三章

01:ソフィア





 アリスの一件は、デッカード部隊にとって、数多くの謎を残した事件であった。

 まず、キース・ブルームは、アンドロイド不法所持の容疑で逮捕された。事情聴取を行ったが、彼はダイナからアリスを譲り受けた事以外は本当に何も知らず、唯一知らされていたとすれば、ジョンソン・ファミリーがアリスを狙うかもしれない、ということだけだった。

 次に、アリス自体であるが、メモリーが消去されている上、復元は不可能だった。これは、アリスが壊れる直前に、そうなるようプログラミングされていたものと思われた。

 最後に、ソフィア・リッツについてだが、ジョンソン・ファミリーとの関与について、口を割ることは無かった。そして彼女は、居なくなった。この世から、永遠に。


「何も……何も死ななくてもいいじゃない!」


 ソフィアが居た机を、アレックスが叩く。嗚咽を漏らす彼の背中を、マシューがさする。

 アレックスが、ソフィアにあれこれ世話を焼いてやっているのを、デッカード部隊のメンバーは知っていた。彼女の自殺を受けて、最もダメージが大きかったのは、間違いなくアレックスなのだ。


「スパイでも何でもいい。あんたは、あんただったんだからさ……」


 ボスはアレックスの元へ歩み寄る。


「葬儀は、うちの職員として、行う。制服に着替えて来い」


 アレックスは顔を上げ、こくりと頷く。




 警察本部の屋上のベンチ。葬儀を終えたアレックスとマシューは、互いに黙りこくったまま、ただそこに居た。

 柔らかな風が、彼らの髪の間をすり抜けていく。少し喉が渇いたな、とアレックスは思う。


「サムから、聞いたんだが」


 マシューが遠慮がちに口を開く。とうとう沈黙に耐えられなくなったらしい。


「アリスという機体。サムは、心を持っていたのではと考えているらしい」

「そんなバカなことあるわけないでしょ。いくら人の形をしていても、機械は機械なんだから」


 いつものつんけんした彼の口調に、マシューの顔がほころぶ。


「でもその内、出てくるかもしれないぞ。お前たちエンパスでもわからない、本当に感情を持ったアンドロイドがな」

「それって何百年先の話なんだか」


 よいしょ、と掛け声をかけ、アレックスはベンチから立ち上がる。


「そろそろ戻ろうか。ボスに心配かけちゃまずいしね」




 デスクに戻ったアレックスとマシューは、長らく手を止めていた完結事案の事後処理に取り掛かる。向かいの席の二人も、ひどく忙しそうだ。あれだけ派手な事件になってしまったのだから、当然ではある。

 アレックスは時折、ソフィアの机を見遣る。コーヒー要りませんか、そんな彼女の声が、今にも聞こえてきそうなのである。


「アレックス。お前、今日は帰った方が良いんじゃないか?」


 マシューの言葉にアレックスは首を振る。


「大丈夫だよ。今日中にキリの良い所まで終わらせて、それから休むから」

「無理はするなよ」


 それから、デッカード部隊の四人は揃って残業をし、フラフラになりながら帰路に着く。




 アレックスは一人暮らしをしているマンションに辿り着くと、着替えないままベッドに倒れ込む。一匹の黒猫が、心配そうにアレックスの顔を覗き込む。


「よしよし、ごめんね、お腹すいたねえ」


 アレックスは、服を一枚一枚脱ぎ捨てながら、黒猫の餌を準備する。そういう習慣があるものだから、洗濯機を回す前の彼の部屋は、服だらけで酷い有様だ。

 最終的にボクサーパンツ一枚になったアレックスは、化粧を落とし、髪をかきあげる。普段は女性のように見える彼も、身体つきと顔が露わになれば、立派な男性だとよくわかる。

 しかし、実の所、彼は自身のことを男だとも女だとも思っていない。自分でもわからない、と言った方が正しいか。

 熱いシャワーを浴びながら、アレックスは自分の仕事について考える。サムとノアは、アリスの事案を通して、何かを得たか、または失ったかのように見えた。


「さて、次はどんな仕事かな?」


 アレックスの呟きに、答える者はいない。ただ、水音だけが、その空間を満たしていた。

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