午後21時55分 T-21にあるNG本社45階

 対空砲火を潰され、挙句には海軍の突入を許したからか、上の階に上がれば上がる程、大魔縁の徹底抗戦は過激さを通り越して破滅的なものになりつつあった。

 大魔縁の大司教を称賛する言葉と共に爆弾を巻き付けて特攻する信者が増えて来たり、室内であるにも拘らずバズーカやランチャーと言った強力な火器を繰り出す者さえも居た。

 一方で味方の誤射フレンドリーファイアによって命を落とす悲惨な信者さえも居り、これは彼等の組織的行動が未熟なのが原因かもしれないが、だとしても味方に殺されるなんて悲惨でしかない。

 彼等の猛攻と抵抗を退けながら階段を上がり続け、遂に残す階も5階となった。45階の通路からは天井の蛍光灯から人工的な光が降り注いでおり、やはり上に行けば行く程に機能が昔のままに保全されているのが分かる。

 そして慎重に進むと、またしても目の前に三人の信者が現れた。が、手には武器を持っていない。木目調の防具と緑の頭巾を身に着けているだけだ。

「無駄な抵抗はやめろ。抵抗さえしなければ、お前達に危害を加えない」

 武器を構えた格好で三人の信者に降参を呼び掛けるサムだったが、向こうは何の反応も示さない。これにはサムも思わず舌打ちを飛ばし、隣に居たヴェラに確認を求めた。

「おい、連中は俺達の言葉を理解しているのか?」

「さぁ、日本語しか話していないから、もしかしたら理解出来ていないのかも」

「おいおいおい、共通語が使えたかと思いきや、また大昔に逆戻りかよ。とんでもないタイムパラドックスだな」

 言葉が通じないかもしれないという事実にサムが眉を顰め、どうやって降参を促そうかと考えようとした矢先だった。それまで微動だにしなかった男達が徐に片手を持ち上げ、握り締めた注射器を自身の首元に向けた。その注射器が何を意味するのかを刹那に理解出来たのは、ヴェラだけだった。

「待ちなさい!」

 ヴェラが咄嗟に制止の叫びを上げたが、時既に遅し。注射器の針は吸い込まれるように信者達の首に刺さり、プシュッという音と共に中身が彼等の体内に送り込まれる。

 そして空になった注射器が床に落ちたのと同時に、信者達の姿がみるみると変化し始めた。皮膚が樹皮のように変化し、黒い瞳を持つ両目は爛々と輝く金色の眼球に。更に両腕の服が裂け、その下から他のまもりびとに比べて一際ゴツい上に蟹みたいな鋏状に変形した腕が現れた。

「斧に持ち替えて! こいつらに銃は効かないわよ!」

 ヴェラが仲間達に武器の変更を促した矢先、三人の信者……いや、まもりびとはヴェラ達に向かって躍り掛かった。巨大な鋏がヴェラ目掛けて振り下ろされ、彼女は咄嗟に未だ手に持っていたライフル銃で相手の鋏を受け止める。が、鋏の挟力は想像以上に凄まじく、瞬く間にライフルが拉げ、最終的には切断されてしまう。

 切断されるのと同時にヴェラはマシンガンを捨てて後ろへ飛び退き、入れ替わる様に前へ出たサムが斧を振り上げた。迫り来る斧をまもりびとは鋏と化した巨腕で受け止めたが、弱点としている超高熱には流石に耐えられず、赤熱化した斧刃がみるみると腕に沈んでいく。

 その腕を切り落とすと共に、そのまま頭を叩き割って一体が地に伏すも、既に次の二体目がサムに迫って来ていた。

「くそっ、こいつら正気か!?」

「正気だったら自分でまもりびとなんかにはならないわよ!」

 ヴェラの尤もな言葉にサムは舌打ちを返し、自分に襲い掛かろうとしてきたまもりびとの側頭部に斧を叩き込んだ。まもりびとは痛みに耐えるような呻き声を上げながら斧を掴むも、サムが頭に刺さった斧を踏み付けて一層深く食い込ませると遂に力尽き、斧を挟んだ鋏が力無く抜け落ちた。

 最後の一体もオリヴァーとスーンの連携攻撃を受けて切り倒されるのを確認すると、サムは「やれやれ」と言わんばかりに腰に両手を当てながら振り返った。

「全員無事だな?」

「ええ、でもこれから先がどうなるか分からないわね」

「遂にまもりびとと言う手段で訴えてきやがったか。いや、寧ろよく今まで人間として戦い続けたものだと褒めるべきか?」

 ヘルメット越しに顎に指を添えながら考える仕草をしていると、遠くの方からポーンッというエレベーターの到着音が鳴り響く。そっちの方へ見遣れば、扉が開くのと同時に中に乗っていたまもりびとと化した信者達が此方に向かって来た。

 鋭い爪を生やした腕を肩の付け根から切り落とし、早速一体を片付けたオリヴァーが愚痴を飛ばす。

「この状況から察するに、遂に人間であり続ける事も含めれ形振り構わなくなったという事か!」

「今更でしょ! そんなのは!」

 スーンが同僚の愚痴に付き合っていると、通信から一階に居るハミルの声がやって来た。その通信には兵士達の悲鳴と銃声という危機を煽るような二重奏が加わっており、それを耳にしたサムは只ならぬ気配を感じ取って眉間に皺を寄せた。

『サムさん! 聞こえますか!』

「どうした!? そっちで何かあったのか!?」

『化物共が……正面入り口、そして地下からも続々と現れているんです! 現在海兵隊と一緒に力を合わせて共闘してますが、この数は捌き切れません! お、応援を―――や、やめろ! 来るんじゃない!!』

「ハミル!? ハミル!!」

 サムが必死に呼び掛けるも、そこでハミルとの通信は途絶えてしまい、以後彼との通信が復活する事はなかった。化物が正面入り口だけでなく地下から来るという事は、地下へ逃げた信者達がまもりびとと化して逆襲を始めたのだろうか?

 何にせよ、恐らくハミルのチームもまもりびとにやられたと見るべきだろう。認めたくない事実にサムは「くそっ」と小さく呟き、次いで人間性を忘れたかのような怒りの雄叫びを天に向けて吠えると、迫って来たまもりびとを憤怒の感情に従うがままに切り伏せた。

「くそったれ! この化物共が! 片っ端からぶっ殺してやらぁ!!」

「サム! 落ち着きなさい! こんな事をしてもハミルは生き返らないわよ!」

「ああ、分かっている! だけど俺だって人間だ! 怒りをブチ撒けて何が悪い!」

「連中の存在に怒っているのは私だって同じよ! けどね、怒るよりも前に自分のすべき事を忘れないで!」

 会話をしている間も二人は最前線で斧を振るい続け、迫り来るまもりびと達を寄せ付けない鬼気迫る戦いっぷりを披露した。それを見たオリヴァーの口から「すげぇ……」という感想が思わず零れていたが、それは彼一人の感想でなかったのは確かだ。

 やがてエレベーターから乗り込んできたまもりびとを全て仕留め終えると、ヴェラ達はエレベーターの前に立った。此処から最上階までは階段の類は一切無く、上る術はこの専用エレベーターのみだ。

「いよいよラストバトルか。漸くボスの面を拝めるんだな」

「大魔縁の大司教、カツキ・ホンダ……」

「ですが、これで全てに決着が着きます」

 オリヴァー、スーン、そしてトシヤがエレベーターを見上げながら今までの想いを振り返るような口振りで言葉を綴る。ヴェラも何か言うべきかと思ったが、三人みたい何処かの映画のワンシーンを彷彿とさせる台詞を言う気なんて皆無だった彼女は、言葉の代わりにエレベーターのボタンを押した。

 エレベーターの階数を告げるライトが徐々に降り、自分達のところに到着すると扉が開いた。中に乗っている信者はおろか、まもりびとの姿さえも見当たらない。要するに空っぽだ。

 もし追い詰められているのならば、此処で最後の悪足掻きとして爆弾を仕掛けるなり、エレベーターのワイヤーを切断するなりして最上階への到達を少しでも遅らせる筈なのだが……そういった手段すら取らないのは、何か奥の手があるからだろうか。

 そんな考えがヴェラの脳裏に過ったが、それを熟考している暇は無かった。背後からけたたましい咆哮が聞こえ、振り返れば自分達が上って来た階段からまもりびとの群れが続々と上がって来ていた。

 ヴェラ達はすぐさま武器を手にするが、彼等の前にサムが背を向けて壁となった。

「ヴェラ、先に行け!」

「でも―――!」

「心配すんな。俺達はもう少し化物共の余興に付き合ってから追い駆ける。まぁ、なるべく早く終わらせるよう努力はするさ。それと今回の騒動の主催者を見付けたら、ブチ殺さずに生け捕りにしてくれよ。俺も色々とお礼をしたいんでな!」

 そう告げるのと同時にサム達は駆け出し、豪快に斧を振りながらまもりびとを切り刻んでいく。その勇猛果敢な後ろ姿に険しそうな目線を暫し送った後、ヴェラは他の隊員達に目を配らせた。

「行くわよ」

「良いのかよ!? サムだけに任せても!」

「……サム達の手助けに行きたいのは山々だけど、階下のまもりびとがどれだけ此処に押し寄せてくるか分からないわ。連中の相手をして、私達が力尽きてしまえば此処まで辿り着いた意味が無くなる。サムはそういった可能性も考慮して、私達に全てを託したの。彼の想いを無駄にする訳にはいかない」

 ヴェラの言葉に反論出来る者は居らず、遂に四人はエレベーターに乗り込み、一人が開閉ボタンを押した。扉が音も無く閉まり始め、完全に閉まり切るその寸前まで、四人の目はサム達の戦う姿を映し続けた。

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