08:エンディング

 ノアがソレル研究所を出た翌日。ノアはサムと共に、レイチェルが入院する病院へ向かっていた。


「今ならやめてもいいんだぞ、サム」

「何を言ってるんですか。ここまで来た以上、後には退けません」


 サムとノアは、車を病院の駐車場に停める。そして、警備室へと入って行く。


「警察の者です。緊急の用事で、面会させていただきたいのですが」


 時刻は夜。一般的な面会時間は過ぎている。しかし、警察という肩書が効いたのか、病棟に入るためのカードキーを手に入れることができた。


「国家権力の濫用ってやつだな」

「面白そうに言わないでください、ノア」


 そして二人は、病棟のあるフロアに向かう。


「ノア、待ってください。ボブです」


 二人は壁の陰に隠れる。エレベーターホールの前で、ボブが一人うろついている。出入りするファミリーの人間を監視しているのだろう。


「ここは、僕が何とかします。エレベーターから彼を引き離した隙に、ノアは彼女の病室へ」

「頼んだ」


 サムは、余裕を持った表情を見せながらボブに話しかけ、喫煙所へと誘導する。何を言ったのかは知らないが、口が立つ奴だ、とノアは思う。

 そしてノアは、エレベーターで最上階へと昇る。一番奥にあるのが、レイチェルの個室だ。しかし、最大の難関は、彼女の個室を守っているであろうファミリーの存在である。実際、彼は有能なボディーガードに遭遇した。


「お前、確か……」


 金髪の、ケヴィンと呼ばれていた男。彼が個室の前に立っていた。


「警察が何の用だ。しかもあんた、アンドロイドの担当だろ。今さらそれについて文句でも言いに来たのか?」

「違うね。ごく個人的な用事で来たんだ」

「個人的? 確かあんた、お嬢の知り合いか」


 ノアは、彼が警護についていてむしろ良かったと思う。話が早い。


「見ての通り、お嬢は重傷の身だ。いくら警察で、いくら知り合いだからって、ここを通すわけにはいかないな」

「ケヴィン? 誰か来たの?」


 レイチェルの声がする。


「アンドロイドの捜査官の野郎だ」

「……いいわ、入ってもらって」

「でも、お嬢!」

「聞こえなかった? 入れろって言ってるの」


 ケヴィンは渋々、扉を開ける。そうしてノアは、レイチェルの待つ病室へ入って行った。




「手ぶらでお見舞い? 嬉しくないわね」


 レイチェルは、半分身を起こし、ノアにそう言ってみせた。


「悪かったな。花が良かったか?」

「そうね。白い花が良いわ」


 何がおかしいのか、クスクスと笑うレイチェル。


「俺さ、感情受容障害起こしちまって、しばらくソレル研究所にいたんだ」

「あらそう。大変だったわね」

「お前の方が大変だったな」

「確かにね。でも、大分具合はいいのよ?」


 その言葉を裏付けるかのように、彼女に通されている管は点滴一つのみ。ずいぶんと回復しているようだ。


「俺さ。言いたいことがあって、ここに来たんだ」

「何?」


 ノアは呟くように言葉を紡ぐ。


「研究所にいたあの時から。俺はお前のことを、大切に思ってきた。それは、今も変わらない。気づいたんだ。やっと」


 レイチェルは何も答えない。指を組み合わせ、じっと俯いている。


「お前が俺のことをどう思っているかは関係ない。ただ、伝えたかった」

「そう」


 短い返事。訪れる沈黙。そして、零れ落ちる涙。


「何で今さら……そういうこと言うのよ、バカ……」


 レイチェルは、堰を切ったように泣き始めた。ノアは彼女に近寄り、背中に手を当てる。


「こうなる前に、言えればよかった」

「本当にそうよ。あたしだって、ずっとあんたと同じ気持ちだったんだから」

「なあ、このまま二人でどこかへ行くか?警察もファミリーも関係ないところへさ」

「バカね。映画のエンディングならそれでいいけど、あたしたちはこれからも生きていくのよ?」


 ノアはレイチェルの唇を奪う。レイチェルもそれに呼応する。


「あなたのこと、嫌いじゃないわ」

「俺も、嫌いじゃない」

「もう行った方がいいわ」


 ノアはレイチェルから離れ、こう言い放った。


「またな、由美子」




 病院を出たサムとノアは、あてもなく車を走らせていた。しかし、ずっとそうしてもいられない。サムがノアに問いかける。


「どこへ行きましょうか?」

「そうだな、例のカフェに行こう」

「なぜです?」

「あの看板娘をからかいに行こうぜ」


 そうして二人は、ネオネーストを駆けていく。その日は月が白かった。

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