12.里奈の好き勝手

 里奈が俺を避ける日が更に二週間続いた。

 おばさんはいつまで経っても俺を出禁にするし、里奈はことごとく隙を突いて俺と鉢合わせないようにしやがった。


 最初こそはいつもみたいに里奈の気が済むまで心広く待つことにしてやろうと思っていたが、ここまで来ると度が過ぎている。

 いや、度が過ぎているというか、病的だ。この病気に名前を付けるとすると何がいいだろうか?

 『里奈が俺の男気に恥ずかしがって素直になれない病』だ。うん、これが的確だろう。


 しかし何を考えても、田村の言葉が俺の思考を遮る。


 俺が振られた、だと?

 くそ田村め。小学生の時からの付き合いだというのに、一体俺と里奈の何を見てきたと言うんだ。

 俺と里奈がそんな次元の関係でないことは分かっているはずだろう。


 そう思うのに、俺の思考は田村の言葉に引っ張られる。

 くそ田村め、田村の分際で俺の脳内を支配しやがって。

 はっまさかあいつは俺のことを……。


「アホか。お前の思考が病的や」

「うおっ、まるで俺の思考を読んだかのような突っ込み! まさかほんまにお前……っ」

「何でやねん! んなわけあるかぁっ! おい、んな寒そうにすな!」


 ゲイ疑惑の浮上した田村から俺はすぐさま一歩引いて自分の身体を掻き抱くが、あまりに必死に田村が否定してきて段々憐れになってきたので、ひとまずいつも通りに接してやることにする。


「だから何でそうなんねん……ほんまこんなんに付き合わされて、山本里奈も大変やな」

「なにっ!? お前、まさか両刀か?」

「ちゃうわ! 一旦その思考から離れぇっ」


 仕方ない。

 ひとまず冗談はこのくらいにしておこう。

 田村は深々とため息を吐いた。


「そんなこんなでもう来週には夏休みに入るわけやけど、お前、あれから山本里奈とどうなんや?」


 そうなのだ。

 気が付いたらいつの間にか7月に入り梅雨も明け、期末テストも終わり、一週間後に夏休みを待つのみとなった。

 しかし先述の通り……。


「あいつ、完全に俺のこと避けきっとる。まったく捕まらへん」

「やっぱりな。そうやと思ったわ」

「まったく、里奈のくせして。俺に隠れて一体どこで何やっとんのや」

「それなんやけど聡、俺とある噂を聞いてしまったんやけどさ――」


 すると、教室の机で田村が少し前のめりになったとき、ちょうど廊下を歩いていたどこぞの女二人組の会話が耳に入ってきた。


「なぁ、聞いた? 里奈と木暮君の話」

「ホームステイの話? 聞いた聞いた。二ヶ月オーストラリアやて。ええよなぁ」

「でも里奈このために頑張っとったもんなぁ。ほんまによかったよなぁ」


 などと二人は大きな声で話しながら去っていったが、今の話の内容を、俺はしばらく理解できなかった。

 田村が何故かしまったと言わんばかりに頭を抱えている。


「ホームズ邸……? シャーロック? あ、何とかロックフェスティバル?」

「ホームステイや。シャーロックも何とかロックフェスティバルも関係ない」

「オースト……あ、トーストか。トーストラリアって何や」

「……聡、ちゃんと聞こえたやろ、現実逃避すな。オーストラリアや」


 えっと、つまり、里奈が、オーストラリアに、二ヶ月ホームステイ……?


「はああああああ!? 何やそれ!」

「おいっいきなり暴れんな!」

「何でそんなことになっとんねん! なんでやねんなんでやねん!」

「おい、静まれ聡!」


 いきなりもたらされた情報に、俺の頭はもうパニック状態だ。

 少し里奈と話さないうちに何故そんなことになっているのだ。わけが分からない。

 しかもさっきのくそ女共の話だと、そのホームステイには木暮も一緒ってことなのか?

 二ヶ月も、木暮と、海の向こうへ……。


「何でや里奈……」

「うお……いきなり大人しなったな、聡」

「何で知らん間にそんなんなっとるんや……」


 考え出すとわけが分からなさすぎて、俺は思わずその場にへたれ込んでしまった。

 両刀疑惑のある田村が、俺の肩を叩いてくる。


「とにかくそういうことや。俺もさっき聞いたから間違いない」

「しかもそのために頑張っとったって何や? 俺そんなん聞いてへんぞ」

「そりゃあお前に言うたら絶対邪魔して反対するからやろ」


 当然に決まっている。

 二ヶ月もそんな得体の知れない奴と得体の知れないところなんかにやれるものか。

 だと言うのに、里奈と来たら俺に隠れてそんな準備をこそこそと……。


「しかもそんなんなったらグローバル里奈になってまうやん」

「えっと、それは別にええことちゃうか?」

「いやあかんな、許されへん」


 段々頭が回るようになってきた。

 俺としたことが、こんなことで取り乱してしまって情けないが、とにかくよく分かった。


「聡、言うとくけど、流石にこれは山本里奈を褒めたりや。確かホームステイに行けるのって相当英語の成績が良くなきゃ無理やったはずやからさ」

「分かっとる、ちゃんと褒めたる。はは……里奈は良くやったからな……はは……ははは」

「さ……聡? お前、何かやばいこと考えとらへんやろな?」

「いーや、考えとらんで」


 やばいことなど何もない。むしろ里奈の行動は俺に一つの決断をさせた。

 とにかく俺は今まで甘かったようだ。

 当然だな、里奈相手に鬼になれるはずがなかった。


 しかしそれはもうこれまでということだろう。

 里奈がここまで好き勝手するというのなら、あまりこういう手は使いたくなかったが、致し方あるまい。


 里奈を監禁するしかないだろう。


 そういう決断をさせたことについては、褒めてやらねばならない。

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