07:達也と由美子

 入所してから一週間後。ノアは外出を許された。といっても、ソレル研究所には、もう二、三日いることになるが。


「お兄ちゃん!」

「よっ、ちぐさ。心配かけたな」


 ノアとちぐさは、研究所内のカフェで簡単な昼食を採ることにする。


「サムがね、仕事終わったら来てくれるって」

「あいつ案外、相方思いだな」

「案外どころじゃないよ。もの凄いよ。私が嫉妬しちゃうくらい」


 ちぐさはむくれてみせる。少し本気らしい。


「お前ら、うまくやってんのか?」

「もちろん。毎日電話してるし」

「よくやるな、サムもお前も」


 ノアはサンドイッチに荒々しく食らいつく。ここのサンドイッチは分厚く、口を大きくしないと入らない。


「なんかさ、カフェにいると思い出すよね。お兄ちゃんとお姉ちゃんと、三人でよくサンドイッチ食べてた」

「ああ……そうだったな」

「お姉ちゃん、いまどうしてるんだろうね? 時々、すごく会いたくなるんだ」


 ちぐさには、本当のことなど伝えられない。黙ったままでいる辛さ。それはサムも同じだろう。


「どうせ、元気にやってるだろ」


 ノアはそんなことを言うので精いっぱいだった。




 ちぐさが仕事に行ってしまったので、ノアは久しぶりに研究所内を一人で見て回る。そして、「プレイルーム」と書かれた部屋で立ち止まる。


「ああ、こんな所、あったな……」


 そこは、児童たちが休み時間におもちゃ遊びをする部屋だった。今は誰もいない。鍵もかかっていないので、ノアはそこに入ってみる。


「うわっ、この積み木まだあるのかよ」


 懐かしい感覚に、ノアはしばし思いを馳せる。そして、忘れていた彼女との思い出を蘇らせる。




「あんた、誰」


 一人で積み木遊びをする黒髪の少女。日本語で話しかけられたので、彼女も同郷だと分かった。


「磯部達也」

「ふうん。あたしは岡由美子」


 由美子はそのまま、積み木を積み始める。達也は横から、まだ積まれていない積み木を差し出した


「一緒に遊ぼうよ」

「別にいいわよ」


 二人はしばらく、積み木遊びに興じた。しかし、高く積みすぎたのか、ガランと音を立てて積み木が崩れてしまった


「あんたのせいよ、バカ」

「俺は悪くねえよ」


 達也は由美子を、生意気な奴だと思った。


「由美子はいつ、ここに来たわけ?」

「一週間前よ」

「じゃあ、俺とほとんど同じだ」


 由美子は崩れた積み木を片づけだした。達也もそれを手伝った。


「あたしたち、エンパスなんだってね」

「おう。セイシンショーガイじゃなくて、能力なんだって言われた」


 達也も由美子も、感受性が強すぎるあまり、日本にいる間は発達障害かそれに類するものだと思われていた。そして二人とも、友人を作ることがずっとできずにいた。


「エンパスは、エンパスと仲良くした方がいいんだって。先生が言ってたわ」

「じゃあ、友達になろうよ」

「わかったわ」


 それが、二人の出会いだった。




 達也と由美子は、何から何まで、全ての体験を共有した。

 エンパシー能力を制御するための講義、実践。何か月かに一回の校外学習。達也が夜中に抜け出して、由美子の部屋へ行くこともあった。

 そして彼らは、十六の時に初めてキスをして、十八になって肌を合わせた。ソレル研究所を出た後も、二人が共に生きていくことは、当たり前だという風に達也は考えていた。

 実際は、違った。エンパスであることをオープンにした達也と、クローズにした由美子。会う回数は少なくなっていった。互いに、別な異性と心を通わせた。

 達也が気づいた時には、由美子は他に居場所を見つけてしまった。ジョンソン・ファミリー。マクシミリアンという男の元に。




 夜になって、サムがデイルームにやってくる。


「本当に心配しましたよ、ノア。大丈夫ですか?今もしんどくないですか?」

「うるせえな、大丈夫だって」


 サムはほっと胸を撫で下ろす。サティアを通じてしょっちゅう伝言を交わしていたとはいえ、会うのは久しぶりだ。


「お陰さまでゆっくりさせてもらったよ」

「正直、仕事は大変でしたけどね」

「ああ、それは悪かった」


 勤労意欲の低いノアだが、さすがに相方に苦労を押し付ける羽目になったことは後悔している。


「それよりよ。重傷を負ったのは、由美子だろ?」

「なぜそう思うんです?」

「お前の分からない、っていう返事で、分かったんだよ」


 観念したサムは、そっと頷く。


「俺の気持ちが揺らぐと思って黙っててくれたんだよな。でも、大丈夫だ」

「本当にそうですか?」

「いや、すまん。正直言ってキツい」


 ノアは俯いて、奥歯を噛み締める。


「ボブによると、どうやら意識は取り戻したみたいですね。心配ないと思いますが」

「俺さ、ずっとここに居て思ったんだよ」


 ノアは顔を上げ、サムの顔を見る。


「あいつと、もう一度会いたい。会わなくちゃいけない。このままじゃ、感情に収まりがつかないんだ」


 サムは少し考え込んだ後、口を開く。


「しかし、彼女と会うのは至難の業です。ジョンソン・ファミリーの幹部ですからね」

「だからこそ、入院中の今がチャンスだと、俺は思っている」

「本気ですか?」

「俺もあと少しでここを出られる。手伝ってくれないか、サム」

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