですね、編集長OKでたらオーディションです。このフロアの一番大きい会議室でやるんですよ」

「ふんふん。事前にある程度事務所に案内出しておいて、って感じですね」



 ヒアリングするときには、ある程度の知識と想像力が大事。


 表紙ってことはモデルと撮影する人がいるだろう。撮影する前にラフな絵を作って承認もらうだろう。

 普段何気なく見ているものを仕事に置き換えて、裏方の仕事を考えていく。



「ありがとうございました。また細かいこと確認させて頂きますね」

「はーい、いつでもどうぞ!」

 座ったまま笑顔でペコッとお辞儀してくれる一条さん。

 

 うん、大分流れ分かったぞ。午後は、もう1人の担当の三条さんにも聞いておくか。名前がややこしい2人だな。




***




「で、編集長OK出てからモデルオーディションを――」

「あれ、私違いますよ? オーディションやってから、合格者の情報も添えて編集長チェックもらいます」

「…………はい?」


 午後、三条さんに話を聞く。出ました、同じことやってるのに食い違い。


「じゃあそれは、モデルの人も含めてOKもらってるってことですか?」

「うん、そうですね。写真も添付してファイル回してます」


 ショートボブの一条さんとは対照的ともいえる、軽くウェーブがかかった黒髪ロング。ぽてっとした厚めの唇が、30代らしい艶のある色気を放っている。


 オーディションの順番は、都合によって先にやったり後にやったりすることがあるだろう。大きな問題はそこじゃない。、だ。業務を標準化する以上、チェック内容は揃えなきゃいけない。



「箱崎さんは、いないよーん……」


 自席に戻り、誰もいない隣の席を見ながらふしが飛び出す。最後の「よーん」に哀愁が漂ってますよね。



 提案作業が難航しているのか、最近箱崎さんは週の半分も来ていない。定例会議には出ているし、猪井さんとも電話で連絡はしているようなので、クライアントから不満が出てるわけじゃないんだけど。



「まあ、チーフに聞いてみるしかないかな」

 チーフ編集長である猪井さんの席に行き、一条さんと三条さんの件について話す。


「なるほどねえ、モデルかあ」

「多分、どっちが正解というか、編集長は特にモデルについては意識せずにOK出してたんだと思うんですよね。なので、このタイミングで統一したいなあと」


 んん、と言葉を止める猪井さん。熟考するときに右目を強く瞑る彼女のクセは、下手なウィンクみたいでちょっと可愛らしい。


「うん、モデルこのタイミングで確実に決まるとは限らないし、編集長にとっては構図がOKなら基本問題はないので、モデルさんは必須じゃない扱いにしましょう!」


「分かりました、じゃあ業務フローの説明ではそう書いておきますね」

「よろしくお願いします!」



 HR系のプロジェクトだと少ないけど、常駐はやっぱり楽しい。「お客さんと一緒に創っている」感覚が強くて、自分も社員になった気で働ける。


 おまけに女性ばっかりだしね。しかも私服。女性でもスーツやカッチリした服装がほとんどのストレイブルー本社では絶対に見られない柔らかさと色彩ですよ。

 もうね、一緒に創らなくてもいいからこの愛されファッションが充満する職場に勤めたい。途中で欲望出すぎだろ。




「というわけで、モデルの話が出たんですけど、そこは1回目の編集長チェック対象じゃないってことになりました」


 午後、一条さんにヒアリングの続き。朝は群がっていた雲が散り、一気に気温が上がって暖房の風が凪いだ。


「分かりました。そっかあ、三条さん先にオーディションやってたんだ」

「まあ今まで個々人のやり方でやってましたからね。ここで整理っていうことで」

 そのためにコンサルがいるんですから。


「で、初稿できてから予め選定した読者にグループインタビューするって猪井さんから聞きましたけど、何を訊くんですか?」

「あ、それはもう、素直に良い点と悪い点を言ってもらおうって感じですね」



 で、同じ話を三条さんに振ったらこうなるわけですよ。



「あれ? 私、前任者の方に教えられて『購入意向を6段階で表すとどれくらいか』『去年の同じ季節の表紙と比較してどっちを買いたいか』を聞いてますよ」

「そうですか……」



 さあて、また猪井さんに確認だぞ。楽しいけど骨が折れる、そんな業務標準化。

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