第45話朱雀門の鬼と従者

 これも京都出身の女医の話である。

 昔のことです。

 京の朱雀門には双六が大好きで鬼が住んでおり旅人や貴族を櫓の上に誘い込んでは双六で勝負を挑み、身ぐるみ剥いてしまうと言う悪さをしておりました。

 中納言の紀長谷雄も双六の名手であり、懲らしめてやろうと供の者を連れて門を潜ったのどす。

 すると噂どおり門の陰から声を掛け、誘いはる輩が居なはる。

「双六勝負しよう」と。

 負けたら鬼は金子を寄越せと言い、もし自分が負けたら絶世の美女を与えようと鬼は約束した。

 長谷雄は妻は失ったばかりで不自由しはっていたので鬼の申し出に喜んだ。しかし長谷雄に百日間は女に手を付けるなと鬼は条件を付けはった。長谷雄は鬼に勝ち絶世の美女と呼ぶにふさわしい女を手に入れはったが、長谷雄は愚かにも我慢できず、鬼との約束を破り、先妻の喪が明ける前の晩に女に手を出しはった。

 すると女は解けて水になりはった。

 実は鬼が長谷雄に与えた女は都中の女の死人の美しい鼻や目だけを集めて造った女だったと言う物語どす。


「この話には長谷雄に従った従者の話がありますんね」と女医は言った。

 鬼と長谷雄が櫓に上がりよった後に従者は一人で門の下で待たされておったそうな。

 すると道の向こうの叢の陰から女どもの声が聞こえる。

 従者は恐る恐る門を離れ、叢を覗き込むと女どもが焚き火の周りに集まり、月明かり下で祝宴をしていなはった。

 女ども中心には髪の長い女鬼が、血刀を振り、何かをしはっている。

 目を凝らすと左側には土の人形が置かれ、右側には子鬼たちが手足をばたつかせる女を押さえつけている。

 女鬼は子鬼たちが押さえ付ける女から形のよい乳房をそぎ落とし、土の人形に移し換えようとしている最中だったそうな。

 乳房をそぎ落とされた女が上げる苦痛の悲鳴はこの世のものとは思へん恐ろしいものどす。だが従者にとって、この光景以上に恐ろしいことは、女ども心根を知ったことやった。

 身につけている物から察すると、貴族の館からさらわれてきた女どもに違いないが、目の前で苦しむ女を見ても競争相手が減って好都合であると喜んでいるのどす。

 この過酷な生き地獄を生き抜いたことで天子様の歓心と同情と得ようと思う者や、自分の乳房の形の方が良いと思う者ばかりどす。

 従者には生贄から肉体の部品のそぎ取る者は鬼女は見えるが、どうやら女どもの目には鬼女は自分の代理人であり、自分が生贄になることは絶対にないと確信していることも見て取れやした。

 従者は思ったのどす。

 これは酒のせいではあるまい。これこそ人間の愚かさであり本性であろうと。

 愚かしさに腹も立てながら彼が朱雀門の方を振り返ると、丁度、朱雀門の櫓から主人が鬼から得た美女の手を取り、月明かりの下、大満足で階段を下りて来るところであったそうな。

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