第3話 華麗なる家族ゲンカ

瑠璃色の閃光が室内に瞬いて、消えた。


「父さん、僕はスイハンジャーのササニシキブルー、勝沼悟です!!」

瑠璃色に輝くササニシキブルーは力強く宣言した。


「悟…父さんはそれ見たのもう11回目だよ。最初の『変身』から1日1回。うちの化学解析部署でも、その早着替えのメカニズムは解析不能だったよ。

某宇宙刑事の『蒸着』みたいなもんだろう、ってさ。

父さんはこんなざっくりしたいい加減なレポート初めて読んだよ…

うちの解析部は、世界中の優秀な学者集めた自信の部署なんだがな…は、は、は、は、は、は、は…」


清涼飲料水国内トップメーカー、勝沼酒造の代表取締役社長で悟の父親、勝沼弘かつぬまひろむ(61歳)は、化学部のレポートを空中高く放り投げ、


食卓のテーブルをばん!!と叩きながら立ち上がった。


彼も190近い長身で、半白髪の髪をオールバックにした髪型。悟に似た端正な顔つきだが、顔のこめかみが神経質そうにぴくぴく動いている。


昼食のえびの天ぷらが10センチ近く宙に舞って、すぐに元の皿に収まった。


「サトルぅ、30近いのにフラフラ遊んでないでさっさと本社の経営手伝わんかあー!!」

「あなた…食事会の席ですよ」

社長夫人で悟の母親、衿子(59歳)がそっと夫の手に触れたが、怒りによる震えが半端でない事を知り、すぐ手を引っ込めた。


「そんな!父さん、葡萄の品種改良や醸造の手伝いだってしてるでしょ?開発部長に就いて、仕事してるでしょうが?」


ササニシキブルーは、パワースーツのまま身ぶりを交えて抗弁した。

「醸造や品種改良はおまえの植物学の延長だろう?

開発部の仕事だって、ふざけた商品名付けて一時的に売り上げ伸ばしただけじゃないか、

サトル…『どぶROCK』?『麦の本気』?宣伝部もよく乗ってくれたよねえー…あははは」


母親の右隣で悟の兄、もとき(36歳)が相当呆れた顔でササニシキブルーを眺めた。こちらは温和そうな顔つきをしている。


「現在も、売り上げ上昇中です」

ササニシキブルーは胸をそびやかし、きっぱり言い放った。


あのふざけた商品名、勝沼さんの命名だべか!?


「子供の頃から、あー言えばこー言う!!サトル、いいからそのたわけた扮装やめてくれないか?」

「あなた、血圧上がりますよっ…サトルさん、今はお父様の言う通りに、ね?」

「母さんが言うならしょうがないな。ご馳走さまでしたーっ」

白い閃光と共に、悟はアルマーニスーツ姿に戻った。本人はすぐに変身を解かれた事に不満そうである。


「サトルさん、ご飯が冷めちゃうから早くお席に着きなさい…ね?」

「はあい」

母親の言うことに素直に従い、悟は隆文の隣の席に着いて行儀よく手を合わせてから、和懐石を食い始めた。


勝沼さん…「新手のアホ」認定だべ。


隆文は、心密かに『仲間』勝沼悟をそう決めつけた。


ここは勝沼酒造本社ビル最上階のVIP用会議室。

そこで勝沼酒造重役会議、ひらたく言えば勝沼家の家族会議兼食事会が開かれていた。


壁に飾られた印象派っぽい絵って、たぶん本物なんだべなー…モネとかマネ?


本格的な和懐石を食するなんて、隆文は親戚の結婚式以来である。

先付とか向付とかが次々出てきてよお、う、うめえなあ…

おらが今着ているスーツも勝沼さんが「あげる」って言ってたし。さすがお坊っちゃま、気前いいべ。

まさか、ブランドものの「あるまーに」だべか?テレビでちらっと値段知ったけど、上下揃ったら何百万すんべ!!


さすがに怖くて勝沼さんには詳しく聞けねえ…親父が言ってた家訓「もらうものはもらっとけ!」に従って、男らしくもらっとくべ。


しかし、この会議の議題は一体なんだべ?


さっきから聞いてると

「遅れてきた反抗期で中2病になった次男をどうしてくれようか?」って話のような…いや、違う違う!!

しっかし、勝沼さんの家族、お母さん除いてみんな背が高けぇ!!

社長やってるお父さん、190センチきっかり。性格、神経質そう。勝沼さんが老けたらこうなるだろーなって位似ている。


系列の勝沼フーズ社長やってるお兄さん、188センチ。性格、のんびりそう。


そして、お父さんの左隣にいる勝沼さんの妹、幸(みゆき)さん。

海外事業部主任、(27歳)身長175センチ!

クールで仕事できそうな感じの美人だ。モデルでも稼げるんじゃないべか?


お母さんの衿子さんは158センチ。性格は、次男に相当振り回されたせいか、心配性な感じである。


この緊急会議の原因を作った小人夫婦と薬師如来ルリオは、会議室の席の悟の父親のちょうど反対側に座り懐石を平らげると


「デザートにチョコパフェくださーい!」なんてのたまわっている。


ここはファミレスではございません!と注意してやりたいべ。

しかもルリオの服装はかりゆしウェアに短パン。素足にビーチサンダルと、東南アジアの観光地にいそうな土産売りの少年みたいだった。

だが、悟に付けられたラピスラズリの首輪が「悟のペット」という彼の情けない立場を物語っている。


「チョコパフェまではご馳走してあげる。が、君は親御さんの所に帰りなさいよ。魚沼さんにもご迷惑をお掛けしました…」


弘は言った。いちおうここまでの経緯は全部説明したんだが、

この父親、状況を全然聞き入れていない。他の家族も、「で、何で?」って顔してる。


まあ当たり前だ。いきなり小人だの如来を名乗るアジア少年を次男が引き取るだの、ヒーロー戦隊になって戦うだの…


あっさり受け入れる方が、どうかしている。


え?おらの家族もどうかしてるって?いやいや、「信心深い」だけだべ!!


「これって不法入国と強制送還パターン?」チョコパフェ食いながらルリオが言ったもんだから、悟の父親がつい興奮してしまった。


「し、してるのか?してるのかあ?」

「やだなあ、僕、見た目は子供、頭脳は大人!実年齢○○歳だよ」

「お兄さま、今…天文学的な数字が出ましたわ…」

悟の妹、幸がめまいを起こした。

「地球の年齢よりも年上だねえ」

兄の基が、いちおう指折って数える無駄な動作をした。


うん、おらは、聞かなかった事にしとくべ。今後めんどくさい。

「どちらにしろ、うちの息子が外人の少年誘拐したみたいではないか?犯罪沙汰だぞ!」


「父さん、僕にはボーイズラブの趣味はありません!」

ナプキンで丁寧に口元を拭って悟は立ち上がった。


勝沼さん、論旨がずれているべ!!


「そうなのですか?お兄様。ちゃんとカミングアウト下されば、私もそれなりに…」

「幸、違う!!」

妹さんも相当だべ。


「僕とサトルは主人とペットの関係だよ」元凶のルリオが話をわざとややこしくする。


「ペット…ってお兄さまはお変態なのですか?」「だから違う!!」


「あちゃー、この親父さんアタマ固いべなぁー…」

食後のお茶まですすってから乙ちゃんが困り顔でやっ、と立ち上がった。


「見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じる一般的人間の特性だべ。おい、弘、おめえじゃ話になんねえから、徳次郎出せ!」


先代社長の名前を松五郎は呼んだ。

「え、私の父を?そんな!いま病床で、会話が出来る状態ではない」

「松五郎くんはお祖父様と面識があるのかい?」

悟が眼鏡の奥で眼をぱちくりさせた。

「面識もなにも、サトルのひいひいじいさんに品種改良のノウハウ教えたんは、このボクだからねえ~。居候の家賃代わりにさあ」


「ちなみにじいさんの徳次郎に、戦後の不況切り抜けるコツを教えたのは、おらだべ!!」

松五郎が威張って言った。


「松五郎くん…君はその頃から勝沼家にルリオが居たって事、知ってたの?最初から、僕も騙してたの?」


悟が裏切られたような目で松五郎を見た。

「語るに落ちたな。お前さん」

乙ちゃんが松五郎の肩に手を置いた。


「『ちょっとの間』口止めしてもらっただけだよう」

67年間もである。ずいぶんな精霊だぜ。


「とりあえず、警察に連絡したいが…悟の性癖がバレてしまう。しづらいっ」

弘の手が電話機に伸びては離れを繰り返す…

「だから違うって言ってるでしょっ!!父さん…」

「兄さんは差別しないよ…僕には息子がいるから後継はいるし、隆文くんと幸せに、な」


ええー!?


「お、おらには彼女がいます!」

「君は両刀の二股なのか?よくも弟を…」

大人しそうなお兄さんがおらの胸ぐらを掴んだ。背がでかいので結構迫力がある。


すでに悟の母は気を失いそうになっている。

勝沼家の人々、全員思い込み激しいべ!!

これでよく日本の経済界のトップに立ってられんな。


VIPに手を出すの気が引けるけど、ヤンキー時代の喧嘩スキル解放するべか?どうする?隆文!


「ま、待て待て~い」

老人だが、意外にしっかりした声が一同を制した。


秘書の西園寺さんが「こりゃやばい」と思ったのか、点滴スタンドを押した老人を連れてきたのだ。

やや猫背だが随分背の高い老人である。


勝沼酒造会長で悟の祖父、勝沼徳次郎は松五郎とルリオの側に歩み寄ると、その足元にひれ伏した。

「松五郎様、久しぶりでございますっ…!戦後の折は、我が家の危機を救っていただき、誠に有り難く…」


「徳次郎は随分干からびたな」

松五郎が痛々しそうに老人を見た。

「わしゃ90近い老人ですぞ。松五郎様はお代わりなく」

「おう、もちもちのつやつやだべ!」

「話は西園寺から聞いとります…せがれの失礼をお許し下さい。

勝沼家の伝承も聞き流す石頭でしでな…ところで、だ。悟!!」


徳次郎は、病人とは思えぬ力強さでしゃきっと立ち上がり、悟を鋭い目で見据えた。


「こちらにおわす薬師如来さまは、我が家の創業の恩人。

そして木霊の松五郎さまは、中興の恩人であるっ!!

我が孫よ、選ばれたからには、お前の思う道をゆくのじゃっ!!」


「お、お祖父様!」悟の顔が、嬉しそうに上気した。


「ただし、これから一年間な」

「え?」

「その期間終わったら、本社の経営陣について婚約者と結婚して貰うぞ」

「え…婚約者?」

悟の顔がどんどん青ざめていく。


「聞いとらんのか?西園寺真理子さんじゃ」

「え、えええっ!?僕の研究助手の、真理子くん!?」

「実は…私の長女ですの」


秘書の西園寺君枝、52歳が眼鏡のズレを直しながら答えた。

不敵に笑ったように見えたのは、隆文の見間違いだろうか?


このおばさんは意外にしたたか者かもしれねえ…


「実は父さん、悟が10歳の頃から決めていたんだ。

お前真理子さんと仲良かっただろ?母親の君枝さんからも了承得てるし」


「いやいや、それ、ただの幼なじみってだけじゃないですか?き、基本的人権の侵害だあっ!!」


「私は…それでもいいんですけど…」

白衣を着た小柄な女性が、会議室に入ってきた。

ボーイッシュな短髪に小さな顔。西園寺真理子27歳は、恥ずかしそうに顔を上げた。


す、すげぇ、めちゃめちゃ可愛い!

「悟さま…8歳の頃から、お慕い申し上げておりました…」と言って真理子は持っていたバインダーに顔を埋めてしまった。とても内気な性格の女性らしい。


「勝沼さん、この縁談断るの罰当たりだべ!!」

どきどきどき…みよちゃんごめん、正直、真理子さんちょー可愛いべよ!

「隆文くん、君までなんて事をっ!」


「いーやサトル。お前はこーでもしなきゃ、一生昆虫採集の少年みたいにフラフラしてる奴じゃっ!腹くくれっ!」


徳次郎の発言は、孫の本質を突いている気がする。と隆文は思った。

「お祖父様、味方かと思ったら…」


「お兄さま、期限つきだけど好きなことやれるんですよ。真理子さんとはお友達だから、私的にはOKですっ!」

幸が人差し指と親指で丸を作って陽気にウインクした。


「幸…その発言、僕を援護しているようで追い詰めているからな…

あ~!僕はこれから、どんな顔で真理子くんと仕事すればいいわけ?

この話、僕に決める権利はない訳?ねえ?ねえ?」


「ひゅーひゅー、サトルおめでとー」

ルリオが冷やかす言葉の裏には、ざまあみろ。という真意が透けて見えている。


「まあ、順序よく恋愛スキル積む事だべな。おめえ隆文より経験なさそうだから…『そういう事』は、おらに相談しな」


松五郎は小さなお手々で、床にうずくまった悟の肩を叩いた。


悟は、震える声で呟いた。

「いちばん相談してはいけない相手のような気がする…ってゆーか、隆文くんが言ったように君たち、タタリ神に見えてきたよ…」


勝沼悟29歳。人生で初めて、「積み」を喰らった瞬間であった。


「いや~はっはっはっ、わしはなんだか病気が回復した気がするわい!

薬師如来のご利益かのう?」

「かもねー」

ルリオはあんたの気の持ちようだよ。とでも言いたげな突き放した口調で言った。


「でもねえ魚沼さん。私には、インド少年は見えても小人さんたちは見えないんですよ。小人さんって、見える人を選ぶんですかねえ?」


秘書の西園寺さんは、不思議そうに小首を傾げた。


いまそんな話題はどーでもいいような気がする…。

悟が今にもくずれ落ちそうなので、隆文は、その肩を支えにかかった。

「…飲もう」

消えそうな声で、悟は呟いた。

「今夜はとことん飲みたい…隆文くん、付き合ってくれるか…?」

「体調悪い時には、酒は毒だけど…分かった。付き合うべ。ところでよ」

「何だね?」

「勝沼さん、本当にノンケ(ノーマル)かぁ?アブノーマルの匂い、プンプンするけど」


「くどいっ!!」


悟は隆文の手を振り払って自力で立ち上がり、吐き捨てるように叫んだ。


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