第2話 豊穣の末裔

おっす、おら魚沼隆文。またの名を、コシヒカリレッドだべ。

家業は米農家。実家の田植え終わったら怪しい小人コンビに捕まってよ…

ページの都合上、ここは割愛すんべ。


つまりいま、おらをヒーロー戦隊に仕立てた小人コンビ、乙ちゃんと松五郎がピンチだってんでおらは謎の女神Uの導きで故郷から旅立つ事になったべ。


言っとくが、おらの故郷を村言ってたけんど市町村合併前からの名残でそう呼んでるだけで、いまは「魚沼市」だべ!!


おらはとりあえず一週間旅行の身支度して、JR小出駅で交際歴12年の愛しいみよちゃんに別れを告げた…


「はい隆文くん、おらの家のコシヒカリで作ったおむすび弁当だよ」

美代子は、笹の葉で包んだ弁当を隆文の両手に渡した。

隆文は未練ったらしく鼻をぐずぐずいわせている。

「みよちゃーん、本音言うと、おら行きたくねえよぉ…12年、ずっと一緒だったんだべえ…」

美代子は、きっ!と隆文を睨んだ。

「だめだべ!!人には道ってもんがあんべ。乗るか反るかが、男の真価だべ。おら、いつまでも待っでっから」

「みよちゃーん!!」

抱き締めようとする隆文を美代子はどん!と突き放し、車内に押し出した。発車ベルが鳴る。


「白線の内側に下がってください!隆文くん行ってこい!」

無情にも、ドアが閉まる。プァァーン!!がたん、ごとん。

電車は走りだし、ホームの美代子の姿がどんどん小さくなっていく。美代子はいつまでも手を振り続けていた。


隆文は諦めたように座席に腰を落ち着けた。

そして女神から新たに支給された携帯タブレットと、ゴールドのクレジットカードを取り出した。

「め、女神さま?おら、カードは怖くて使えない男だけんど…このクレジットカード、偽造したやつとかではないべか?」


(うん、だいじょぶだいじょぶ。一応限度額フリーだしぃ、交通費も通信費も経費で落ちるからぁ)


「経費?あんたんとこ会社組織だべか?」


(説明めんどくさいから、通信切るねぇ)


またも一方的にテレパシー通信が途切れた。


JRの車内で隆文は目的地の「勝沼酒造」について携帯タブレットで調べた。


勝沼酒造。


明治初期。元幕臣、林徳之助と旧薩摩藩士、西園寺康持さいおんじやすもちが山梨県勝沼に移住し、現地で生産されていた葡萄をワイン用に独自に品種改良する技法に成功し、勝沼ワイナリーを創設。


明治の華族層を中心に国産ワイン「えびかずら汁」は爆発的に売れ、事業は成功を納める。


勝沼ワイナリーは、ビール、日本酒、他食品産業にも事業展開し、大正10年、「勝沼酒造」と社名変更。

創設者の一人、林家も姓を「勝沼」と改める。


戦後の不況も乗り越え現在、酒造業界と清涼飲料水業界で売上No.1。

食品業界、貿易展開も成功し、東証一部上場。世界で勝沼ブランドを知らぬ者はない。


「つまり、究極の勝ち組ってかあ?おらには想像つかない世界だべ…」


さて、本社山梨県勝沼町に行くまでが乗り継ぎが大変だった。

小出駅から、浦佐駅で乗り換え。埼玉、大宮駅で乗り換え。

千葉、浦和駅で乗り換え。こっから東京。西国分寺駅、立川駅、中央本線で、やっとこさ着きました。


山梨県勝沼町へ。

ここまで乗り換え計3回。隆文は結構くたびれていた。JRってほんとめんどくさい。


「勝沼酒造」本社ビルには巨大工場も隣接されている。

ここで「えびかずら汁」が製造されているのであろうか…

隆文は疲れた頭で考えながら、本社ビルの受付嬢に尋ねた。

きちっと化粧した受付嬢がマニュアル通りの笑みを浮かべている。でも、急な来客を怪しんでいるようでもあった。

「どんなご用件で?ご予約は?」

仕方がない。隆文は、黄色のポロシャツに、ユニクロのチノパン。両足スニーカーの小旅行スタイル。社会見学なら担当が違います、と言われそうだ。

「あ、あの…」隆文は、女神から渡された走り書きの半紙を受付嬢に渡した。


文面を読んで彼女の顔がこわばり、「上に相談します!」と内線で連絡を始めた。

5分後受付嬢が戻り、さらに緊張した面持ちで言った。

「開発部長がお会いになりたいそうです」

なんか偉い人に面会、って展開か?

「ご案内致します」

上品そうな紫色のスーツを着た中年女性が現れ、隆文を本社工場奥の、古びたレンガの建物に通した。


「どうぞ、この奥の温室で部長がお待ちになっております」

秘書っぽい女性は、受付嬢よりも感じのいい笑みで隆文を見送った。

ガラス張りの温室に通されて隆文は驚いた。

温室一杯に、古びた葡萄樹が蔦を張っている。


こ、これ、夢に出た葡萄樹じゃねえべか?


「まあ、おかけ下さい。えっと、魚沼さん、でしたっけ?」

葡萄樹に気を取られて、隆文は後ろの人物に気づかなかった。

やや甲高い若い男の声である。振り向いて、隆文は、その男の容貌に驚いた。


開発部長?おらと同じぐらい若いべ!!

もっと驚いたのは、彼が190センチ近い長身である事だった。

身長のわりには痩せててひょろ長い体型。

白衣姿で、前髪はやや長め。厚い銀縁眼鏡をかけた顔は端正な顔立ちだが、眉間には神経質そうなシワが刻み込まれている。


「私はこういう者です」

男は自分の名刺を隆文にうやうやしく差し出した。いかにも育ちの良さそうな仕草である。


勝沼酒造 開発部長

理学博士

農学博士


勝沼悟(かつぬま さとる)


「は、博士号、二つ持ってる!すげえ…」

勝沼悟は上品な笑みを浮かべた。

「秘書の西園寺から聞きましたよ。随分旅をしてこられたそうで…」

悟が勧めるままに、隆文は木造の椅子に座った。

「は、はあ…」

「さて、魚沼隆文さん、貴方は、随分質の高いコシヒカリを製造なさっているお家のようですね。素晴らしい。日本の誇りだ…」

「え?おら、いや僕が言ってない事をなんで貴方が?」

悟は隆文の話を無視し、木製のテーブルに置かれたワイン「えびかずら汁」を手に取り、優雅な手つきでコルクを抜いた。


二つのグラスに紫色の液体が注がれる…

「まあどうぞ。いけるクチなんでしょう?」

真意が読めない男だべ。隆文は勧められるままワイングラスを手に取り、悟と軽く杯を鳴らしてワインを一口含む。

「う、うまいっ、まるで、大地の味がするべ!!」

「わが社のヌーヴォ(新酒)です。開発して、やっと完成した…」


は、おらここで飲んだくれてる場合じゃないべ!!


「あ、あのう勝沼さん、おら人じゃないけんど、人を探しているんだ。心当たりは…」

「この二人でしょ?」

悟は、テーブル脇の椅子に掛けてあった布を外した。透明のプラスチックケース。カブトムシ飼育用である。

そこに、乙ちゃんと、松五郎が涙目でケースの壁に貼り付いていた!

「乙ちゃん!松五郎!」

「タカっぺ~、助けてけれ~」

「おめえ、二人を離せ!」

悟は、右手人差し指で眼鏡のズレを直した。

「おやおや、僕は木霊二人を拉致したつもりはない。賓客として遇しているつもりさ…」


確かにケースの中は、シル○ニアファミリーチックなカントリー風な家具が揃っている。与えられている食糧も、カマンベールチーズ、フォアグラと、なんかこじゃれている。


おまけに精霊コンビは、えびかずら汁で、ご機嫌に酔っぱらっていた。

「いんや~甲州ワイン、世界一ぃ~ルネッサーンス♪」

「ルネッサーンス」


悟は半ばイラつきながら言った。

「これが囚われびとの態度かなあ?」

「んだ、勝沼さんの、言う通りだべ」

隆文はあっさり認めた。

「でもしかし、捕らえる事はねえべ?なんでそうした?」

またも悟は、隆文の話を無視している。

「どぶROCK、ロックで呑めば、監獄ロック…きみ、わが一族しか知らないSOS暗号を、どうして知ってる?」

「は?」

「さては、温厚そうな農業青年のふりして近づいた、某国のスパイか?産業スパイか?」

悟の顔つきが、猜疑心で険しく歪む。


なんかこの人ヤバくねえか?


悟は白衣の両ポケットに両手を突っ込むと素早く2丁拳銃を取り出した。

「生きてここから出られると思わないでくれたまえ!!」

悟は両手の拳銃を横に傾け、銃を乱射し始めた。隆文、危うし!


はるばる山梨まで旅して、

ノッポの勝沼さんって人に会ったらよお、なんかおらの事スパイと勘違いして、いきなし鉄砲で襲ってきたべええっ!!


ぱばぱぱぱぱぱぱん!!


勝沼悟の両手の拳銃から銃弾が放たれ、温室のガラスが割れまくる。

隆文は奇跡的に、後方宙返りで悟の最初の攻撃をかわす事が出来た。

「よっ!さっすがもと男子新体操部っ」

飼育ケースの中で、松五郎が感嘆の声を上げた。

「ヤンキーだったタカっぺは、高校で新体操に出会い、更正し、国体出場したべ…そのヒストリーは、別売りDVDでみてけれ。

BGMはシカゴの『素直になれなくて』だべ」


乙ちゃんが、読者の皆さんに向かって話しかけた。


「素晴らしい跳躍力だね…でも今度は外さないよっ」


すぱぱぱぱぱぱぱぱぱん!!


本能的に、体が動いて銃弾をさばいていた。なぜか銃弾がゆっくり動いて見えるのだ。

「お、おめえさん、いきなりドンパチはあんまりだべえっ!」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!僕は、銃刀法免許持ってるっ!」

「人に向けて撃つなああああっ!すでに違反だべえ!」

「それにここの温室、僕のだし、黙っていればだいじょーぶ!」


つぱばぱぱぱぱぱぱん!!


隆文は、紙一重で弾を避けた。ポロシャツの袖が裂けるが、皮膚は無傷だ。


「馬鹿な…なんで、よけられるんだ?」悟の目に、驚愕の光がよぎる。


さすがに隆文は、ぶち切れてしまった。

「ふざけんなあーっ、変身!いただきまあーす!!」

赤い閃光の眩しさに、悟は身をよじった。


銃を握ったままの手を顔から放すと、眼前に、艶やかな赤地に全身、黄金の稲穂の刺繍を施した、戦隊ものスーツを着た男が立っている。

怒りのせいか、肩で息をしている。


「そうか、君が『レッド』か…」

悟は急に両手を降ろし、銃を白衣のポケットに納めた。

「なんだ?急に戦意喪失だべか?」


隆文は見た。悟の細い右手首に、青いミサンガが巻かれているのを。悟は右手を天高々と突き上げ、叫んだ。


「変身!!いただきまあーすっ」

まさか、まさかあ?強烈な瑠璃色の閃光が悟を包んだ。


艶やかな瑠璃色のパワースーツ…全身に、葡萄と銀の蔓の刺繍…長めのスカートが、風にたなびいた。


「僕は、ササニシキブルー、勝沼悟だ!レッドくん…」


ササニシキブルー、勝沼悟はカッコつけて腕を組んだ。

「え、ええええっ!!こんなやつがあ!?乙ちゃん、松五郎っ!」

「い、いやあ、しゃもじにぎらせた途端に捕まっちまってよお…」


「あほー!おまえら、あほー!」

つまり、「仲間」だって事かあ?


いんや、人様に銃口向ける危険人物、おらは仲間なんて、認めねえ!

「どおりゃあああっ、ブルー勝負だべ」

「タカっぺ、無謀な真似はやめれっ!」

ブルーは背中に担いでいたライフルを構えて、隆文に向けた。

「今度こそ外さないよっ!!」


隆文が前方宙返りで舞い、両腰に付けられていた鎌を握りしめ降り下ろした。

「食らえっ敏鎌(とがま)戦法、旋(つむじ)ぃっ!!」(いま思いついた技だべ)


「ひえ~っ、いきなり仲間割れだべかあ!?」


その時である。温室の中央に鎮座していた葡萄樹から、柔らかく温かい光が放たれた。

「君たちぃ、ケンカはいけないよぉ」


葡萄樹の下に、褐色の肌の少年が立っていた。半裸に銀色のサリーを巻いている。


黒く豊かな髪を結い上げ、宝冠を付けている。インドかネパール系のきれいな顔立ちをしていた。

その額の中央の瑠璃色の白毫(びゃくごう)が輝いている。


隆文は呟いた。「ほ、仏様かあ!?」


隆文も悟も強制的に変身を解除されていた。強烈な「力」を持った存在…!


少年は、後光を放ちながら、笑った。

「やあ、僕はア○ジン、旅人さ」

「嘘こけ」

「少年、嘘はいけないよ」


隆文と悟は、少年に同時にツッコんだ。

「今だべ、サトル。おめえの『念糸』で縛るべ!!」

飼育ケースの松五郎が、悟に指示を出した。


えっ?松五郎?


悟は少年に駆け寄り少年の額の光を左手でふさぎ、もう一方の手首のミサンガから瑠璃色の光の糸を放出して、少年の首に巻き付けた。

「お、おじさん、何するんだよおっ…」

額を封じられて、少年は身動きがとれなくなった。


悟は冷然と言い放った。

「念糸契約を行います…その方、バイシャ.ジャ.グル。和名、薬師如来。

瑠璃浄土の王よ、今より我勝沼悟と魂の契約をするなり!喝(かーっ)」

「うわああああっ!!」

少年の首に巻かれた光の糸が急速に凝縮され、やがて、ラピスラズリの首輪になった。少年の背後から額から光が消えていた。

「契約終了…」

汗だらけの顔で悟は呟いた。


うそ、このガキが薬師如来?

はっ、思い出したべ!夢で見た仏様、修学旅行で行った薬師寺で見た薬師如来ではなかったべか?


それに松五郎と勝沼さんって…グル?


隆文は、もう何が何だか分からなくなってきた。


「うわああああん、150年ぶりに目覚めたらいきなりこの扱い?」

少年は地面にへたりこんでぐずぐずに泣き出した。

「今から君は、僕のペット。

君のものは僕のもの。僕のものは、僕のもの」

悟の美しいまでのジャイアニズム発言である。

「君に名前を付けよう。瑠璃浄土の王だからルリオ君でいいよね?」

「うわああああん、おじさん、ださいよお」

「僕は29だから、『お兄さん』と呼びたまえ!」


悟はルリオこと薬師如来の髪を、ぐいっ!とひっつかんだ。

「このドS男爵!!」

「お.に.い.さ.ん」ぐいっ。

「はい…」


悟は混乱しまくっている隆文に気付き、飼育ケースの精霊コンビに語りかけた。


「乙姫(おとめ)さん、松五郎くん、そろそろ、ネタバレしたら?」

「はーい」

精霊コンビは、飼育ケースのプラスチックの壁をぬぽりん、と通り抜けた。

「タカっぺー、おらたち木霊は、どんな壁でも通り抜けるべえ(笑)」

「おら、なんのことだか…」

悟は、あらかじめ用意していたプラカードを掲げた。


「はーい、コシヒカリレッドと、ルリオ君のドッキリ、大成功!!」

「ちゃっちゃらー!!」

精霊コンビと悟が、愉快そうに笑った。


えーっ、えーっ!?


「ちっくしょおーっ!!」

薬師如来ことルリオが、悔しくって堪らない叫び声を上げた。


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