2話 旧友 遠崎絵莉香

 最寄駅の茗谷みょうだに駅に乗ろうと思った。一等地にありそうな名前の駅だが、小金持ちが集まる地帯であって、特別裕福というわけでもない。


 ふと雑踏の中、ある私服の女の子が目に入った。

 髪の長さは肩にかかるぐらいで、今のぼくと同じくらいだ。どこかで見たことあるような。

 その女の子はふと足を止め、人を掻き分けながら近寄ってきた。


「ゆきじゃない?」

 

 ……だれだっけ。わざわざ来てくれるし、どこかで会った気がするから、お互いに知っているはずだけど。


 身長はぼくより2cmくらい低い。髪の毛は橙色が少しかかっていたが、近くに寄らないとわからない程度だ。ふわふわとした黒のブラウスの上に、薄いピンク色のカーディガンを羽織っていた。ショートパンツに膝下のニーソックスを履いている。靴はかかとが高くないヒールだ。


「ええと」


 彼女はムッとしたような表情をした。それは一瞬だけで、何事もなかったかのように笑顔になる。


「中学2年のとき一緒だった遠崎絵莉香とおさきえりかだよ」


 言われると、心のなかでああっ、てなる。


「ああ、えり……」

「思い出してくれた?」


 彼女はやや興奮気味に問いた。

 この子とは1~2年生の頃いっしょだった。岸野さんより話す時間が長かったかもしれない。そのときの癖で、「えりかちゃん」と言いそうだったが、もう高3だ。勘弁してくれ。


「絵梨香さん、どうしたの?」


 急に彼女が意地悪そうな顔をしたのは気のせいだろうか。表情は笑顔に戻るが、目が笑っていなかった。


「呼び捨てでいいって……直らないね」

 

 ため息混じりに言われるようなことなのか。

 とはいえ、久しぶりに会った女友だちを呼び捨てにできる人間でもない。


「ごめん、わたしはこれから学校に行かなくちゃいけない」

「あんたはほんとう、真面目だよね」


 彼女の口調と表情は柔らかいが、目線がこちらを見たまま動かなかった。


「わたしは高校卒業したら、働きなさいと言われたんだ。そしたら残りの学校に行くのが、虚しくなって……。悠長に大学へ行ける人が羨ましいわ」


 なぜだろうか。同情してもいいとは思うけれど、背筋が凍る冷たさを覚える。

 周囲の行き交う人の数人が、はっとしてこちらを一瞬見たが、通勤通学の時間帯だから、すぐに駅の方に顔を向け直す。


 ポツポツと雨が降り出した。


「ごめんね……。間に合わなくなるから」


 ぼくはスクールバックから折り畳み式の傘を取り出しながら言った。

 駅構内まで50mもないが、風邪を引いている身だから無理はできない。それに時間がなくなるし、これ以上その場には居たくなかった。

 ぼくは傘を開き、軽く会釈してから早足で、その場から離れようとした。 


 身を翻すとき、絵莉香さんの目元がつり上がったように見えた。話に付き合わなったから、怒っているのだろうか。

 ぼくは軽く眉根を寄せるが、彼女にその表情が見えたかはわからない。ぼくは駅構内に溶け込んだ。


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