第二章(1) 私とお父様

 

 あれから、二週間程が経ちましたの。




 あの日見た光景は、未だ誰にも話せておりません。




 藤枝がいなくなって二週間。




 行方不明とされた藤枝のことを、

お屋敷の中では使用人たちが声を潜め、口々に憶測を飛び交わせております。





 どのお話にも必ず尾を付けておりますのは、

藤枝がお父様のお手付きになられた使用人だったということかしら。



 その話は藤枝が居なくなる前からも、どこから漂ったのか、密かに囁かれておりました。



 まぁ、それもそうでしょうね。





 だって私から見ても、お父様と藤枝はまるで昔から知っている間のような、

取り分け親しいような……。





そんな間柄に見えたもの……。お母様はそれを聞いて、酷く悩んで……。






 いえ、怯えていたのかしら。




 お母様がそのお話を耳になさった時、嫉妬や恥ずかしさというものではなく、恐れを抱いているように思えてなりませんでした……。





 どうしてなのかしら。

お母様の気性を思えば、お怒りになるのが平生。

子爵の妻として叫び乱さずとも、お父様にチクリチクリとお言葉をお刺しになるはずなのに。



 噂にも聞きますが、

十数年前にあった痴情の一件でお母様は、たいへんお気をお乱しになられたと

か。





 それを思えば、激昂なさらないなんておかしなお話。





 何故、怯えているように見えたのでしょう。






 お母様も藤枝もいなくなったお屋敷。

その報告を受けたお父様の父性が働いたのか、

はたまた単なる気紛れか。






 お父様が今日は帰っていらっしゃるみたい。








 私はそれをお部屋で待っているのだけれど、お庭にあるあの穴は、


相変わらず蓋をほんの少しずらして口を開けていらっしゃいます。


 

 




 藤枝が消えた日の本当の話をしたって、誰も信じてなど下さらないのでしょうね。

 








 だから私は、藤枝のことを知らないとしか言いようがありませんの。

 








 誰も信じて下さらないようなお話なんて、








 するに足りないことでしょう。








 私のために。



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