第20回 運転ダメ、ゼッタイ……なんだけど……。

 れーかん持ちは免許取得率ないしはペーパードライバー率が高い。私の体感だが。

 大体のれーかん持ちは自分が運転する以前から、車に乗っている時に何かしらの怖い経験をするからだ。

 とはいえ、私や私の家族は怖い目に遭っても必要に駆られて運転していた。


 私が初めて車に乗っていておかしなものを見てしまったのは幼い頃で、もう覚えてすらいない。ただ、いくら変な物を見ても、運転への憧れはそのまま持ち続けていた。

 そして、大学に入ってすぐに車を手に入れた。ゴルフ部に所属していたので、どうしても必要だったのだ。ゴルフはお金がかかるので、割の良いキャディのバイトをしつつ、練習をこなしていた。今思えば、学校、ゴルフ場、オンラインゲームの世界をひたすら行き来するどうしようもない生活だった。

 そんな中、運転中に何度となく嫌な経験をした。まだ自分の中にはっきりと、「危ない場所には近づかない」の精神が植え込まれていない時期だった。


 都内から茨城のゴルフ場へ向かうのはいつも深夜だった。高速道路を使わずとも道が空いていていて、途中で通る有料道路の通行料が夜間は無料になるからだ。

 左に湖、右に田んぼ、街灯は皆無。対面通行でオレンジ線の追い越し禁止という、あまり有料道路に思えない道を深夜十二時から一時に通過すると、数度に一度はおかしなものに遭遇した。

 何故か、一台のパトカーに追いつくのだ。

 かなり古い車だったと思う。角張った古風な後ろ姿でナンバーはかすれていて読み取れず、ドーナツ状のテールランプからすると、恐らくスカイラインだった。

 しかし、そのテールランプは一度として点灯した事はなく、ヘッドライトすら点灯していなかった。まるで背後から照らすこちらのヘッドライトを頼りにしているかのようだったのだ。

 最初は飲酒検問のために隠れているのだと思っていたのだが、それなら走っている必要などないだろう。しかも無灯火などという違反運転を警察がしているはずがない。払い下げか廃車を勝手に乗り回している馬鹿者だなとも思ったが、暗闇の中で無灯火運転にチャレンジするとは考えにくかった。

 一度こちらが路肩に止めてライトを消して待った事もあるが、真っ暗で何も見えなくなった中でその車は走り去ったらしく、前から消えていた。

 謎のパトカーに出会う度に、私はノロノロ運転を強いられるので、相手が何であれ、腹が立っていた。もし本物のパトカーだったらという心配で追い越しもかけられなかった。だが、速度が遅すぎる事を伝えるくらい良いだろうとある日思い直し、パッシングをしながら後ろをべったり走っていた。パトカーは全く無反応だった。

 いつの間にかパトカーへの恐怖なんて消え去っていて、出会う度にパトカーにべったり付いて走るようになっていた。ハイビームにしてパトカーを煽るなんて稀有な経験だったと思う。


 しかし、私がパトカーを見た最後の日。私は二度と夜にこの道を走るまいと誓った。

 その夜のパトカーは、速度を上げては落とすを繰り返し始めたのだ。煽り運転を止めれば良かったのに、私はムキになって追走していた。

 そして、唐突にパトカーが止まったのだ。かなりの速度だったが、パトカーは音もなく、本当にピタっと止まったのだ。私はブレーキを踏んだが、間に合わなかった。ABSが激しく車体をガクガク揺らした。しかし、パトカーにぶつかる感触はなく、私の車は止まっていた。そして、目の前にはパトカーが止まっていた。

 私はすぐに車を少しバックさせて、パトカーの横を追い抜いて私はひたすら速度を上げてゴルフ場の宿舎へと急いだ。麻痺していた謎のパトカーへの恐怖が戻ってきたのだ。


 それ以来、私はその道を夜通過する事はなくなった。

 そして、世話になっているゴルフ場もいつの間にか名前が代わり、キャディを使わない乗用カート方式になって、もうその道を通る事も無くなった。

 あのパトカーは一体なんだったのかは分からない。しかし、暗闇の中で40km程度の速度で走るという離れ業、私の速度を完璧に把握しているかのような走り。それは明らかにおかしな物だった。

 本当に馬鹿な事をしたと今も思う。私はいつの間にかその存在に意識を絡め取られて危険な運転を繰り返していたのだ。

 おかしな存在に意識を向けず、努めて無視して運転するなど、到底無理である。

「見える人」はそれを肝に銘じておいていただきたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る