第26話痛ましい人形

 人形館のふるさとコーナーには各地方の展示品を集めた部屋がある。中でも一目で荒い仕打ちを持ち主から受けたと分かる人形がある。不気味で持ち主の残酷さを十分に物語っている。

 裂かれ腹部の詰め物である綿がはみ出している。両手両足がもぎ取られている。顔には右方向から左方向にブラックジャックのような切り傷がある。傷は仕打ちをした者にとって意味があるのだろう。

 例えば腹部を切り裂き綿を出しているのは、内臓の綿をつかみ出すような行為である。

 残虐犯が子供時代に遊んだ人形と書いてある。横で見ている館長が、言い訳をするように説明した。

「子供は遊び道具を手荒く扱い、壊したりします」

「持ち主は女の子ですか」

「そうです」と館長は答えた。

 名前を聞いたが言えないと彼は答えた。そして言った。

「あなたも知っている恐ろしい犯罪者だ」と言った。

「人形への残虐行為が子猫や子犬への残虐行為へとエスカレートし、ついには人に対する行為にエスカレートした」

「本人も周囲の者にも、途中で軌道修正は出来なかったのだろうか」

「生まれた時から人には宿命が付きまといます。両親の社会的地位、経済的な差などです。学校に通う頃には世間の評価が定まり、後の人生を左右すると言っても過言ではないはずです。そのような視線が彼女を追い詰めていったと言っても過言ではない」

 この人形を地方のコーナーに配置しているのか理解できなかった。館長はこの質問に口ごもり、答えに迷っているようにも見えた。

「表向きは存在しない宿命です。かえって深刻な問題です。幽霊であり、過去の亡霊です」

 館長の言わんとすることが理解できるはずがなかった。

「メルヘンです」と彼は言葉を濁した。

「メルヘンとは」

「日本語に翻訳して発音して下さい」と言った。

「どうわ」

「そうです」

 士農工商と厳しい身分制度を安定し維持するために、権力者はその四階級の下に、さらに低い身分の賎民を造り、士農工商に属する大衆のガス抜きとした。士農工商を営む者までが人間であり、それ以下の人は人間でない存在のように称した。

 しばらく考えて、「部落問題か」と質問した。

 館長は、そうだと答えた。

「まだ身近に実在するのか」と、訊ねた。

「隠語が存在する以上、差別存在するのでしょう」と答えて、館長は続けた。

「最下層の一般大衆は弱者は、自分よりさらに弱者を求めいじめる。これは人間の本性です。それが犯罪を育む一因にもなります。もちろん彼女と同じ境遇でも立派に成長した方も多く存在し、逆に恵まれた境遇で育った者の中に彼女以上に残虐な犯罪者もいます。要は個々の問題かも知れませんが、差別と言う理不尽な行為が当事者だけでなく社会に、恐ろしい報いをもたらすと伝えるために、ここに配置したのです。また差別をされていると意識が人生をどのように蝕むかと言うことも伝えたいのです。

「死刑になった彼女もそれを望むはずだと私は信じます」と人形館の館長は締めくくった。

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