8話-花の秘密






「メイちゃん、顔色悪いよ…大丈夫?」



血色が失われ、辛そうな表情が見え隠れしている事に気付いたのは、駅のすぐ近くに着いた頃の事だった。

今日初めて会った私でも感じ取れるほどの変化という事は、きっと相当に辛いはずだ。



どうしてもっと早く気付けなかったのだろう。



そんな後悔をしながらも、とにかく休める所を探そうと考える。



「はい…大丈夫です。…ごめんなさい、今日はそろそろ帰りますね。」



「あ、うん…休んで帰らなくて平気?」



「はい。その…帰ったらすぐに電話してもいいですか?」



「うん、いいよ。 …気を付けてね。」



少し辛そうに駅に向かって歩く彼女を改札で見送り、自分もバスに乗る。

…心配で仕方が無い。


彼女の最寄り駅まで一緒に行けばよかった…などと後悔してももう遅いのはわかっているが、とにかく心配だ。



自宅についた頃、待ち望んでいた電話が鳴った。





「おいなごちゃん、お家に着きましたか? 今日はありがとうございました!」



思いの外元気そうな声が聞こえて安心した。


「うん。メイちゃんもお家? 大丈夫だった?」


声に出ないように我慢しているのかもしれない とも思ったが、少なくとも別れ際よりは体調が回復しているように思える。



「はい。大丈夫なのです! その…笑わないで聞いてほしいお話があるのですが、ちゃんと聞いてくれますか…?」



「う?うん。 なにかな?」



何の話かもわからず、とりあえず携帯を充電器に繋いでソファに腰掛ける。




何かを決心したように、すぅ と息を吸い込む音が電話越しに聞こえた。

そして、彼女はゆっくりと話し始める。


「えっと…私、名東区から出るとだんだんお腹が痛くなってくるのです…。」




「…え?」



ちょっと何を言っているのかがわからないが、たぶん私の理解が間違っていなければ彼女は名東区から出るとお腹が痛くなる。

そのように言ったんだと思う。きっと。


つまり、どういう事なの…?



「…メイちゃん。」



「は、はい!」



「ごめん、ちょっともう1回話してもらっていい?」



「は、はい…!」




その後もやはり、名東区から出るとお腹が痛くなる という趣旨の話にしか聞いて取れず、まことに信じ難いが彼女がそう言っている という事が半ば証明された。


「そ、それならメイちゃん、無理してプリクラのために名駅まで来なくてもよかったんじゃ…」



「そ、それは…どうしても今日、おいなごちゃんと撮りたかったからなのです…」




どうやら名東区から出る事によって発症する腹痛は、名東区に帰れば収まるらしく、名東区にいない時間が長ければ長い程に締め付けるような痛みを感じるそうだ。


そんな痛い思いをしてまで一緒に遊んでくれるのは嬉しいが、もう二度と、彼女の辛そうな顔は見たくない。




「メイちゃん…今度から、らんらんらんどで撮ろ…?」



「は、はいなのですっ」



「…ほんとに、今は痛くないんだよね?」


「はい! 本当に今日は楽しかったのです!」


「よかった。 …じゃ、また遊んでね。」



まだ彼女についてわからない事も沢山あるが、それはきっとお互い様で

これから少しずつ、時間をかけて知っていけばいい。

電話を切る前に、彼女は元気いっぱいな声で

私達が会うきっかけになった日と同じようにこう言う。



「またいつか、名東区においでよなのですっ!」

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