I CALL YOUR NAME

 この世界で1、2を争う大きさのジーアス帝国。

経済的にもかなり豊かで、あらゆる面で他の国よりも進んでいる。


整備された街と、適度に配置された警察に国の豊かさも手伝って治安はかなり良く、冥王が現れるまでは国民の幸福度ナンバーワンの国であった。

ちなみにこの国の警察は、半分は試験に合格した志願者、もう半分は一部の現役軍人と屈強な退役軍人によって組織されていて、めちゃくちゃ強いうえに見た目がかなり怖いので、ヤンキーなんかは結構ビビっている。


 魔法を使う人がいたり、地球じゃ見かけないような見た目の人たちがいたり、随分ファンタジーな場所だと思ってたけど、イメージとは違った。

地球ほどじゃないけど、ファンタジーな世界の割には意外と技術は進んでいるようだ。


まだ大金持ちしか買えないような値段らしいけど(地球のクラシックカーの様な)車もあるし、街並みもドイツの古くからある街だよって言われれば納得するくらいの発展ぶりだ。

聞いた感じでは、学校なんかもあまり地球と変わらないように感じた。


 ところでなんでドイツを思い出したかというと、なんかドイツにこの国に似た街があったからだ。

えーっと……なんだっけな? なんかリングみたいな名前だったと思うんだけど……

まあ、いいや

とにかくその街と同じように、この国は一周をぐるりと城壁で囲まれていて、綺麗な円形になっているらしい。

違う所は城壁のさらに外側を、河の流れを変えた天然の水堀みずぼりになってるってとこか。


そしてその綺麗な円を描いた国の中央に、大きなお城が立っている。

プラハ城より大きくて、ノイシュバンシュタイン城より綺麗なお城だった。

そのお城の皇帝の執務室。

玉座の間に比べるとすごく小さいが、しかし、とても豪華なその部屋に。

初対面の相手に土下座されて困っている俺がいた。


 「いやまあ、話は分かったけど……」

「やっぱり間違ってると思うよ?」


こっちの世界にやって来て初めて会った、あの巫女みたいな女の子に、額を床に付けて土下座されてしまっている。


「いえ! 龍神様がお選びになったんです! 間違っているはずがありません! どうかお願いしますッ!」


困った。

いきなり「世界がヤバいんです! 助けて英雄様!」って言われてもな……。


「もう一回聞くけど、この世界は今、冥王のせいで滅びかけてて――

龍神のお告げで、異世界の英雄と龍神の子孫と言われる10人の「竜士」なら冥王を倒せる、って言われて俺が召喚されたんだよね?」


「その通りです!」


土下座の姿勢のまま巫女みたいな女の子が答える。

ちょっと聞き取りにくい。


「いやあ、やっぱりその龍神様が間違えたんだと思うなぁ……」


「なぜそんな頑なに……?」


俺が英雄だと信じて疑わないこの巫女みたいな女の子に、俺は自分の素性を教えてあげた。


「まず俺の名前は真田玄幸さなだくろゆきっていうんだ。」

「俺の国の人なら、名前でもうピンと来るんだけど、俺の先祖は真田幸村さなだゆきむら。俺の国の人がほとんど全員聞いた事があるくらい有名な武将なんだよ。」

「あ、武将って言って分かるのかな? 将軍とか騎士団長とかみたいな感じだと思ってもらえばいいのかな?」


「ほう……つまり英雄様はすごい方のご子孫という事ですね」


「そう、だから俺じゃなくて、龍神様は俺の先祖を選ぼうとしたんじゃないかなぁ」


「うーん……」


 そう、俺の先祖は真田幸村だ。

赤備えの甲冑に身を包み、十字型の槍を振るって活躍したあの真田幸村だ。

今でも「真田十勇士」やゲームやドラマなんかの創作物にもよく出てくる、あの真田幸村だ。

だからこそ、俺が召喚されたのはおかしいと思ったのだ。

比較的身近な存在に英雄とされてもおかしくない人物がいるのに、わざわざ俺が召喚されるわけがないと思ったから。

俺はそんな英雄と呼ばれるような事は何も、戦どころかケンカもした事がない、ただの一般人だから。


「いや、龍神様が間違うはずはなかろう。」


今まで黙って俺と巫女みたいな女の子のやり取りを見ていた、体が大きくて、長い白ひげが生えている、いかにも身分の高そうな老人が口を開いた。


「えーと……」


「む、そういえばまだ名乗っておりませんでしたな。失礼を許してください英雄殿。私はバルカ・ジーアス。このジーアス帝国の皇帝であります。」


「こ、こうてい……!?」


そりゃこんな大きな城にいるんだからそのうち王様の一人や二人出てくるだろうと思ってたけど、まさかこの目の前にいた人がそうだったとは……

ただでさえそんな身分の高い人の前にいる事なんてないのに、普段聞きなれない「皇帝」という響きに、思わずたじろいでしまった。


「こ、これはご挨拶が遅れてしまい失礼致しました皇帝陛下! そうとは気付かずに……」


「そんなに身構えないでください英雄殿。あなたは龍神様に選ばれた、この世界の救世主となられるお方。この老体よりもずっと重要な人物だ。」


見た目が今にも雷を放ちそうな、ものすごい威厳と威圧を放っているのでてっきり怖い人かと思ったが、良い人そうだ。こんな大きな帝国の皇帝ともなると違うなぁ


「い、いえそんな……間違いかもしれませんし……」


「いえ、それはあり得ません。」


今度は皇帝の横にいた、これまた皇帝と同じくらい年のいった人物が食い気味に会話に入ってきた。


「私はこの国で大司教を務めておる者です。龍神様が間違う事はありえません。」


その言葉に皇帝も頷く。


「我がジーアス帝国は、建国以来幾度となく危機に陥った事がある。原因は戦争だったり、災害だったり様々じゃが、その全てを龍神様のお導きに従って脱してきた。今の今まで一度も間違ったお導きだった事は無い。此度も龍神様が間違っているとは到底思えん。」


「しかし……」


反論しようと思ったが、皇帝に一切の疑念の無い、真っすぐな眼差しで見つめられてしまい、言葉を発せられなかった。


そして皇帝は座っていた豪華で重そうな椅子から立ち上がり――


目の前の机に手を付いて、額をこすり付けた。


「頼む! 英雄殿! 我が帝国の力だけではもうどうしようも無いのだ……あなただけが最後の希望なのだ! もし失敗しても誰も責めない! もし危険な目に合わせておいて、本当に龍神様の間違いだったのなら死んでだって詫びる! 

ただ……ただ……民たちに、まだ希望はあると! 本当に最後だが、望みはあると! 見せてやってほしいのだ……絶望の内に憔悴しょうすいしきって滅んでいくのだけは……可哀想で……申し訳なくて………どうか……どうか……」


玉座の間に比べるとすごく小さいが、しかし、とても豪華な皇帝の執務室に、皇帝の叫びと嗚咽おえつが響く――





 玄幸は大きなお城から出て、アミィと一緒に広大なお城の敷地内を歩いていた。


「皇帝にあんな頼まれ方して、断れるわけないよなぁ」


玄幸が呟く。

結局引き受けてしまった。

あの怖そうだが良い人そうな皇帝に、あんな頼まれ方をして断れる人間がどれほどいるだろうか。


「ほんとに、引き受けてくださってありがとうございました英雄様。」


アミィが深々と頭を下げる。

そのまま土下座しそうだ。


「そ、そんななんか特別な扱いしなくていいって! まだ自分を英雄だとは思えないし。」


「いえ、龍神様に選ばれたというのは間違いないと思います。その証拠に英雄様は龍神様のシンボルの入った服を着ていらっしゃいますし。」


そう言ってアミィは玄幸の服を指差した。

そこには真田家の家紋である「六文銭」が描かれている。

赤が好きだからたまたま着てただけなんだけど……

家にいっぱいあるし……


「その模様は龍神様の特徴である「六つ目」を表したもの。晒すだけで魑魅魍魎が去っていくという魔除けでもあります。」


偶然ってあるんだなぁ……


 「あ、そういえば名前はなんていうの? まだ聞いてないよね?」


アミィは玄幸の目を見つめ、微笑みながら名乗った。


「私はアメリア・リヴィエールと申します。龍神様からお告げを賜る「龍神の巫女」を務めております。」


背中くらいまである黒髪が綺麗なかわいい女の子だとは思ってたけど、微笑まれてちょっとドキッとしたのは内緒だ。


「あ、アメリアっていうのか。じゃあアメリアちゃんさ、もうちょっと砕けた喋り方できない?

歳近そうなのに敬語で話されるのってあんまり好きじゃないんだよね」


学校でも後輩には普通に話せと言っている。1個や2個しか歳が違わないというのに何をそんなに偉ぶる必要があるのか。


「え、そうなの? なぁんだせっかく頑張って慣れないのに敬語で喋ってたのに……」

「あ、あたしアメリアだけど皆はアミィって呼ぶから好きな方で呼んでいいよ。あたしはあんたの名前ちょっと発音し辛いからクロって呼ぶから」


「お、おう、じゃあアミィって呼ぶよ」


思ったより砕けてきたな……いいんだけど



 「しかしなぁ、皇帝に言われて引き受けたのはいいけど何をしたらいいんだ?」


「とりあえず、「竜士」を探さないとね。あ、一人はもうわかってるから会いに行ってみる?」


「え、もうこの国にいるの?」


なんだ、この国にいるのか。もっと大冒険しなきゃいけないのかと思った。


「この国どころか、そこにいるわよ」


そう言って彼女が指差した方には、絵に描いたような騎士たちが出入りする建物があった。

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