第22話地球儀と幽霊

 人形館に顔を出した。

 館長は何も言わずに地球儀を出した。

 創世主の地球儀と呼ばれる物で館の秘法とも呼べる代物である。先日に私に見せた時には奥の戸棚から恭しく取り出し、仕舞う時にも恭しく戸棚にしまったのが、今は無造作にそれを取り出し、無表情で私の目の前のテーブルに載せた。

「今日はあなたにとって特別な日になる」と宣言した。

 彼の突然の申し出で戸惑った。

「あなたは心中で、これまでの人生について反省し、整理をしている最中のはず」

 心中をのぞき込まれて動揺した。

 彼の頬がかすかに緩んだ。初めて彼の表情を変わるのを見た。

「これは普通の地球儀に過ぎませんよね」と彼は私に尋ねた。

 否定し、創世主の地球儀と呼ばれる特別な代物であると、彼から教えられたとおり答えた。

「問題です。そんな物があるはずもない。あなたは小細工に騙された」

 実は私は、ひどく後悔していた。

 私は自分がこの地球儀上の太平洋に触ったせいで東北地方を大津波が襲ったのではないかと奇妙な妄想を抱いていた。

 彼は私の心の動きを察知して、「自然災害や暴動など災いを造る奇妙な地球儀が存在するはずなどないでしょう」と言下に否定した。

「でもそう説明したのは、あなた自身です」

「そうです。しかし、あまりに真剣に受け止めるものだから、哀れになり術を説こうとしている」と館長は言った。

 呆れて棒立ちになった。

「本題はこれからです。驚くほど簡単に術にはまった理由を説明します。そのためにあなたのふるさとのことなどを調べました。あなたのふるさとでは地球の図柄が非常に重要な意味を持っている。敗戦後、意気消沈した人々の心を救い、島以外の広い世界との連携の意思を植え付けるために、当時唯一、世間に誇れる産物の大島紬の商標に地球の図柄を申請し認められた。そして、その図柄があなたの頭の中にも強く刻み込まれていた」

 その後に、彼は声を潜めて呟いた。

 心に副作用も残した。

 地球は暗黒の宇宙空間に孤立する星であり、人類は海洋は渡り他の陸地に移り住むことはできてもこの暗黒の空間を移動し他の星に移り住むことはできないと言う孤独感である、

 彼が私に関心を抱いているのか理由を知らない。納得もできない。海洋に指先が触れた時には指先に水の感触を感じ、エジプトの真上に指を置いた時には指先がゴマ粒のように小さな人々を潰す生温かい感触を感じた。彼が手渡した虫眼鏡をとおして、逃げまどう民衆の姿も見た。

 館長は心の動きを見抜いて解説した。

「すべて幻覚です。妄想です。言い換えれば幽霊を見せたのです」と説明した。

「幽霊」と口の中で呟いた。

「実在しないもの。記憶のイタズラ。たとえば死んだ肉親や恋人の姿など。刻み込まれた記憶が幽霊の元になるのです。その技術をほんの少し応用し、創世主の地球儀なる代物が現存し、それに触れたあなたが大津波を起こしたと幻覚を信じさせた。今回の幽霊の元はあなたの地球に対する特別な思いです。今回は記憶だけでなく、東北地方を襲った大津波であなた自身が現実感を喪失してしまったことも助けになりました」

 私だけの現象だろうかと疑問に思い、人間は誰でも、幽霊の元を持っているのかと館長に質問した。館長は、もちろんと答え、しかも人間だけではない。すべての生物が持ち合わせている。私ほどの術の使い手になると、どんな些細な記憶の欠片でも幽霊の元にできると断言した。

 聞きながら仕事先の老人介護施設「しあわせホーム」で余興で魔術を披露していた魔術師のことを連想していた。薄暗いホールで遠目で姿を見ただけだあり、明確ではないが、館長がその魔術師と同一人物のように思えた。仮定が正しければ、私の個人情報にも触れることができたはずである

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