歴史学者の家族(二十年後)

「元々、寿司というのは天正16年に琵琶湖の南に建立された三輪神社に白い蛇が現れて村に疫病が広まってですね……」

「姉ちゃん、このマグロ、山葵透けて見えないね」

「今日のはちょっと厚みがあるから」

「およそ千年以上もの間、泥鰌どじょうの寿司が神様に供え続けられているわけですが……」

「はい、どーじょ」

「ちょっと成長しなよ、姉ちゃん」

「我が国の寿司の原型とも言える滋賀県のふな寿司は、わたを抜いた鮒を塩漬けにしてですね……」

「そのイクラ取ってくれる?」

「イクラはロシア語で魚卵を意味してまして……」

「お母さん、また半額で買ったの?」

「うん、半額チケット貰ったから」

「握り寿司ができるようになったのは江戸時代に入ってからのことでして……」

「証拠は握りつぶしといたから」

「あのー、僕の話、聞いてますか?」

「はいはい、聞いてます」

「聞いてる聞いてる」

「お母さんお茶淹れようか?」

「ああ、ありがと」

「熱いよ、気を付けてね」

「ありがと。あちっ!」

「だから言ったでしょ」

「大丈夫ですか?」

「こんなに並々入れるんだもの」

「姉ちゃん、お茶は七分目までにするもんだよ」

「お父さんの分、無くなってしまいませんか?」

「エビ、とっとこう」

「イカもね」

「いかにもその頃から江戸前の魚介類をネタにした寿司が登場し……」

「それにしてもお姉ちゃん、本当にお父さんみたいな人連れて来るんだもの」

「そうだね、お父さんが帰ってきたかと思うよ」

「まさか歴史学者なんてね」

「僕の事ですか?」

「そうそう。お父さん喜ぶよ。きっとそこで見て笑ってる」

「あー、お腹いっぱい」

「私も」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまー」

「お父さんの分は?」

「お仏壇に持ってって」

「僕が持って行きます」


チーン。

「あの、お父さん初めまして」

「あの、彼女と結婚することになりました」

「あの、僕は歴史学者なんですけど」

「あの、エビとイカが好きで……あの」


そうか。

で、さっきの話の続きはどうした?

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歴史学者の家族 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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