第18回 ライアン、それ意味あったの?
これは私がニューヨーク州の東側に住んでいた頃の話である。
はっきりと『生き霊』というものを初めて見たのがこの経験だろう。
ちなみに読後感はモヤモヤしかもたらさない。そして多少の残酷描写がある点を事前に断っておく。
クラスメイトのライアンは小学校三年にしてかなりの身長を誇る子だった。
大人の言う事を聞くのがとにかく嫌いで、逆らう事で損をする変な奴だった。
しかしライアンは明らかにれーかん持ちだった。私はライアンの変な人を見たという話が好きでよく連んでいた。
ただ、惜しむらくはあまりよく覚えていない。彼の話す事はリアリティがある事もあれば、明らかな創作も混じっていたからだ。
アメリカ全土での常識かは分からないが、私が住んでいたニューヨークもシカゴも夏休みが三ヶ月程あった。子供達はそのうちの二ヶ月くらいを自治体が運営するデイキャンプというアクティビティスクールに通うのが普通だった。
勉強は特にせず、グループで大学生や専門のインストラクターとアメフトやアーチェリー、大きな粘土を使った図工など、普段出来ない事を楽しむのである。
その日、私達のグループはプールでずっと遊んでいた。
私はライアン達と一緒に犬かき勝負をしすぎて背中が日に焼けてしまい、それに気付いた友人に思いっきり背中をひっぱたかれ、あまりの痛痒さに笑いながら悶絶してしまった。
そこから日焼けした背中や腹をひっぱたいて手形をつけ合う勝負が始まってしまい、私と友人達は服に着替えもせずそれに興じていた。
その時である。
ライアンは腹を思いっきり叩かれた後、急に「トイレに行きたいけど背中と腹が痛い! 動けない!」と言い始めたのだ。
トイレはプールから見えるが、広い天然芝グラウンドのずっと向こう側にあり、子供の足では走っても五分はかかる。男子は皆そこらで出来るので問題はないのだが、ライアンが足を震わせながら押さえていたのは、事もあろうに尻だった。
別の意味で悶絶し始めたライアンに気づき、水泳のインストラクターは何を思ったか、プールのすぐ脇にある藪の地面をシャベルで掘り始めた。
ライアンは当然「そんなところで出来ない」と抗議の声を上げたが、その間もライアンの顔はどんどん紅潮し、緊急事態を告げていた。
そしてライアンが「アァ! ノー!」と言い始めた次の瞬間だった。
ライアンからもう一体のライアンがはみ出るように現れたのだ。
もう一体のライアンは全力疾走でプールサイドの階段を駆け下り、そのままグラウンドを駆け抜け、トイレの建物の方へと消えて行ってしまった。
その姿は私の目にしか映らなかったのか、他の皆は苦しむ分裂元のライアンを心配し続けていた。
水泳インストラクターは苦しむライアンを無理矢理穴の前へと連れて行き、私達はその前にタオルを掲げて並び、目隠しをして事なきを得た。
泣きながら用を足し、「見ないでくれ」と懇願するその中で私は目の前で起きた現象に翻弄されていた。
その後、ライアンは変わらぬ日々を過ごしていた。
あれは幽体離脱という現象だったのか、私の妄想なのかはもちろん分からない。
ただ、あの日、何があったかライアンに問い質したかった。
しかし彼は急な差し込みによって衆目の中で野ウンという、小学生にとっては極めて残酷な現実を経験をするトラウマを背負ったのだ。
自分の魂の一部をトイレへ走らせるほど苦しみながら。
そんなトラウマを彼に思い出させる事など、私には出来なかった。
だが、トイレに魂を飛ばすという行為をもし彼が苦し紛れとはいえ、意図してやってしまっていたとしたら、是非とも質問してみたかった。
「ライアン、それ意味あったの?」と。
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