第41話のっぺら坊主の里

 目も鼻も口もない。

 顔の部品がすべてない。

 のっぺら坊主である。

 だが、卵のような顔の形状はかえって可愛いらしさを感じる。人間とはかけ離れて生物のように感じ、かえって不気味さも哀れさもは感じないのかも知れない。

 だが目がない、鼻がない、口がないと中途半端に顔の部品がない存在は、自分たち人間に近いと感じるだけに許しがたい存在であり、不気味に感じるのであろう。

 中国地方の山奥に、そんな人を祀る隠れ里があるらしいと友人から聞いたのである。

 のっぺら坊主と同じ怪異話ではない。

 現実にそのような人が存在した村があったのではないかと彼は解説した。

 場所も人形峠に近く放射能による遺伝子の突然変異に原因があったかも知れない明かした。

 人形峠と言えば、かって日本で唯一、ウラン鉱石採掘が行われた場所である。場所は、そこから離れている。差別を新たな生みかねない話であり、これ以上は明かせない。

 学生である私は事実を確認するために調査に向かった。

 野営用のテントなどをトレイルバイクに積んでの旅であった。

 無舗装の林道を走り、多くの廃村の中に入り込み手掛かりを探した。

 古い墓石、石碑、地蔵の類が調査の対象であった。

 幸いなことに天候には恵まれていた。

 夕暮れ迫まる四日目のことである。

 ついに、それらしき四体の地蔵を見つけたのである。

 オートバイから下り地蔵の顔を丁寧に観察すると、目のない地蔵。鼻のない地蔵、口のない地蔵。そして目も口も鼻など、すべてが揃った四体の二尺ほどの小さな地蔵が、辻に安置されているのである。

 夕暮れて薄暗くなりかけた周囲を見回すが、一軒の人家もない。段々畑を積み上げた石跡だけが、人里があったことを偲ばせていた。

 だがいつ頃に廃村になったのか手がかりない。江戸、明治、大正、いずれの時代の里跡か判断する材料もない。

 ただ、この四体の地蔵が話の元凶だと思い定めた。

 夜が明けたら、周囲を調べてみようと思い、その夜は四体の地蔵から少し離れた狭い広場にテントを立てた。

 石の地蔵が人恋しさを慰めると感じたのである。

 ところが草木も眠る丑ミツ時の深夜のことである。

 地蔵の前に人が集まる気配で、目を覚ました。

月夜で明かりがテントを透かしていた。

 オイオイと泣きながら、穴を掘る音がするのである。

 今度は口のない子が生まれたと。

 目のない子、鼻のない子、何もない子。

 一つ目小僧、三つ目小僧。

 頭のない子。

 腕のない子。

 足のない子。

 指のない子。

 顔の二つある子。

 素朴に、それまで村に起きた変事を綴っているのだろう。

 まるで広場に円を造り、歌うような踊るような声である。

 何の因果があって、こんな不幸が続く。

 あの小山が大雨で崩れた時からだよ。

 お地蔵さんの故郷のお山だよ。

 ぜひお山にお願いしてください。

 お地蔵様、お助け下さい。

 と呪詛とも祈りとも聞こえる言葉が外からもれ聞こえるのである。

 風の音か、空耳ではないかと聞き耳を立てていたが、たまらず天幕の入り口を少し開け、隙間から四体の地蔵の方を覗き見た。

 人影もなかった。

 明るい月下の下、四体の地蔵が、風に揺れるススキの白い穂の中に立っていた。

 四体の地蔵様の付近を掘り起こせば、おびただしい異形の人骨が出土するに違いないと想像した。

 山の崩壊でウラン鉱脈を露出したのではない。

 風の声か虫の声か判然としないが、聞こえきた話の内容から推測するに、大きな山崩れの後に村に異変がおきたのであろう。お地蔵様の故郷のお山と言う言葉もあったが、お地蔵様を掘った石も山から運び出されたものに違いない。

 ガイガーカウンターなど持ち合わせているはずもなく計測など思いも寄らぬが、放射能の反応が出るに違いない。

 崇めるお地蔵様や山が不幸の元凶だったと思われる。遠い過去の出来事で放射能汚染などとは無知とは言え、里人は邪神信仰に陥っていたのである。

 その夜は恐怖で一睡もできなかった。

 夜が白むと同時に、テントを畳み廃村を後にした。

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