11.里奈の反抗

 その日の放課後、部活の前に里奈の教室に行ったが、里奈の姿は既にそこにはなかった。


 クラスの女子に聞けば、余計な罵倒と共に木暮と帰ったという情報を与えられた。

 その話に、里奈にも木暮にも怒りが湧いたが、同時に昼間の里奈の叫びが頭の中でハウリングする。


『死んでまえ!!』


 里奈にあんなことを言われたのは初めてだ。

 俺の中の何かを根こそぎ持って行かれたかのようだ。


 しかし、里奈があんなに怒った理由が分からない。


 俺は里奈の彼氏面をした覚えはないし、第一里奈は俺のものなのだから、もはやそんな次元ではない。それに俺と里奈は同じなのだから、いちいち俺に突っかかってくるのも納得いかない。

 そうだ、そもそも怒りたいのはこっちの方だ。


 そこまで考えて、ふと思った。


 昼間のは確かに唐突すぎたかもしれない。

 俺だってあんな場面で里奈の大事なアレやソレを奪いたくなかった。

 全て間が悪かった。だから里奈も戸惑っていたのかもしれない。


 そうだ、そういうことだ。

 里奈は戸惑って俺に当たったのだ。

 なんだ、可愛らしいじゃないか。


 考えるほどに、俺の思考は的を得ているように思える。

 木暮は邪魔だが、里奈に関してはとにかく深く考えることではない。


 俺はそう考えることで、自分に納得した。





 しかし、部活帰りに里奈の家に行こうとしても、おばさんに門前払いを食らってしまう。翌日も里奈が朝早くに家を出ていくし、学校で会おうとしても見事にすれ違い、廊下でばったり会っても里奈は無視を決め込みやがった。

 再び学校帰りに里奈の家に向かっても、おばさんの鉄壁のせいで入れず仕舞い。


 こんな状況が数日続けば、いくら温厚な俺でも流石に苛立ちを覚えるというものだ。


 大体意味が分からない。

 何故里奈が完全に俺を避けようとするのか。

 確かに先日の件に関して気まずいのはあるだろう。俺自身が戸惑ったくらいだからな。

 だが、いくら素直になれないとしても、何日も俺を避け続けるのは如何なることか。


 実験室の一件から3日目の昼休み、俺は無理矢理廊下で里奈を呼び止めた。


「おい、里奈。いつまでもそんな勝手なことしとっていいと思っとんのか?」

「はあ? 何よ勝手なことって」


 里奈はあからさまに不機嫌に聞き返してくるが、怒っているのはこちらの方だ。


「何でいつまでも無視すんねん。朝も何も言わずに先に学校行きよって」

「そんなん私の勝手やん。いちいち指図せんといて!」

「何で分からんのや! お前は俺のもんなんやから――」


 その瞬間、頬に衝撃が走った。里奈が俺を打ったのだ。


「あんたほんまキモイわ! 顔も見たくない!」


 里奈は眉間にはち切れんばかりの皺を刻んでそう叫ぶと、俺の横を素通りして行った。


 廊下の向こう側にいる木暮のもとへ向かう里奈を呆然と眺めていると、どこから現れたのか田村がぽんと俺の肩に手を載せた。


「聡。お前、ようやくふられたな」

「はあ!? んなわけ――……」


 言いかけて、俺は止まってしまった。


 いや、俺と里奈の仲は振られるとか振られないとかいう次元ではないのだ。

 そもそも里奈が理由もなく勝手に怒っているだけの話だ。

 きっと乙女ウィークに違いない。


 俺は自分にそう言い聞かせるが、田村の言葉がぐるぐると頭を駆けめぐる。

 何かが足元から崩れていく感覚がした。

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