第24話 帰路

「ぜぇ…ぜぇ…」


「……アル…ホント、締まらないね。」


「師匠……?」


飛鳥を背負うアルはミョウチョウから出国し、少しした所で疲れ切っていた。月夜には意外なことだが、アルの身体能力は高くない。基本的に全てが人並み程度…いや、鍛えてこれである。人並み以下と言ってもいい。


「ちょ……休憩しようぜ……」


現在の飛鳥は酷く軽い。下手をすれば月夜ですら軽々と背負いながら歩けるだろう。


「師匠。その身体能力でなんで師匠はあの様な戦いが出来るのですか?」


「おまっ…結構抉りこんでくるな…。」


月夜の辛辣な言葉がアルの心に突き刺さる。悪気がないからこそ余計に響くというものだ。


アルはコホンと一呼吸置いてから考え始めた。


「んー、俺が思うに剣術は筋力じゃないんだよ。そりゃあるに越したことないけどな。でも本当に大切なのは身体の使い方だ。」


「身体の…使い方?」


「身体操作ってやつだ。如何に自分の身体を思い通りに動かせるかがキモだ。実は俺の雷成や普通の技もそんなに力は入れてない。」


全ての流派には当てはまらないが、少なくともアルは我流で剣の腕を磨く内にその答えに辿り着いた。それも1つの心理と言える。


「ええっ!?あれ程の技が…!?」


「そうだな…お前ならいつか使えるだろうしコツを教えてやる。一番弟子だしな。」


そう言ってアルは腰の刀に手をかける。


「まず左腰を引き重心を低く、そして半身で構えてみろ。」


「は、はい!」


「あーもう少し捻りって言うか…反発力を使えるように腰を入れろ。」


突然始まった訓練にスキュアは入りきれずややムッとしている。しかし筋力と能力を両立させた剣術を使うスキュアにとって、アルの技術に特化した剣術は非常に興味深い。そのため、黙って聞くことにした。


「お、いいぞ。次に敵の隙、自分の中のタイミングを見計らって鞘を後ろに引き、同時にカタナを抜く。」


「ふっ!」


月夜は見事な動作で居合を放った。空気が裂けはらりと落ちる木の葉を斬り裂いた。


「おお、やるな!元々習ってたのか?」


「はい、と言っても軽くですけどね。」


「へぇ…でも教え方が悪かったのか?無駄も目立つし連動がなかったぞ。」


月夜にはアルが言っている意味が分からなかった。それどころかスキュアにすらも伝わっていなかった。


しかしスキュアはアルの強さの秘密…とでも言うべきか。それが知れるような予感を感じた。


「そうだな…例えば斬る動作だがこの動きの中で必要な箇所が動いていれば究極に近い動作になる。だけど月夜も左近も不要な動きが多すぎる。逆に必要な箇所の動きは少ない。」


アルはつまり、と付け加えると刀を抜き軽く振る。


「これがお前の振り方だ。不必要な動作を除き、必要な動作を組み込むとこうなる。」


アルはもう一度刀を振るう。先程とは違い刃がブレ、空間が裂ける。同じ力加減でも全く違った次元になる。


「振る瞬間に関節を連動させるのもコツだ。まぁ…これに関しては難しいかもな。」


時が止まるほどの集中力がなせる技だ。やろうと思って出来ることではない。…だがスキュアや月夜ほどの才能の持ち主なら、或いは可能かもしれない。


「な、なるほど…?とりあえず師匠が凄く高度な技術を使っていることは分かりました。」


「いや、そんな大したことない。俺は人並みの能力しかないだろ?だから工夫して努力しただけだ。」


ゼロとも言える才能の差を努力のみで上回る男の言葉は謎の説得力に満ちていた。しかしアルは未だ、自らの力を過小評価している。条件さえ揃えばSランクに匹敵する力を持つのだがせいぜいBランクだと本気で思っていた。


「それに雷成は隙がでかい。本音を言えば左近が相手だと使う隙がなかったんだよ。」


「…はぁ…」


スキュアは溜息をつき呆れていた。アルが本気でそう思っているのが分かったからだ。


確かにアルが言っていることは間違っていない。しかし雷成は別だ。文字通り次元が違う人外の業。


例え敵の刃が当たる寸前からでも間に合ってしまう異常な剣速に加え、風による行動への妨害、すべてを切り裂く威力のどこが隙が大きいと言えるのだろう?


「まぁ雷成にもまだ改良の余地がある。」


「それよりも射程外の敵の対応のが先」


アル1番の課題はそこだ。剣が届かない場合、アルはEランクの底辺冒険者だ。しかしアルは口を歪めしたり顔でスキュアを見やる。


「ふふ、甘いなスキュア。この1ヶ月、月夜の相手だけしていたとでも?」


「ふーん?なら私に触れてみて?」


「ふっ…ならば見ろ!俺の移動術を!」


瞬間、アルの姿は消え一陣の風が吹く。月夜は慌ててスキュアを見るとそこには何もいなかった。


代わりに後方の岩にめり込むアルの姿があった。


「し、師匠ーーーーー!?!?」


月夜はすぐさまヒビだらけの岩を砕きアルを救出するが気を失っており頭から血を吹き出していた。




「スキュア殿、それにしてもよく避けれましたね。」


「勘。私も見えなかったけど大体直進してくるのは分かったから後はタイミングよく移動するだけ。」


スキュアにすら見えない速度だが、時間を止めるアルならば目視出来る。……だからと言って方向転換が可能かと言えば話は別だ。避けられたらアルに出来ることはただ直進する事しかない。戦闘よりも暗殺に向いた技かも知れない。


「今のはカグヤに伝わる奥義”縮地”ど似通っています。見たことも無い技ですが伝承の通りです。」


「確か…消えたかのような速度で懐に飛び込む移動法だったよね?」


「はい。まぁ…制御出来ない速度でとなると…」


「奥義とは言えないね。」


「ま、待て…今のは踏み込み過ぎた。補助も、もう少し調整すれば…」


アルがした事は至極単純。無駄のない動きで地面を踏み込み、能力による速度の補正をしただけだ。なら歩数と能力の調整をすれば速度は落ちるが制御出来るはずだ。


「ついでに模擬戦もやろうか?」


「え、い、いやぁ…武器も真剣だしやめとこうぜ…?」


アルとしては帰宅してからの模擬戦もしたくない。出来るなら有耶無耶にして忘れ去るつもりだが、スキュアが許すかどうか…と言ったところ。とりあえずこの場は収めておく。


「そっか。残念。」


「ああ…じゃあ行こうか。俺の息も整ったことだし」


アルは安心したように寝ている飛鳥を起こさないように背負い直し、歩き始める。


「月夜、お前そう言えばどこに泊まってるんだ?」


「一応、ギルド推奨の宿に宿泊してますが…」


月夜が借りれるランクの宿だと、狭く完全に一人用だ。となれば飛鳥はアルかスキュアの家に寝かせることになるが…倫理的に見てスキュアの家になるだろう。アルはスキュアに目を向けるとすぐに返事は飛んできた。


「うん、いいよ。」


「任せたぞ。起きたらスープから食わせてやってくれ。」


「うん。」


その後、数回休憩しながら次の日の晩にアル達の国に辿り着いた。スキュアはアスカを背負い自宅に。アルと月夜はギルド方面へと向かう。


しかしそこで事件は起きた。

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世界で2番目に強い英雄 慈庵 @aj08154

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