第21回 壁から手って生えがちシリーズ2 ー 最狂のストーカー、いつでもどこでも彼女の肩から指を差してくるマン

 忘れもしない二十六歳の頃。

 唐突に交際相手が湧いて出た。本当に、湧いて出た。


 創作などということに手を染めている上に、異性の視線を奪えるようなビジュアルなど皆無な私にとって、男女がお互い気になり出すには何らかの「きっかけ」があるものだと信じて疑っていなかった。

 その時までの経験でも、相手にも私にも、恋愛に発展する「きっかけ」があったのだ。

 二十六にもなって初めて、「なんとなく」で恋愛は始まるものだということを知ったのである。


 その女性は一ヶ月前に入社したばかりの別部門の同僚で、私は上司という事になっていた。

「ハァ?」と思う人は正常である。

 別の部門の一般社員が上司であるものか。あるのだ、これが。第十三話でも登場する、業務内容取り決め書その他はガン無視のブラック企業だったからだ。


 前途の交際相手となった女性はやたらと綺麗な人だった。初見ではほぼノーメイクに近い状態で面接にやって来たが、その時点でもかなり人目を惹いた。

 だが、私の視線を彼女へと誘導したのはその容姿ではなかった。

 肩にやたらと指が太い手が乗っかっていたのだ。

 断面は見えたことがない。

 見えている時はいつでもこちらを指差していたのだ。


 危ない場所には近づかない。

 それを実践していた私は当然彼女を避けて生活するようになったのだが、私に避けられていることを彼女が私の上司に相談したらしく、それもできなくなったのだ。


 そして、私は上司によって個別研修という名目で、彼女に製品知識をマンツーマンで仕込む事になってしまったのだ。

 人伝に聞いたことだが、彼女はその時思ったらしい。絶対に視線を合わせてこない。こいつはきっとチョロいDT野郎だと。


 自分の肩にオッサンの(と思われる)手がのっていて、私が怖くて避けていたとは思っても見なかっただろう。


 研修を中はなぜか身の上話ばかりされた。

 彼女はやたらと吸収が早く、時間がよく余ったのだ。


 やたらモテたらしい。まぁ、ビジュアル的にはそうだろう。ただ、付き合ってもすぐに別れてしまうので、そのうちどこの女子グループからも爪弾きにされてしまったらしい。

 多分、肩にオッサンの手が乗ってるからじゃないかな。


 千葉のいいお家に嫁ぎ、一年ほどで子供ができなくて放り出されてしまったらしい。

 一年ねぇ。肩にオッサンの手が乗ってるからじゃないかな。


 ここの会社に派遣でくる前は今で言うパパ活をして食いつないでいたらしいが、連絡が取れなくなったらしい。

 それは肩にオッサンの手が乗ってるからじゃないかな。


 他人の不幸話は何となく好きで、聞くだけ聞いて突き放していた私だが(もちろん直接肩にオッサンの手が乗ってるよと言ったことは無い)、ついに彼女に直接的な誘いを受け、それを断れなかった。

 女性の方、あるいは嗜好が男性の方に分かっていただきたいのだが、モテない男というのは大変なのだ。自分に心も身体も許してくれようという人に出会える確率など、宝くじに当たるような確率なのだ。

 僅少な出会いの機会を物にし、たとえ振られたたしても経験値を積んで、次に賭ける他ないのだ。


 ついつい熱くなってしまったが、とにかく私はたまに見えるオッサンの手よりも、女性と付き合えることを優先してしまったのである。


 だが、そこからが大変だった。

 彼女の携帯はひっきりなしに鳴るのだ。それが、彼女がかつて付き合っていた男からだった。彼女が離婚したと知り、ストーカー化したのだ。

 彼女の家に突入してきたこともある。


 今思えば異常な話だ。

 彼女は着信拒否もしなければ、新居の住所も教えていたのだ。

 だが、目が曇った非モテの私はその事実を疑問にも思わず、ストーカー化した彼を困った奴だなぁと思うだけだったのだ。


 だが、彼女の家の前でその男と鉢合わせになり、彼女と別れてくれと頼む彼をなだめていた時のこと。


「ちょっと手見せてくれない?」


と、何気なく質問したのだ。

 その瞬間、彼はテーブルに置いた財布や携帯がっと掴み、靴も手に持って逃げ去ってしまったのだ。

 そのうろたえぶりから、何となく察した。

 恐らく、彼にも見えていたのだ。


 そしてその日、私にも変化が訪れた。

 一時は女性と付き合えるという欲求を満たせることで気になっていなかった手が、彼のうろたえぶりを見て、妙に恐ろしく感じ始めたのだ。


 私は彼女とは『見える期』に会わないようになった。

 オフィスで手が見えないことを確認してデートに誘い、手が見えた時は徹底的に避けた。


 それからしばらくして、私はあまりの激務に耐えかねて転職、彼女も派遣先を変えた。

 すると、彼女はよくダメな男がいて困るという話をするようになり、恐らくその相手に乗り換えようとしていることが、私にも分かった。

 もれなくオッサンの手が付いてくる彼女に限界を感じていた私は、彼女の誘導するがままに別れることができた。

 別れた瞬間は今も覚えている。すさまじい達成感があったのだ。



 一度、前の勤務先の付近で男と歩く彼女とすれ違ったことがある。その男はかなり背が高く、太り気味で、分厚い体つきをしていた。


 思わず、はっと息を呑んでしまい、彼女に気付かれたが、お互いに無視して通り過ぎた。


 あの男の手は、明らかに右肩の手と一緒だった。











 ……なんて劇的な最後なら良かったが、毛むくじゃらなその男の手は彼女の肩に乗っていた手とは似ても似つかなかった。

 あの手の主が誰なのか、なんで乗っかっていたのか。やはり、全く分からない。

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