7. 本心はどこに?(木曜・金曜日)

1話 ソナチネ

 誤解とはなんだ……? 身支度しながら考える。絵莉香さんはいい人そうに見えて険悪なところがある。だから誤解したというのは、私を誘うための口実ではと思った。行かなくてもいい。

 忘れたほうがいいことがあるのかもしれない。何があったのかはわからないが、今さら関係がよくなることなんてないだろう。


 ふと思い出した。穏根川にまだ行っていない。


***


 学校の帰り道、岸野さんといっしょに帰った。


「近くにおいしいと評判のシュークリームが売っているんだ。何度か寄ったことあるんだよ」


 岸野さんは微笑みながら私に言ってくる。

 あまり家から近いと、いつでも行けるからという理由で、食べる気になれないというのが本音だ。とはいえ、ひさしぶりに、その某店の甘いものがほしかった。


「わたしも、あまいものが食べたいな」


 私は頷いて同調する。


 この辺りは駅から離れ、閑静な住宅街だ。街路樹が両脇に植えられている。まだ都市部とは離れているから、ビルも少ない。歩道をテクテク歩いた。

 

「あった。ソナチネ」


 モーツァルトの演奏曲を連想させる店名だ。実際に入ると、ウィーン古典派(18世紀後半~19世紀前半)の音楽が流れるから、最初に来た人はびっくりするだろう。きょうはG線上のアリアがお出迎えしてくれた。冠婚葬祭のときに流れるあの定番曲だ。

 ちなみに、店長が飼っていた愛犬が死んだとき、バッハの『マタイ受難曲』が流れていたと兄から聞いたことがある。客の表情が強張って見えたという。ふだんは明るく優雅な曲が多いのだが。


 店長はなかなか姿を見せないが、ジャムおじさんのような風貌をしている。店員は奥さんと娘さん、ほか数名だ。

 仕事帰りの一人のサラリーマンが、ショーケースの前で選んでいた。イートインコーナーでは、他校の女子高生二人が、あんみつやプリンを食べながら雑談していた。


 前のサラリーマンが買い終えると、目元と口元にかすかに微笑みを浮かべながら帰った。待つ人がいるから、心おどっているのだろう。今度は私たちが注文する番だ。


「シュークリーム2つください」

「シュークリーム1つにプリン2個ください」


 岸野さんに続けて、私も注文する。

 ショーケースから店員のお姉さんが取り出す。「生ものですからお早めにお召し上がりください」との常套句じょうとうくを添えられ、品物が渡される。別々に会計を支払う。


***


 住宅街の歩道を出ると川が見える。どこにでもあるふつうの河川だ。

 日が少し暗くなり始め、周囲をコウモリが飛び立っている。カラスが数羽集まり、椋鳥むくどりが群れてきた。風のため木々が、小刻みに揺れていた。


「何か気がかりでもあるの?」


 フェンスの前で岸野さんが立ち止まると、そっとつぶやくように聞いた。


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