第5話 渚のハイカラ修験者

「さっきから異族間懇親会見せてもらってたよお。君と女神のカラミまで見たかったけど、悪いがこれも仕事でねえ!」


薄地の服ごしだが、男の肉体は野生の獣のようにしなやかに鍛え上げられている。

「あなたは誰ですかあ?」

わざと呑気そうに琢磨は声をかけたが、彼の直感は男に対して「最大級の危険」を琢磨に告げている。


なんなんだ?この殺気…脇の下に冷や汗が流れる…


「都城琢磨…やっと見つけたよお。君、日本各地ウロチョロするからオレ様苦労しちった」偏光サングラスの下で、男が笑った気がした。


その瞬間、男は右足をサッカーのシュートのように跳ね上げ、高下駄を琢磨の腹めがけて飛ばし付けた。

鋼鉄の高下駄の足が、岩礁に突き刺さる。琢磨の姿はそこには無かった。


「む?…やるじゃない、戸隠流(とがくしりゅう)忍者の末裔、宮城琢磨よ!!」

琢磨は人間とは思えぬ跳躍力で2メートル以上飛び上がり、岩の上の男の背後に回っていた。

琢磨は、苦無(くない)の刃先を男の顔面にねじ込んだ。偏光サングラスが割れて破片が飛び散る。


わずか一寸の差で、男は苦無を避けていた。


切れの深い二重瞼の眼が不吉そうに歪んで笑った。色男のサーファーといった顔立ちである。


二人は息を詰め、殺気いっぱいに見つめ合った。


琢磨のシャツの脇腹が下駄で大きく裂けている。その下には鎖帷子(くさりかたびら)を着こんでいるので無傷で済んだ。


「着込みを着けていたんで助かりました…襲う前に名乗るのが礼儀だろう?おっさん」

琢磨の童顔が、一瞬にして眼光鋭い「忍びの顔」に変わっていた。

身をかわした男が、瞬時に苦無を握る琢磨の右手首関節を下方から極め上げた。


絞るような激痛が走る。相当な体術使いだ。


「くっ…!!」

「ほらほら、力みすぎだよ。た、く、ぽん。そうだねえ、オレ様失礼ぶっこいまったねえ…タップしたら教えたげる」

「くうっ…!!しなかったら?」

「折る」

あっさりと男は言った。

「ええー!?」

「逆関節で折るから、全治半年ぐらいかも」

ぎりぎりっと男は関節を捻る手に力を込めた。

「ぐわあああっ!ま、まいったあっ!!」


琢磨は左手で激しく太ももを叩き、男はぱっと手を離した。

「うーん、たくぽんは身体能力はなかなか『忍び』だけど、実戦のガチンコはゼロに等しいよね。今の接近戦じゃ、不合格う!!」


見た目年齢30代のイカレサーファー野郎は、両手の握りこぶしをぐるぐる回して琢磨を指差した。柔道の審判がやる「教育的指導」である。

「あ、あんたは誰だよお?」痛む右手首を抑え、琢磨は聞いた。

サーファー野郎は斜に構えたポーズを取り、やっと名乗りを上げた。


「オレ様の名は、遠小角(えんのおづぬ)、生前は山の民の長…後の伝承では全ての忍びの祖とも言われているがね」

「え、遠行者(えんのぎょうしゃ)あ?」


修験道の開祖、遠小角が、どうして自分の前に?なんでこんなふざけたカッコで?

「今日から、オレ様お前のお師匠。血が出る程鍛えて上げるから、はいはい、ガチンコ稽古いくよぉ、ア○パ○マーン!」


意味不明なセリフを吐いて小角は琢磨に殴りかかった。動きがさっきより数倍速い!


どかごぽっげしっばきっ。


「ぎ、ぎゃああああっ!!」

「はいはーい!スネ、脇腹、スキだらけ!」


鼻歌歌いながらも、小角は殴りをやめない。

「いきなりなんですかぁーっ!!」苦無で応戦するが、7割は琢磨の方が殴られている。

「用事あっけど、いっぺんシメてからね」


どすっどすっどすっ。


「シメ前提じゃなかですかあっ?ぐわあああっ!!」


ひとりこっそり残って岩影で見ていた蛎蠣助は、遠行者と戸隠流忍術継承者の世紀の対決で、興奮しまくっていた。



興奮しすぎて、以下顔文字になるのをお許し下さい。


「(;゜0゜)(;゜0゜)(@jjj@)!!(>_<)( ; ゜Д゜)(@_@)(゜ロ゜;(゜ロ゜;(T^T)(T0T)m(。_。)m(/_;)/~~」


「蛎蠣助、落ち着けいっ!!」


海の精霊4兄弟、長男の藻吉がたしなめた。遠行者が去った後の磯には誰もいない。


いや、兄弟たちが取り囲む「黄色い装束を着けた人間」以外には。


格好が異様である。背と体格は、琢磨と同じくらい。


全身艶のある黄色の、体の線が出るくらいぴったりな全身タイツ…?


腰から膝にかけて、ふんわりとしたスカートになっている。


顔の部分は、祭りの屋台で売ってるヒーローもののお面みたいなゴーグルとマスクで覆われている。


なんとも笑えるのは、黄色い生地の全体に、赤い小さな太陽型の刺し子の刺繍が施してあるのだ。


ぷぷぷぷぷーっ!!


蛎蠣助以外の兄弟達は思いっきり吹き出してしまった。


「この扮装、カッコいいのか面白いのか、わかんないべぇーっ!!」


「中央の丸の渦巻きがよお、まるでバカボンのほっぺだぁ」


黄色い男は倒れて失神しているようであった。マスクで顔が覆われてるので息しているかどうかも、分からない。






「(O.O;)(oo;)」

(笑ってる場合じゃねえべ!!兄ちゃん。)


「まあまあ、蛎蠣助、とにかく、琢磨に何があったか説明してけれ」

心太が弟をなだめた。


「(ノ-o-)ノ┫(((・・;)(;==)」L(==;)(-.-)ノ⌒-~(@_@)」


(遠行者さまが、いきなし琢磨にケンカふっかけてよお。


琢磨もそれなりに頑張ったけど、結局、ボコボコにのされてよお。


行者さまはぶっ倒れた琢磨の手に、黄色いしゃもじのようなもん握らせたら琢磨がこんな姿になっちまったべ!!)


「(-_-;)(-。-)y-~(^-^)v(~_~;)」


(そして行者さまは、隠れて見ていたおらをめざとく見つけて…


そこが行者さまの恐ろしいとこだべ…


「変身は、いただきます、解除は、ごちそうさま、だからね。バハハ~イ」


つって、岩から岩へぴょんぴょん飛び移りながら、去って行ったべ…)


「げえっ!!やっぱりこれは琢磨か?」兄弟たちはどよめき立った。


「…なあ、これ甲冑だべか?こんな奇抜な甲冑初めてだけんど」


次男、磯吾が「黄色い甲冑」に変身させられた琢磨の服を指でつんつんした。


「(-_-;)(-。-)y-~(*^o^)/\(^-^*)( ̄▽ ̄;)」


(いんや、この甲冑は、ヒーロー戦隊スイハンジャー、ヒノヒカリイエロー!!)


兄達は呆れ果て、言葉も出なかった。


「戦隊ヒーローものって、日曜早朝にやるあれかあ?変身して、怪人だか、悪の組織だかぶっ潰すやつだべ」


兄弟の中で一番早起きな心太がやっと口を開いた。琢磨のスーツに触り、確かめる。

「…この甲冑実戦向きだべ!!本気で琢磨にいくささせる気かあ!!行者さま?いんや、何処の誰が、こんなふざけた事を考えついた?」

「それよりよぉ…」磯吾が波を見つめて焦り出す。

「もうすぐ満潮だべ。こんままこいつ寝かせてたら、溺れ死んでしまうべ?どうやって陸に運び出す?」


なにしろ自分たちは、ちっちゃい。


兄弟達が思案に暮れていると、陸の国道付近から夥しいちっちゃい影が、風のような速さで走り寄って来た。


皆、海の精霊である。100体以上はいようか。精霊達を割って、一体の精霊が兄弟達の前にしゃしゃり出た。

他の精霊達は判子で押したようなサンリオキャラのような顔をしているが、彼女だけは違った。


切れ長の目をした凛とした美女である。彼女だけ大漁旗を継いで合わせた単衣(ひとえ)を羽織っている。

兄弟たちはその場でひざまずいた。「お頭!!」


お頭と呼ばれた精霊は、低いドスのある声で言った。

「助(す)けてやるよ…人間の戦いの血の匂いがしたんでね。

ただ事じゃない、と思って150ばかり手下連れて来たよ…波江っ!!」


波江と呼ばれた精霊が背後の手下達に命じた。

「お頭の命令だよ。この人間の兄ちゃんを陸に上げてやりな。そして介抱するんだよっ!!」


へい、と150の手下達はうなずき、ぴょんぴょんと岩礁を走り抜けると、

ヒノヒカリイエローに変身させられた琢磨の全身に取り付いて、よいしょお!!のかけ声と共に彼の体をかつぎだした。

まるででかいお神輿みたく、ヒノヒカリイエローは海人(あま)達に担がれて行った。


「他の人間に見られないように迅速に運ぶんだよ。

この風体のままじゃあ、この人間の兄さん変態野郎で警察にお縄になっちまう…

まったく、乙姫(おとめ)さんは何考えてんのか…いやいや、陸の女神もだよ…」


海人のお頭は、深々と溜め息を付いた。


ちっちゃいビンタを何十発も食らって、琢磨は目覚めた。


視界が薄暗い。室内に漁師網やら浮き玉やら収納されているのを見ると、どこかの漁師小屋のようである。

潮の香りが、ぷん、と琢磨の鼻孔をくすぐった。


僕はなんでこんな所で昼寝してたのか?


波の音が近い。もう満潮で、夕方らしい。


なんか、ヘンな夢を見た…琢磨が頭だけ起き上がると、

「ばあ~っ」とあまくん4兄弟が琢磨の眼前に躍り出た。

「うああっ、夢じゃなかったあっ!!」

「現実だべよお!それよりお前の今の有り様鏡で見れ。面白いから」

兄弟の誰かが神社に祀られているような鏡を出して、琢磨の姿を映した。


な、なんで自分が、戦隊もののコスプレを!?


しかもこの全身のお日様マークはなに?まるでイロモノキャラではないか!


「ちくしょう!あのイカレサーファーの仕業だなっ?

僕をボコボコにしただけじゃ足りずに…とにかくこれ脱ぐっ!!恥ずかしくて脱ぎたいっ!!」

琢磨は必死で背中を探すがファスナーが見つからない!

「どうなってんだよ、この服~っ」

琢磨はマスクごと顔を覆って泣きたくなった。

「まあまあ、あたしの話をお聴きくんない」

小屋の中を照らす和ろうそくの明かりが揺れた。


室内をよく見ると100以上の小人でひしめきあってるではないか!


先頭の、派手な単衣を着た小人がろうそくの真横に立った。他の小人とは明らかに顔が違う。


声からして女性だろう彼女は方膝を付いて深く頭を垂れた。他全ての小人もあまくんも4兄弟もそれに続く。

「あたしの名は、網浜(あみはま)の投網子(とあこ)。

この天草諸島の海の精霊たちを仕切っている女でござんす。無礼ですが、貴方さまの素性を改めさせて貰いやした。

国の官吏で戸隠の忍びの若頭よ、此度は手下達の監督不行き届きで貴方さまに怪我させちまって、本当にすまないことでんす」


なんだか極道映画か時代劇小説みたいな口調で話す小人である。

しかも彼女の目つきは、数知れない修羅場をくぐって来たかのような物凄い迫力をしていた。


ちっちゃいけど、この女只者ではないぞ!!


琢磨もつい口調が丁寧になる。

「いや、あの遠行者はあなた達には止められなかったと思います…」

「本当なら、ここの4兄弟の首掻き切ってお詫び申し上げたい所でやんすが…」

ひゃああっ!!とあまくん4兄弟が叫んだ。

「いえいえ、物騒な事はおやめ下さい!」

「子細を色々聞いた所、あの淫乱な女神と遠行者さまに責任があるらしいってんで、手下の4兄弟はお許し願いたい。

あのお二人にはいずれ『落とし前』付けさせて貰いましょうか…」


ろうそくの明かりの下で投網子は不気味に笑った。


…で、できる!!


遠小角といい、今日はどうして、戦闘力高そうな奴らにばかり出会うんだろう!?

「さて、琢磨さん、あなたのその風体は、陸の女神Uが授けた貴方の使命。スイハンジャーのヒノヒカリイエローと云うものでんすよ」


ヒノヒカリイエロー!?なに?そのぶっ飛んだ企画。


「そ、そうだ、早く元に戻りたい!」

「『ごちそうさま』と一言言っておくんない」

「ご、ごちそうさまぁー」


白い閃光と共に、琢磨は元の服装に戻っていた、が…小角に散々どつき回された痛みが体中に蘇る。手足にいくつかの裂傷があり、少量の出血もあった。


おまけになぜか、右手首に黄色いミサンガが巻かれている!!

「い、痛い…っ!!」

「あのクソ行者は派手にやっちまったねえ。人間の血は、あの島原の乱で十分嫌になったって言うのに…」

背後の精霊たちのひそひそ話が始まった。

「そうだべ、あの天草四郎の時貞くんもキリシタン達もあんなひでえ死に方してよぉ」

「ありゃキリシタンの蜂起じゃねえ!幕府が難癖付けた大虐殺だべ!!」

「うう、おら、時貞くんと友達になれたのによ…」

心太が悔し涙を流した。

「歴史なんざ、生き残った奴が都合よく書いちまうものさ。さあて琢磨さん、今からあたしらなりの『けじめ』は付けさせてもらう。てめえら、精気玉出しな!」

「へいっ!!」


小屋にいた全ての小人達の手から、ビー玉位の小さな青い光の玉が出る。投網子の出す玉はソフトボール大ぐらいでかかった。

「治療させてもらうよ…そいやーっ!!」

百以上の光の玉が琢磨の体の中に入っていき、痛みが消えるという不思議な事が起こった。

「あたし達のエネルギーを貴方に移したよ。小人の精気が詰まった『精気玉』。外傷以外は治った筈だ」

「あー、しかし、切り傷は塞がんなかったなあ」


残念そうに小人たちがつぶやく。

確かに体の5、6箇所に裂傷は残ったままだ。

「いえ…近くの病院で縫ってもらいますから」


けらけら小人たちが笑った。

「近くっの病院って5キロも先だべ!もう夕方で診療所閉まってるよお!」

「あんたの傷はヤキ入れられたってバレバレだ。下手に医者に見せたら警察に通報されるべ?お立場上、まずいんじゃねえか?」


話の流れ的に嫌な予感がした。

「だからぁー」ぽん、と藻吉が琢磨の肩を叩いた。


「ここで縫って治してやるよ」

予想した通りの避けたい展開になった。


「け、結構ですっ!!」

「だいじょーぶっ。蛎蠣助は医術の心得があるからよお!」

こくり。蛎蠣助が、早速釣り針を持ってスタンバイしている。

「釣り針ぃっ?『かえし』が付いてるじゃなかですかあっ!!一針ごとに、肉えぐる気かあっ?」


ぶーっ!!蛎蠣助が、釣り針に焼酎を吹き付けた。…やる気だ!


「勘弁しておくんない。人間用の麻酔なんてこじゃれたモノはなくてねえ。お前ら、おかかり!!」

部屋中の小人達が一斉に琢磨の体にのし掛かり、彼の動きを封じた。


「いやだ、こんなガリバー旅行記はいやだあっ!!」

「口がうるさいねえ。芋縄で口を塞ぎな」波江が命令した。

へいっ!小人達の手で琢磨は口を塞がれてしまった。

「死にゃしないんだし、男子(おのこ)なら我慢してくんないよ。蛎蠣助やりな!」


投網子の命令で、蛎蠣助がどぼどぼと、琢磨の傷口に焼酎を注いだ。

「む、むぐううーっ!!(し、しみるううーっ!!)」


「(--)/===卍」

(忍びの旦那、やらせて戴きます)


ぶちゅっ、と釣り針の先が琢磨の皮膚を貫いた。


「むぐーーーーっ!!」

(いってぇーーーっ!!)


都城琢磨、25歳。


痛覚を持って生まれた事を、彼は深く、深く悔いた。

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