愛と青春の旅だち

 「プロスペクター」の紹介をされて部屋に戻る途中、


「いやー、真っ赤なカラーリングはいいとして、ボンネットにデカデカとあの「六つ目」だっけ? あのマーク書かれちゃうとなぁ……赤備えみたいだ」


「おや? そういえば英雄様も似たような服を着ていますね。やはり元の世界でも龍神様とお関わりに?」


「いや、これは俺の先祖の――ん?」


何か黒っぽい影が横を通った。

そして次の瞬間――


「あああ―――ッ!!!」


一歩遅れて歩いていたアミィの叫びが聞こえてきた。



 「盗られた……」


なにごとかと振り返った俺とローランの目の前に、呆然と立ち尽くすアミィがいた。

何か足りない気がする。


「杖! 盗られたッ! 龍神様の大事な杖がッ! ヤバい! あの杖が無いのはめちゃくちゃヤバい!」


「盗られたって……俺たち以外には誰も……」


「あ、あいつだッ!」


アミィの指さす方を見ると、遠くの城壁の上に小さな人影が見えた。

一瞬だけだったが、長いものを手に持っているように見えた。


「今ならまだ間に合いますね!」


俺とローランは同時に走り出した。

俺はまっすぐ犯人の方に向かったが、ローランは途中で曲がった。

コーサ―で追いかけるつもりだろう。

たしかに乗ってしまえばそっちの方が速い。

しかし、そうこうしてるうちにどんどん犯人に逃走の猶予を与えてしまう。

とにかくどっちに向かったかだけでも見ようと俺は走った。


「わ、わたし、人を呼んでくるね!」


そう言ってアミィは俺たちとは全然違う方向に行ってしまった。


 城壁の前には着いたが、真っ平らだ。

昇れそうなものはなにもない。


「くそッ!」


悪態をつきながら、辺りを見渡す。

すると、修復中だったんだろうか、少し離れたところに、足場が組んであった。


「ちょうどいい!」


ちょうど城壁のてっぺんくらいの高さまで組んである。

その足場をなんとかよじ登ると、走っていく犯人が見えた。


「マジかよ……」


犯人は街の建物の屋根の上を、軽々と飛んで逃げていた。

その時、下の道路にさっきのコーサ―が見えた。


「ローランッ! ここから真っすぐ街の外へ向かってる! 屋根の上だ!」


「ここから真っすぐ……?」


ローランは少し考えて


「英雄様! 犯人の逃げる先には、横長の大きな建物が見えませんか!?」


もう一度犯人の方を見ると、たしかに犯人の向かってる先にあまり高くはないが横に大きい建物が見える。


「ああ! あるよ! その建物の方に向かってる!」


「なるほど……。フフ、バカな盗人だ」


ローランは踵を返すと、事務所の受付に向かっていった。





 「はっはっはッ! バカな盗人もいたもんですなぁ!」


杖を盗んだ犯人は、あっさり捕まった。

さっきローランが言っていた、横長の大きな建物とは、警察署のことだった。

犯人は知らなかったのか、それとも単純にバカなのか、盗みを働いておいて警察署へと向かっていたのだ。

それを知ったローランが警察署に通報して、飛び込んできた犯人をそのまま確保、というわけだ。


「まさか、中将殿がいるとは犯人も運が悪かったですなぁ!」


「はっはっはッ! しかしまさかローラン殿の目の前で盗みを働くとは!」


警察署の目の前で、ローランとずいぶんと体の大きい男が笑い声をあげる

年齢は中年くらいだろうか。

浅黒い肌に白い髪とヒゲが眩しい。

制服が筋肉でパツパツになっている。

こめかみの辺りから羊のような太くて大きい角が、Jの字を描いて顔を包むように伸びている。

思わず、かっこいい角だなぁたまに角生えてる人が歩いてるけど、こっちの世界だと普通なのかなぁ? と見つめてしまった。


「おや、すみませんでした、英雄様。こちらの方は、ロバート・J・ハイドロという方でして、こちらの警察署で署長を務めておられる方です。昔は帝国軍の中将として大活躍をしていただきました。」


「ああ! あなたが英雄様ですか! いやあ、昨日の召喚の時は忙しくて行けなくてね! ロバート・J・ハイドロです。よろしく!」


浅黒くてゴツくて大きな手が差し出された。


「初めまして。真田玄幸です。」


俺は差し出された手を握り返したが、ちょっと俺の手には大きすぎた。


「うんうん! 小さな手だが、うん。君なら大丈夫。」


「いえ! そんな! 間違いかもしれないんです! 俺の先祖ならともかく、俺に英雄と呼ばれるほどの理由を感じられなくて――」


「ん? そうなのかい?」

「しかし時には、自分よりも他人の方が君のことをわかっている時もあるだろう。きっと何か理由があるんだ。君の先祖ではなくて、君が選ばれた理由が」


勝手に呼び出して大役を押し付けている側の人間が言うのもなんだが、心配しないで。と、握手していない方の手で、俺の手をポンポンと叩いた。

浅黒くてゴツくて大きくて暖かい手だった。


「あああ―――ッ!!!」


またアミィの悲鳴だ。


「どうしたのアミィ。またなんか盗られた?」


「違うわよ! 見て! これ見て!」


アミィの言われるがままに、捕まった犯人が持っているアミィの杖を見ると


「あ!」


先端の宝石が光っていた。



 「ちょっと! どういうことこれ!」


興奮気味のアミィが、署長とローランの間に座らせられている犯人に詰め寄る。

しかし、犯人は答えない。


「ちょっと! 無視すんな!」


犯人が被っていたフードを、アミィが無理やり剥がした。

犯人はさらに、口元から耳くらいまでをマフラーみたいなもので覆っていたが、その顔は明らかに

女の子だ。


 アミィも意外な犯人に一瞬たじろいだが、またすぐ詰め寄った。


「ちょっと! なんで無視するの! なんか答えてよ!」


口元をマフラーですっかり隠したポニーテールの女の子は、ぷいっ! と横を向くと、


「バカって言われたからヤダ……」


と言ってむくれた。


「わたしじゃないじゃんそれ!」


アミィもむくれる。


「ところでアメリア、その杖がどうかしたのか?」


さっぱり状況のわからない署長が口を開いた。


「ああ、これ龍神様の杖なんだけどね。冥王退治に必要な竜士が持つと光るのよ」


ほらこの青い宝石みたいなのがね、と犯人からぶんどり返した杖を署長に渡して説明する。

ほうこの青い宝石みたいなのが、と受け取った杖を署長がまじまじと見つめる。


「ほら! 今の聞いたでしょ? あれが光ったってことはあなたも竜士なの! そうなの?」


アミィが犯人の女の子の顔を覗き込む。


「し、知らないよ。綺麗で高そうだったから盗っただけ」


「ほ、ほら! 龍神がどうとかお母さんとかから聞いたことない?」


「知らないってば!」


うーん、こうもあっさり見つかるとは……


「ところでアメリア」


ちょっと戸惑った感じの署長の声。


「もう! 今度はなに!」


「オレも……竜士なの?」


署長の手の中で幾分小さく見えるアミィの杖が、青白く光っていた。





 翌日、皇帝のいる城の前の大広場。

前日に準備を終えた俺たちは、大量の荷物を積んだプロスペクターの前にいた。

俺らの記念すべき旅立ちの日である今日は、休日ということもあって、たくさんの人が集まっている。


「英雄殿、突然呼び寄せておいてこのような大役を押し付けてしまい、大変申し訳ない……。

しかし、先日も申した通り、もはや頼れる者はあなたしかおらんのだ。どうか、よろしく頼む。

皇帝である私にできることがあれば何でも申してくれ。死ねと言われればこの場で死ぬ覚悟もできておる」


「い、いえ! そんな! どうかそんなに思い詰めないでください! たしかに最初は戸惑いましたけど、今はなんで俺の先祖じゃなくて俺が選ばれたのか知りたいという気持ちもできています。きっと何か理由があるんだと思います。自分ではわからない理由が」

「だからもし、俺に何かあったとしても皇帝陛下のせいだとは思わないでください」


「英雄殿……少なくとも私は、あなたが英雄として呼ばれるに相応しい人物であると思いますぞ」


「ありがとうございます――!」



 「すまんな。ほんとは付いていって手助けしてやりたいんだがな」


俺と皇帝の会話を終わるのを見計らって、署長が話しかけてきた。


「いえ、世界を救うのも大事ですが、庶民の安全を守るのもまた、大事なことです」


「そういってもらえると助かるよ」


と、そこで警察の制服を着た若い男が群衆をかき分けてやってきた。


「ボス! ここに人が集まってるのをいい事に、ダウンダウンの方で強盗です! なんとか犯人を食い止めてはいるんですが、相手は巨人族と獣人のハーフのようで手が付けられなくて……」


「ぬう……それはたしかにオレの出番だな。ちょっと待ってろ」


署長が俺の方に向き直る。


「とまあ、こんな感じでな。オレの助けが必要な時はいつでも呼んでくれ!」


「頼りにしてます!」


はっはっはッ!と笑いながら署長はダウンタウンの方へ走っていった。



 「隊長! ほんとに行かれてしまうのですか!?」


ローランの前に鎧を身に着けた十数人の騎士たちが、綺麗に並んでいる。


「お前たち、団長たるこの俺がしばらくの間留守にしてしまうのは本当に申し訳ないと思う」

「しかしこれは我がペンドラゴン家の使命であり、世界を救うという大役を仰せつかったのだ! なんともありがたいことではないか」


「しかし、道中は魔物で溢れかえっていますし、相手はあの冥王。隊長の身にもし何かあったら――」


「案ずるな! この俺を何だと思っているんだ! 帝国軍の団長であり! お前たち「電撃戦隊」の隊長だぞ! その俺が簡単にくたばると思うか!」


「しかし隊長――」


「そう心配するな。わざわざ異世界から来てくださった英雄様もいるんだ。必ず冥王を倒して戻ってくるさ」


「隊長……」


「俺が留守の間は頼んだぞ、副長」


ローランが眩しい純白の鎧の騎士の肩に手を置いた。


「ハっ! このオリバー・ランセロ! 命に代えてでも団長の留守を守ります!」


「心意気は嬉しいが死ぬのはやめてくれ。寂しくなる」


「うぅ……たいちょう……」



 隊員たちのすすり泣きを背に受けながら、ヴィランティフに跨ったローランを、今度は女性たちが囲む。


「ローランさま! ほんとに行かれてしまうのですか!?」


「そんなに心配なさらないでください皆さん。冥王を倒すまでの間だけです」


「しかしローランさまの身にもしものことがあったら――」


「もしものことがあったら泣かせてしまう人がいるのなら――必ず帰って来なければなりませんね」


そういって、トドメの微笑み。

ローランを囲んでいた壁は、黄色い声と共に崩壊した。



 「元気でねアミィ……あなたのことは一生忘れない……」


「ちょっと! なんで死んだみたいになってるの!」


アミィは同じ年くらいの男女に囲まれていた。


「うぅ……俺はお前と一緒のクラスで楽しかったよ……あっちに行っても、俺たちのこと忘れるなよ……」


おそらく同級生と思われる男が、空を見上げて呟いた。

みんなもそれにならって空を見上げる。


「なんでさっきからそんな扱いなのわたし!」


「まあ、冗談はさておき、ほんとに気を付けてねアミィ。英雄さんやローランさまは強くても、あなたは何もできないんだからね」


「何もできないわけじゃないよ! 簡単な回復魔法ならできるもん!」


本当に怒ったのか、ついに子供っぽい怒り方になってしまった。

さすがにみんなも空気を読んだようで、死んだことにするのはやめて、普通に別れの挨拶をしだした。


「なにかできることがあったら言ってね」

「無理はするなよ」

「英雄と騎士団長と旅する巫女なんて――ちょっとかっけーな」

「これ持っていってね」


「ん? なにこれ?」


「私……あなたみたいに旅をすることになった時のために……とっておいたんだ……絶対役に立つから……」


「ふーん……ありがとう! なんだかわかんないけど大事にするね」


アミィは貰ったものを首にかけた。

綺麗な石の付いたペンダントだった。



 「さて、それぞれ別れは済んだわね」


それぞれ別れが済んだところで、プロスペクターの元へ集まっていた。


「よし、荷物も積んだし、行こうか」


そうしてプロスペクターに乗り込んだ時だった。


「英雄殿!」


走ってくる皇帝が見えた。


「皇帝陛下!? どうかされましたか?」


クロはすでに座っていた運転席から降り、外へ出た。


「ハァハァ……いやなに、これを渡すのを忘れていてな」


と言って皇帝は手紙のようなものを差し出した。


「これは?」


「英雄殿が英雄殿であるということを皇帝の名で証明するものだ。おそらくどこかで役に立つであろう。このようなことしかできることがなくて申し訳ない……」


「いえ、ありがとうございます。大切に持っておきます」


「うむ、では、気を付けてな」


「はい! 必ず竜士を見つけ、この世界を救ってみせます!」


静かにうなずいた皇帝は、優しい顔をしていた。



 「いやあ、待たせたね」


今度こそ運転席に乗り込んだクロは、後ろの座席で首に巻いたマフラーに顔をうずめている少女へと語りかけた。


「うん、かなり待ったぞ。早く行け」


「なんだ、昨日はめんどくさそうにしてたのに楽しそうじゃんあんた」


昨日、たまたま盗んだ杖が光ってしまった女の子は、あのあとアミィに連れ去られ、小一時間無理やり質問攻めに遭い、説明を聞かされていた。

帰ってきたときには、一日休憩無しで働かされたコンビニのアルバイト店員のような顔になっていた。


「ぜ、全然楽しくなんてない」


なんて言いつつも、見たこともない車にテンションが上がっているのか、今はとてもキラキラしている。



 「それでは皆さん! 異世界からお越しくださった、我らの救世主たる英雄様を、どうか盛大な拍手でお送りください!」


ローランの声を聞いた群衆が、一斉に手を叩く。


がんばってー

期待してるぞー


という声の中を、先導するヴィランティフに付いていく。

手を振られれば振り返し、声をかけられればかけ返す。


「おお! すごいなこれ! 勝手に動くぞ!」


後ろに乗っている少女は、やはりテンションが上がっていたようで、一人興奮している。


「すっげぇ嬉しそう……」


そう思ってふと見たバックミラーに、頭を下げた皇帝の姿が見えた。

見えないのは分かっていたが、俺も頭を下げた。

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