13話 迷いを払う

「物事を暗く考えないほうがいいんですかね」


 ぼくの言葉に対し、綾子さんはニッコリしながら語を継ぐ。


「そう。肩に力を入れないでね」


 肩の力が自然に抜けた。来る前は強張っていた肩が、嘘のようにほぐれていた。


「お蔭さまで気が楽になりました!」


 ぼくが感謝の言葉を伝えると、綾子さんは「よかった」と口にした。彼女はまるで、自分のことのように嬉しそうな顔をしていた。


「でも私、友紀ちゃんのこと、不安に思うな……」

「だいじょうぶですよ。励ましてもらったし」


 努めて明るい声を出す。心の底からそう思った。


「お守り、持っていかない?」


 お守り? 綾子さんがくれる物はもらっておきたい。


「ありがとうございます。何のお守りですか?」


 恋のお守りだったりして……?


「全体運を上げるお守りだよ。お金はいらないよ。私がお金を払っておくから」


 なぜかガッカリする。その気があるの? と一瞬思ったが、あまり気に留めなかった。全体運のお守りもいいな。けど、奢りになっちゃった。


 渡されたお守りは紫色で、真ん中に刺繍ししゅうで「如月神社」と書いてある。お守りの炎は鶴のように翼を広げていて、ゆるやかな円弧を描いている。月の輪郭を表わすようにも見えた。ぼくはお守りをブレザーの胸ポケットに入れた。


「次のお正月に返してね」

「はい。けど、なんかわるい気がします」


 つい、申しわけなく思う。数百円とはいえ、綾子さんの自腹だからだ。


「いいの。だってゆきちゃんは、わたしの妹みたいな人だからね」


 綾子さんの言葉が、周りに凛として響いた。綾子さんの瞳からも温かさを感じた。

 性別がどうこうとは関係なく、綾子さんの気持ちを素直に受け取りたい。


「ありがとう、綾子さん!」


 しんどいことが続いている。けど心から嬉しくて、笑顔になれた。


 綾子さんが鳥居の前まで見送ってくれた。有り難い気持ちと安心感がある気がする。一つ目の理由は、綾子さんと話をして気持ちを整理したこと。もう一つの理由は、お守りの偽薬プラセボ効果(信じないわけではないけれど)かな。

 ぼくは煩悩ぼんのうの数だけある石段を一歩一歩降っていった。神社から遠ざかっていく。行くときとは違って、その足取りが軽く感じられた。 

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