コンサルってなんかカッコ良くないですか

六畳のえる

Work:まずは働け ~化学メーカー 人件費分析~

1 暗闇に照らされた部屋で

「そういえば僕さ、この前大学のキャリアイベントに説明しに行ったら、女子学生から『コンサルタントってなんかカッコ良くないですかっ!』って言われたよ」


 逸見いつみさんが笑いながら俺に資料を返してくれた。歳を聞いたことはないけど、若干の白髪と目尻の皺が50に近いのではと思わせる。


「そうなんですね。学生だと、まずコンサルって名前に惹かれるのかな」

 ホワイトボードに書いた資料修正のイメージを消しながら、金森かなもりさんが相槌を打つ。午前中にクライアント先に行ったのか、珍しくネクタイをしていた。




 28階建てのビルの23階。フロアの両端に配置された、外が見えるガラス張りの会議室。


 窓から射し込む、新緑の5月とはかけ離れた一面の闇。時計の短針は9の文字を超え、10までの道のりも残すところ僅か。


 コンサルタントね。カッコいいですよね、名前だけは。

 短針も俺達のカッコ良さに見蕩れて止まってくれないもんかね。




「唐木さんはどうだったの?」

「いや、そんなには……どうだったかな……へへ」

 軽い笑い声をオブラートにして、曖昧な返事を包んだ。


「じゃあ、明日午後また。唐木さん、修正よろしくね。あ、逸見さん、ちょっと関東不動産の提案で相談なんですけど……」


 話しながら部屋を出て行く2人。残った俺もノートPCのアダプタを抜く。

 画面は閉じない。本当は今すぐにでも帰りたいけど、まだやることがあるから。



 ストレイブルー・コンサルティング。

 本国はアメリカで、世界に3桁近い拠点を構えている、総合コンサルティング会社ファーム

 日本支社に在籍するコンサルタントは1000人くらいで、新卒で入社して4年目の俺、唐木柊司からきしゅうじもそんなコンサルタントの1人。



「さって……やりますかね、と」

 伸びをして、固まった体をほぐす。独り言で自分を鼓舞しないと、ここからもうひと頑張りするのはしんどい。


 だってもう21時半過ぎてるんですけど。大学の同期はもう家でオシャレなパスタとか作って食べ終えてますけど。

 どうせSNSに写真あげてるんだろ。羨ましいぞ!




 コンサルティングファーム。外資系コンサルタント。うん、確かに学生には刺さるだろう。俺も就活当時は「ほへー」と思ったもんだ。


 でも実態はあんまり知られていないし、最近は「礼儀作法コンサルタント」やら「お見合いコンサルタント」やら出てきているし、「怪しい」「胡散臭い」ってイメージを持つ人も少なくない。


 叔母さんに話したとき、ネットワークビジネスかの如くの不安な目で見られたっけ。大丈夫だから、病気の治る水とか売らないから。




「うっす、唐木さん。これからですか?」

「ああ、これから」


 すれ違った後輩との会話。多分一般の会社だと、今の会話はこう解釈される。


「うっす、唐木さん。これから飲み会ですか?」

「ああ、うん。課長が飲みたいって言っててさ、いつもの串焼き。でも白レバーが美味いんだよなあ」


 でも補足してみるとこんな感じ。


「うっす、唐木さん。これから仕事ですか? 僕もですけど。まだ火曜だし、早く帰りたいですよね。最近彼女とも会えてないし……」

「ああ、これから資料直し。俺もなあ、つい映画借りちゃったんだけど、このままだと見ないで返す可能性あるな……」


 なんて残酷な真実なんでしょう。見たい映画も見られずに、延滞できない仕事をこなすなんて。


 まあ、プロフェッショナルとはいえない半人前。早く帰って自分の時間を過ごしたいけど、今週も道は険しい。




 Consult(=助言を求める、診察してもらう)の語源通り、コンサルの仕事を一言で言えば「お客さんの悩みを解決する」になる。

 次の経営戦略が描けない、どんな会計システムを入れれば良いか分からない、人事制度を新しくして年功序列を止めたい……。

 悩みのない企業はなく、それを「その道のプロフェッショナル」として一緒に解決していくのがコンサルタント。よく「企業のお医者さん」とか例えられたりする。


 俺はHR(=Human Resource:人事)チームにいるので、外から見れば「人事のプロ」ってことになる。


 HRチームでやっている仕事は大きく分けて2つ。

 1つは、クライアント(=お客様)の報酬制度を見直したり、M&Aで1社になった会社の評価ルールを統合したりと、人事制度に絡む仕事。

 もう1つは、給与や評価を管理する人事システムの導入を支援する仕事。俺は基本的には前者を担当している。




「あ、唐木さん、ちょっと良い?」

 PowerPointのスライドを修正していると、金森さんが横から声をかけてきた。


 今のプロジェクトのマネージャー、つまり上司。俺より少し低い170くらいの身長に、単純な図形にすれば立方体に近い輪郭、頭良さそうな黒縁の眼鏡。去年パパになったばっかりらしい。


「今回の給与シミュレーションさ、Excelのシート本体を見せて説明しても分かりづらいじゃない? 説明用のスライドあった方がいいと思うんだよね」

「分かりました。シミュレーションの手順を整理して書くってことですね」


「……それで分かりやすくなると思う?」

「え…………」

 まずい。なんか違ったらしい。



 え、何だろう、何だろう。じっくり考えたいけど、「早く答えなきゃ」と気が急いて思うように頭が回らない。



 沈黙がしばらく続くと、金森さんは軽く側頭部を掻いて口を開いた。

「あのね、手順だけ文字で書かれても結局何をどうしてるんだか、よく分からないでしょ? 『Aさんの場合』って形で具体的な金額を例示して、この金額をこう調整してますって見せてあげればいいんじゃない?」


「あ……はい、うん。確かにそうですね。スライド作っておきます」

 そうか、確かにそっちの方がいいな。ううん、全然気がつかなかった。


「よろしく。じゃあ私はそろそろ帰ります。何かあったらメールして」

「分かりました。お疲れ様です」

 そう言って、金森さんは自席に戻っていった。



 さて、間もなく22時。だけど、なんですかこのオフィスにいる人数は。


 みんな、もうすぐニュース番組とか始まりますけど。「少し遅くまで仕事した人も見られるように」っていう22時開始の配慮が水の泡ですけど。

 ほら、そこの湯沢さん。また「パパいつも家にいない」って息子さんに言われちゃいますよ。


 と言いながら、自分ももう少しやっていかないとなんですけどね。



「ぐう……目疲れた……」

 本日何回目かの目薬の点眼。



 何が企業のお医者さんだよ。働いてるこっちが患ってるよ。目も痛いし、腰もピキってなるし。

 誰か「健康コンサルタント」とか怪しいのでいいから、俺の体を診てくれ……っ!

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