まもりびと

黒蛹

3752年5月4日

緑の災厄

 地下資源の枯渇による資源紛争、世界各国の列強達による利権及び利益確保の為の熾烈な競争、その余波を受けて拡大する難民に貧困層……。

 発達した人間社会は暮らしが豊かになったように見えて、その実、地球を貪る行為に拍車を掛けているだけに過ぎなかった。その結果が今日の隣人同士の争いを招いているのだ。


 悲惨な現状に憂いて手を拱くだけの者も居たが、中には自ら行動を起こす者も居た。過去の資源に成り替わる新しい資源の開発、戦争や競争を制する新たなルール作り、新たな秩序作り……。これらの行動の結果を誰もが希望に縋るかの如く期待したが、予想通りと言うべきか、各国は我が身可愛さしか考えておらず、話し合いの為に開かれた議会は紛糾するばかりで行動は遅々として進まなかった。

 やがて資源を巡る争いが膠着状態に陥り、人々が落胆と疲労の溜息を数え切れない程に吐き出した頃、画期的な新たな資源が日本で誕生した。


 高純度エネルギー『グリーンエナジー』……通称Gエナジーと呼ばれるソレは、遺伝子組み換え技術で生み出された巨大な人造樹木『ユグドラシル』から抽出される植物資源だ。


 木々から得られるという点では他の植物資源と何ら変わりはないが、ユグドラシル最大の特徴は何と言っても遺伝子を組み替えた事で手に入れた凄まじい成長速度、そして過酷且つ劣悪な環境下でも成長する強靭な生命力と順応性の高さにある。

 通常の樹木が大樹へと成長するには通常数十年~百年以上は掛かるが、ユグドラシルは僅か一年足らずで大樹となる。そして大樹となってしまえば数百年は生き続け、更に一本の樹木から搾取できるGエナジーの量は、数千万世帯が使用する消費エネルギーに匹敵すると言われている。おまけに元が植物なので、環境に優しいエコ資源という点でも脚光を浴びた。

 正に資源が枯渇した世界にとってGエナジーは救世主であり、同時にGエナジーを生み出した日本は世界最大の資源輸出国となった。

 そしてGエナジーによる輸出が始まってから50年が経過し、新資源開発で成功した日本は第二次経済成長の波に乗り、他の国々を置き去りにして更なる発展へと突き進む――――筈であった。


 日本にとっても世界にとっても、それは余りにも突然の悲劇であった。日本で栽培していたユグドラシルが突如原因不明の暴走を起こし、遺伝子改良によって得られた驚異的な繁殖力と成長力によって、沖縄を除く日本全土を瞬く間にユグドラシルの樹木で覆い尽くしてしまったのだ。

 

 この事故による行方不明者は当時の日本の人口と、日本への旅行や移住していた外国人も含めれば5億人近くに昇ると言われている。

 そして事故が起きた西暦3752年5月4日は日本の祭日にあたる『みどりの日』であった事から、後に人々は今回の事件をこう名付けて記憶に留めたのであった。


 『災厄のグリーンデイ』と。


 尚、この『災厄のグリーンデイ』が果たして天災なのか、人災なのかは今でも議論が行われているが、あれから十年余りが経った現時点でも結論に達していない。寧ろ各国の議論は日本の地で起こったユグドラシルの暴走究明よりも、日本亡き今、彼の国が独占していたユグドラシルの権利を誰が引き継ぐかが論争の中心と成り果てている。

 これでは国連を始めとする各国が謳う『世界協調』は、仮初の夢物語であると自分達から暴露しているようにしか見えない。国民達もトップの醜態に呆れ返っているかと思えば、ユグドラシルの利益が自国の物になる事を願っている風潮ばかりが目立つ。


 日本が生み出したユグドラシルは極めて素晴らしく、今では世界に欠かせない生気の大発明なのは疑う余地はない。だが、その発明をした事によって日本が被った甚大なる犠牲は軽んじられてしまうという皮肉が発生してしまったのもまた事実だ。


自然作家 ジェファード・F・ロッチ


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用語解説


『災厄のグリーンデイ(3752年5月4日)』

「3752年5月4日、日本各地で栽培されていたユグドラシルが原因不明の急成長暴走を起こし、日本全土がユグドラシルの樹木に覆われ魔の森と化してしまった事件。

 これによって死者は海外からの観光客や移住者も合わせて、5億人以上に達するのではないかと考えられている。この事件が人の手による人災なのか、またはユグドラシルが勝手に引き起こした天災なのかは今現在も謎のままである。

 尚、この事件で唯一ユグドラシルの栽培地に選ばれず、また本土から離れていた場所にあった為に被害を免れた沖縄と奄美大島は、事件後は第二日本セカンドジャパンと命名されるも実質はアメリカの傀儡となっている。その為に第二日本を正当な日本国家と認めないと反発する国も存在する」

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