第32話 Smoky Quartz

「最後に…F´の叫びが聴こえたような気がするよ…」

 タケルが空を見上げたまま、水晶みあに話しかける。

「なんて言ってたの…」

 タケルの隣に腰を下ろす水晶みあが髪をかきあげながら聞き返す。

「さぁ…恨み言だったのか…あるいは…」

「そう…」


 しばし無言で空を見上げる2人。

 タケルが立ち上がり、右手を水晶みあに差し伸べる。

「帰ろう…水晶みあ

「うん」

 服の芝生を払って、車に戻る。

 一応は警戒していたが、ほとんどの職員はPTDのことなど知らない普通の人達だ、特に何も無かった。

 地下深くの施設が崩壊しても地上には影響ないのかもしれない…。

 そこへ繋がるエレベーターの存在も知らない人が多いのだし、そもそも数名しか出入り出来ないのだから。


 帰り道、途中の旅館で1泊することにした。

 タケルの骨折の治療に手間取ったのだ…タケルは初めて保険証を使った身体の持ち主だった男の。

 もう…自分の足取りを追ってくるものはいないのだ。

 けして気が緩んだというわけではない。

 ただ…こういう結末は想像していなかったので、気が抜けたというほうが正解なのだろう。

 タケルは考えていた…マリアがなぜ、自分を逃がす手助けをしたのか…水晶みあは自分の分身みたいなものとはいえ、基本的には別人格なのだ。

 広い意味で言えば、アダムとイヴを共通の祖先とするヒトと同じだ。

 この惑星に降り立った始祖は2人だけなんだろうか…。

 そもそも、始祖たる2人はどこから来たのだろう?

 自分も記憶…記録というべきか、を辿ればその答えに到達するのだろうか…。

 湯に浸かりながら、色々なことが頭を駆け巡る。

(考えても答えはない…か…)

 バシャッと顔を湯船に浸けたまま思いっきり叫んでみる。

(少し…気が晴れた)


 部屋に戻ると、水晶みあがすでに浴衣に着替えて夕食に手を付けずに待っていた。

「遅いよ…タケル」

「あぁ…ごめん…食べようか…」

 口数も少ない夕食…途切れ、途切れの会話…お膳が下げられ、水晶みあは窓から月を眺めている。

「タケル…M2がね…自由になりたかったって言ってたわ…私を逃がすときに…」

「そうか…聞きそびれていたな、水晶みあが、どうやって逃げて来たか…」

「うん…」

「マリア…マザーも、俺を逃がしてくれたんだ…水晶みあを助けろって…」

「そう…同じね…M2と」

「あぁ…長い間…身体を入れ替えて生き永らえて、その結論は…」


 2人の結論は…『個』として永遠を生きることではなく…未来へ新たな命を繋ぐことだったのだろうか…。


 Smoky Quartz…『内部に含まれるアルミニウムイオンが天然の放射能の影響により茶色に発色した水晶。魔よけの石。石言葉は安眠へ誘う』

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