第18話 Malachite

 マンションのドアを開ける。

「ただいま…」

 声を掛けてみる。

 静寂が水晶みあの身体を包み込む。


「タケル…」

 思わず玄関に座り込む水晶みあ

 しばらく顔を押さえて泣いていたが、やがてヨロヨロと立ち上がり、リビングのソファに身体を沈める。

(どこに行ったのよ…)

 タケルと初めて会った夜のことを思い出す。

 怪我をしていたタケル、捨て猫を拾うように、家に連れ帰り一緒に暮らしていた。

 ずっと続くような気がしていた…。

 よく考えれば、そんなはずはないのだ…。

 どう考えても一般人とは異なる生活、見え隠れしていたはずなのに、見ないフリして浮かれていた。

(違う…怖かったの…いつか居なくなる…解っていたから…)

 そう…普通の人じゃない…解っていた。

 身分を証明する物が何一つない男。

『タケル』という名ですら、本名では無いだろう。

(解っていた…でも…詮索したら出て行ってしまう…)

 自問自答を繰り返す…。

 そうして、何時間が過ぎただろう…水晶みあのスマホが着信メロディを奏でる。

「もしもし…」

水晶みあか…タケル見つかったぞ…」

 オーナーからの電話だった。

「どこで…無事なの?タケル話せるの?」

 水晶みあはタケルが無事ではないと思っていた。

 きっと怪我をしている…。

 最初出会った、あの夜のように…。


「代わるよ…おい、タケル…水晶みあだ」

「もしもし…水晶みあ…ゴメン…変な奴に後ろから…たぶんお前の客だ、俺の水晶みあをとかナントカ言って大分蹴られたよ…ゴメン…」

「タケル、無事なの?大丈夫なの?…迎え行くから…ね」

「大丈夫…送ってもらうからさ…待ってて、大丈夫だから」

「うん…早く帰ってきてよ…タケル…待ってるから…良かったよ…タケル…」


 ソワソワしてタケルの帰りを待つ水晶みあ

 時計の秒針が、もどかしくてしかたない。

 1時間ほどしてインターホンが鳴る。

水晶みあさん…タケルさん連れて来ました」

 若いドライバーがタケルに肩を貸して立っている姿がモニターに写る。

(タケル…)

 水晶みあはマンションの入り口、ラウンジまでタケルを迎えに行く。

「タケル!」

「あぁ…ゴメン…いきなりだったから…」

「いいの…いいの…」

 タケルを抱きしめる水晶みあ

「あの…俺、これで…失礼します。タケルさん、あの…お大事に」

 若いドライバーがお辞儀して帰ろうとする。

「待って…玄関まで運んで…お願い…します」

「あぁ…はい…」

 運んでくれたドライバーに2万円を渡して帰ってもらい、水晶みあはタケルの包帯を取り換える。

 顔や体のアチコチに浮いた青あざが痛々しい…。

「タケル…」

 水晶みあがタケルに抱きつく。

「うん…ゴメン」

「うぅん…アタシが悪いの…ゴメンね…ゴメンね…」

 タケルのキスは少し血の味がした。


 Malachite…『エジプト女王クレオパトラのアイシャドーとして用いられたことが有名。花火の着色にも使用される。石言葉は危険な愛情』

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