女王様の「おしおき」よっ! ――夢探偵レイリィの「だらし姉」事件簿

猫目少将

 

File01 学園ストーキング洋館密室連続殺人事件w

01-1 夢探偵レイリィのトンデモ恋愛相談

「はあ~あっ……」


 自分でも情けない溜息が漏れた。ここは神明学園高等部。伊羅将いらはたくんが勝手に占拠してる寮母室だよ。伊羅将くんには、「レイリィ勝手に使えよ」とか言われてる。というか、飼い主として伊羅将くんに、そう言わせてるんだけど。あは。


 伊羅将くんが授業を受けてる間はヒマだわ、ほんと。なんたって私ほら、ただのニセ高校生だしさあ。こうして寮でゴロゴロするだけ。お金がないからマンガだって同じの何度も読んでるわけで、さすがに読み飽きちゃったし。


 仙狸せんり皇女おうじょなんだから、本当は今ごろ(……というか百五十年前の今ごろね)、母上や父上から夢に出る訓練を受けたり、おいしい仙狸のお菓子をたーくさん食べてすくすく育ってたはずなのに。なんで私、こんなとこで腐ってるのかな。


 ベッドの上でゴロゴロすると、ぐっと伸びをする。このベッド、伊羅将くんの匂いがするわ。まあ子供だけれど、いちおう、男にはなったよね。あのヘビみたいなサミエルの魔の手から花音ちゃん救出に成功して。


(わかりにくかったらゴメンね。↓ここの後だよ、今)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882246805/episodes/1177354054882273079



 伊羅将くんの枕抱え込んで、思いっきり匂いを吸い込んでみた。


「……ふぅ」


 いけない。なんだかモヤモヤしてきた。私ってバカね。髪の毛まで赤くなっちゃってるじゃない。もう、なんで臨戦態勢になってんの。仙狸ってば、さすが夢で精をもらう猫又なだけあるわ。――とか、自分で感心しちゃったわよ。もう、ちょっとだけ自分であれこれしてみようかなー……。


「ギイーッ」


 安もんのドア軋らせて、裏庭出てきちゃった。やっぱあれこれ止めた。なんだか情けないし。夢で伊羅将くんにマッサージでもしてもらえばいいもんね。夢なら、襲いかかられそうになったら、すぐ逃げられるしさ。夢を司る存在だから。あはは、伊羅将くん、かわいそ。私みたいな妖怪に取り憑かれてさ。えへ。


 それに、こっちも女を磨かないと。ベッドで転がってるばかりじゃ、仙狸の名折れだもん。ただでさえ伊羅将くんに「だらし姉」タイプとか言われてるしさあ。花音ちゃんに負けるわけにはいかないじゃん、はあ。


 春五月。今ちょうど昼休みだし、ぽかぽかあったかい。


 うららかな陽射しで、優しい風が花の香りを運んでくる。気持ちいいわー。……これジャスミンね。根付に封印される前、そう江戸時代に、震旦しんだん渡来の茉莉花茶まりかちゃを、そう言えば飲んだことあったわ。おいしかったー。


「……ようかなあ」


 あら、つるっぱげ銅像のとこで、思いっきり大きなひとりごと呟いてる女子がいるわ。ブレザーの制服だから、高等部ね。暇だから遊んでみるか。


「どうしたんでしょうか、はあ」

「あっ、その……うるさかったですか」


 なんか焦ってる。仕草がかわいいわ。女子っていいなあ。私もこんな娘の夢に出て、そっちの世界も開拓してみようかしら。精こそもらえないけど、気持ちいいよね絶対。


「なにか悩み」

「え、ええまあ……」

「なら聞かせてみてよ、私に」

「でも友達にも言ってないし……。あの、上級生の方ですか」

「私? 私はねえ……」


 困った。なんて言おう。これまでニセ学生バレてないから、なんも考えてなかったわ、設定。


「わ、私は物部。物部レイリィ」

「えっ……もしかして」


 今初めて私に気づいたみたいな顔で、こっちを見てきたわ。ショートカットでサバサバしてそうな、かわいい娘。伊羅将くんには紹介しないほうがいいかな。あの子、けっこうマジエッチだから、はあ。


「あの……鷹崎たかざきのバカから学園を解放したとかいう、物部伊羅将くんの……」

「うん」


 なんか知らないけど、伊羅将くん、有名人になってるじゃん。受けるー。


「そう。伊羅将くんのいとこで、高等部三年」

「先輩ですね。浅川鈴懸あさかわすずかけです。ここは中等部からで、今は高等部のコンパニオンアニマル科一年」

「かわいい名前。花よね」

「ええ。なんでも両親の出逢いに関係するとかで」

「ふーん。――それより、なに悩んでたの」

「えーと……」


 眺めるともなし、こっちを見てるわ。きっと迷ってるのね。私が信用できるのか。


「大丈夫。私、伊羅将くんより頼りになるし。なんたって学園探偵だからねっ」

「た、探偵?」


 眉を寄せてる。


「うんそう。学園お悩みごとよろず解決――って。えーと、伊羅将くんなんかと一緒に、なんでも屋部活、『よろず請負同好会』ってのやってるし。はあ」


 口からでまかせだけど。伊羅将くんのキャラ、移ったかな。


「そう……噂に聞く物部くんもいるんなら、頼りになるかな……」


 しばらく首を傾げてたわ。


「うん決めた。実は困ってまして。その……ストーカーというか」

「ストーカー。てことは、男女の愛のモツれねっ!」


 それ、愛の妖怪たる仙狸の大好物――とは言わなかったけれど。面白くなってきたわー。


「モツれる以前ですけど……一方的だから」

「なにしてんだレイリィ。こんなとこで」


 急に誰か割り込んできた。……リンちゃんか。


「えっ……。中等部なのに……」


 鈴懸ちゃん絶句してるわ。そりゃそうか。セーラー服にポニーテールの中坊が高三を呼び捨てじゃ。リンちゃん背も低いし。


「いいんだいいんだ。あたし、こいつ嫌いだし」


 ますます呆れて、目をシロクロじゃん。


「この娘は、リンちゃん。昔から因縁の――じゃなかった、仲のいいお隣さんで」

「まあ隣同士みたいなもんだな。同じネコマ――」

「この娘も同じ部活」


 見えないような角度で、リンちゃんの脇腹を思いっきりドツいてやったわ。息が詰まったりして。ザマみろっての。


「ねっ。それより話の続きしましょ、はあ」

「は……はい」


          ●


 話はこうだった。通学の電車でよく見る男がいた。近くの高校の制服で、見るからにチャラい奴。なんか気づくと近くに立ってたり、こちらが乗り込むとさりげに寄ってくるので、気持ち悪い。


 意識して避けるようにしたら、帰宅の下校駅までついてくるようになった。どこで聞いたのかこちらのIDを知って、SNSで絡んできたりする。ブロックしてもIDを変えてくるので、ラチが明かない。どうしたものか、困っている。


「そりゃキモいわ」


 花壇脇のベンチで、リンちゃんは唸った。


「あたしなら、噛み付いてやるんだけどな」


 リンちゃん、お気楽な娘。


「でも、面と向かって止めろって言ったら、かえって逆恨みされそうだし」

「だよねー」

「今のところ、下校のときは手前の駅で降りて、お母さんに車で迎えに来てもらってるんですけど、もうイヤんなってて」

「だよねー、はあ」

「あたしが噛み付いてやろうか」

「黙ってて」

「ちぇっ。せっかく……」


 天を仰いで、なんかブツブツぼやいてる。


「相手の名前とかは、わかってるの?」

「なんとなく。電車で仲間と会話してたし、仲間の部活バッグに校名書いてあったから」

「そうかー……」


 私の灰色の脳細胞が活動し始めたわ。よしっ!


「うん。いいこと思いついたわ」

「いいこと……ですか」

「そうそう。この『夢探偵レイリィ』に万事おまかせあれー、はあ」

「時代劇かっての」


 あきれたような瞳で、リンちゃんがツッコんでくる。


「それにその、夢探偵とかなんとかいうの。なんだよそれ」

「よろず請負同好会での、私の役割分担かな。リンちゃんは噛み付き魔ね」

「夢……探偵ですか?」


 鈴懸ちゃんは首を傾げている。頭のおかしな奴に相談しちゃったーという雰囲気だ。あはっ。


「まあ任しといて。なんとかするから」

「暴力とかはイヤですよ。逆恨みされるのも。いったいどんな――」

「そうねえ……」


 どうしようかなーっと。


「本人が勝手に思いっきり反省するパターンにしてみるわ。せっかく夢に出るんだし」

「夢?」

「ああこっちの話よ。そう、一週間だけ時間をちょうだい。この夢探偵レイリィさんに」

「なんだ、気に入ったみたいだな。その肩書」


 もう諦めたようで、リンちゃんは投げやりだ。ひらひらと近寄ってきた蝶々をからかって遊んでるし。


          ●


「どうすんだよ、レイリィ。あの娘、すっかり助けてもらえると思ってるじゃんか」


 リンちゃんは、レモン水のペットボトルを口に運んでるわ。ここは学園のピロティー。細かな情報を全部教えてくれた鈴懸ちゃんと別れて、ふたりで作戦会議ってとこ。


「まあ任せといて。このレイリィ探偵の、灰色の脳細胞に、はあ」

「……なんだよそれ。灰色のなんとかって」

「最近読んだマンガに出てた名探偵のセリフ。なんか元は小説とかで。……それよりリンちゃん、あなた別に関係ないでしょ」

「いや、あるだろ。話聞いちゃった以上な」


 なんだか楽しそうに笑ってるわ。


「それに……伊羅将も花音様の騎士に叙任じょにんされたからさ。ネコネコマタの世界によく呼ばれてる。剣技の特訓を受けたりとかさ」

「寮母の仕事も忙しそうだよね」

「そうそう。それやこれやでデートしてくれなくてさ、なんかヒマだから。それにあたしの部族、ちょっと今ゴタゴタしてて、気分悪くてよ。気晴らしに暴れたいというか……。なっ、あたしにも首突っ込ませろよ」

「私のこと、嫌いなんでしょ」

「それとこれとは別だ。あ、あたしだって探偵役くらいできるし」

「ははーあ……」

「な、なんだ。文句あるのか」


 口を尖らせてるわ。


「頭のいいとこ自慢したいんでしょ、伊羅将くんに」

「べ、別にそういうワケじゃないし」


 赤くなってるわ。こういうの、現代では「ツンデレ」って言うんでしょ。かわいそうだから、まぜてあげてもいいかな。いくら宿敵ネコネコマタの貴族の娘とはいえ。


「じゃあ、まず推理からね」

「推理?」

「そう。名探偵はこう……なんて言うのか、推理を働かせて怪奇な洋館での密室連続殺人事件を解決するわけよ」

「誰も死んでないけどな。密室もないし」

「要するにこの殺人事件最大の謎は……誰も死んでないってことね」

「……」

「それに密室もない。それこそカギだわ。犯人はどうやって死体も密室も、さらには洋館すら隠したのか」

「いや単なるストーカーだろ。噛み付いて脅せば解決じゃん。その……なんて言ったっけ」

藤田葛生ふじたくずお

「そう。その藤田のクズ野郎とかいうストーカー」


 またレモン水飲んでるわ。柑橘類って、ネコネコマタの好物なのかな。ネコはあの香り、苦手なはずなんだけどなあ……。あたしはOK。チューハイにレモン絞ったりするとサイコーで……。いけない。また国光くんと酒盛りしたくなってきたわ。


「なにニヤニヤしてんだよ。キモいな、レイリィ」

「祝勝会ね。国光くんと」

「勝ちはしないだろ。せめて祝賀会にしとけよ。それにまだ捜査に取り掛かってもないし」


 珍しく、リンちゃんにツッコまれたわ。お酒が絡むとダメね、私。はあ。


「いえ。もう事件は解決したわ」

「はあ? ストーカーの名前と住所とかID聞いただけじゃんか」

「それで解決じゃない。わかる?」

「全然」


 ブンブン首振ってるわ。


「んじゃあ、名探偵が教えたげるわ。いい」

「うん。まあ名探偵って、そういうものらしいしな。誰もわかんないのに、ひとりだけ謎を解くって」


 あら素直。


「目的は、ストーカーに連続殺人を止めさせること」

「いや、ストーキング止めさせることだろ」

「そうだけど……ちょっとカッコつけたくて、はあ」

「もういいよ、それで」


 呆れたような目で、こっちを見てる。


「……んで? んで?」

「なら後は簡単」

「どう簡単なんだよ」

「私の肩書、もう忘れた?」

「夢探偵とかいうトンデモネーム」

「ちょっとムカつくけど、まあいいわ。――要するに、私がそいつの夢に出るわけよ。住所氏名がわかってれば出られるから」

「郵便配達だな、まるで。便利な妖怪だ」


 自分だって妖怪なくせに。


「それで、ストーキングすると殺すぞとか、おっかない夢を見させる。それで解決」

「なんでだよ。相手に悪夢見させるだけじゃんか」

「これだからネコ頭のネコネコマタは……。いい。潜在意識に恐怖心を植え付けるわけ。そうなるとリアルの世界でも、ストーキングが怖くて仕方なくなるわけよ」

「それでやらなくなるのか。うーん」


 首捻ってるわ。


「あんたにしては、いいアイデアかもね」

「天才の推理よね」

「推理でもなんでもなくて、あたしとおんなじだけどな。結局脅すだけだから」

「リンちゃんと同じだからいいんじゃない、はあ。これで私たち、バディーね」

「はああ?」


 眉を片方上げてみせた。


「なんであたしが、仙狸なんかの相棒なのさ。宿敵じゃん」

「リンちゃんにも協力してもらうからよ。なんて言うか……。そう、キャスト。一緒に悪党の夢に出演よ」

「ひと芝居打つわけだな。……そいつは面白そうだ」


 天を仰いでしばらく考えていたわ。


「よし乗った。あたしたちはバディーだ」


 手を差し出してきたから、がっしり握り返したわよ。よろず請負同好会所属、夢探偵レイリィ(と噛み付き魔リン)、最初の難事件挑戦ねっ。はあ。

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