4話 怒りと信頼

「何かあったのか?」


 ソウ君に聞かれると、拭かれたのが涙だと直感した。ほとんど無意識だった。


 袖口に指先で触れてみる。わずかに湿っていたが、濡れてはいない。

 目覚めて顔を上げたとき、ソウ君が涙に反応したわけでないから、話し始めてからだったのだろう。


 わるい夢から解放され、ソウ君と話しただけだった。けれども緊張が解れて、涙が出た――恥ずかしさが再びこみ上がる。


 表情を見せたくなくて俯き気味に、ただ「なんにも」と否定しかけたが、思い当る節があった。


 かぶりを振って、二重否定する。


「ううん。あった、けどね……意味がわからないんだ」


 ぼくは俯いたまま目線だけをソウ君に向けた。眉が少し寄る。


 ソウ君は時計を見た。そして口を開けた。


「10分ぐらいは話せるかな。聞かせてくれないか」

「うん」


 きょう会った遠崎さんのこと、彼女が中学時代の友だちだったこと、なぜか彼女が急にキレ出したことなどを話した。


彼女遠崎さんの事情はわかるけれど、何か引っかかるんだ」


 顔は上げられない。目線もまともにソウ君に向けられない。さっきとは違う。


「そうだな。一理ある」


 ソウ君が言うには必ず大学へ進学する人ばかりじゃないけれど、給付型や無利子の奨学金を貰ったり、国公立大学を目指したりする等の選択肢がある。


「悩み抜いた末、答えを見つけ出せないのかもしれない。証拠はないが、探せば見つかるはずだ。いずれにしても、都合がわるいからといって、人に当たっていいわけじゃないよな」


 ソウ君は遠崎さんに同情心を見せつつ、たしなめもした。ぼくは黙って頷き、先を促した。


「お前にも過去との付き合いで、彼女に対し落ち度がなかったとはいえない。俺の知るゆきは、高校の時からだ」


 はっとした。ぼくは俯きがちの顔を少しあげ、チラッとソウ君に目線を送った。 今の現象と繋がりがあるかもしれない。記憶の空白を埋める何かがわかれば、そこから考えを組み立てられる。


「ゆき、深入りするんじゃないぞ。お前はその子に構ってやれるほど、暇な人間なのか?」


 過去を知る人間は重要人物だ。だけど深入りしすぎると、元に戻る可能性を広めるばかりか、足元がすくわれかねない。数日前までのぼくが既に過去の物となりつつある。けどぼくには未来もある。それを


「潰されてたまるものか」


 拳をギュッと握りしめた。

 拳を緩める。……感情をストレートに出してしまった。こんなことはあまり経験がなかった。自分でもおどろき、我に帰る。


 ソウ君は頷いてから(ように見えた)、ぼくに呼びかけた。


友紀ゆき


 我に返ったところで、ぼくは素直にソウ君を見る。


「俺が聞けるのはここまでだ。続きは部活か、帰り道でやろう。それと……」


 ソウ君は語を継ぐ。


「肩の力を抜けよ」


 ソウ君が微笑む。朝の日差しで彼が優しく包まれていた。友だちも苦しんでいたかもしれないのに、自分が情けなくなった。


 ソウ君がそう言った後、彼は軽く手をかざし、教室を後にした。ぼくはその背中に


「ありがとう」


 とハッキリとした声で見送った。それはこれ以上心配させないということと、友だちを信じるということだった。


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